17.鞠





 さゆりは和服を着ると結構サマになる。

 それは見た目だけで言えば、真っ直ぐな黒髪だ綺麗で整った顔立ちをしているからだ。


 私は体格で似合うと言われるので、全く嬉しくない。





 そんな私達が一緒に着物を着るのは、さゆりが私のその姿を見たいからという理由が大半だ。

 今日はそういう気分だったみたいで、私は休みの時間を利用して着付けを行われていた。


 さゆりは自分の着付けも出来るし、もちろん人のも出来る。

 私達は2人きりの部屋で、慣れたように黙々と着付けを行っていた。



 帯がしまる感覚は未だに苦しいと思うが、それでも終わった後の姿を見るのは嬉しいので、私は少し鼻歌を歌いながらされるがままになっている。



「理名、ダイエットしたでしょ。」


「だってお腹のお肉がついてきたから。」


「そんな事言って。全く問題ないのに。むしろ健康に悪いわよ。」


 私の悩みなんて、さゆりには絶対に分からない。

 言ったところで無駄なので、私は話題を変えた。


「そういえば今回は、何をモチーフにしているの?」


「ああ、そういえば言ってなかったかしら。これは陰と陽の陽、私は陰綺麗でしょ?」


 さゆりはまだ着ていないので、見せてくれたのだが確かにそうかもしれない。

 ありきたりかもしれないが私は向日葵がたくさんで、さゆりのは水仙が品よく並んでいて綺麗だと思う。


 彼女が毎回選んでくれるのだが、毎回センスはとてもいい。

 私は手際良く着付けられ、見えないが帯も細工にこだわったものにされた。



 私が終わると、さゆりが自分の着付けに入る。

 その後ろ姿を眺めながら、本当にすごいなと感心していた。



 家の跡継ぎとして着物の着付けぐらい出来なくてはと、厳しくしつけられたらしいので本当に上手である。


「さゆりって、いつから出来るようになったんだっけ?」


「5歳からは自分で出来るようになっていたわよ。お祖母様が厳しかったから。感謝しているけど。」


 さゆりは少し疲れた顔をしているが、それでも手は止まらない。

 そして私にやる時よりも随分はやく、着付けを終えた。



「じゃあ少し出かけましょうか。」


「うん。」


 振り返ったさゆりは、私にそう言って微笑みかける。

 私は頷くと、彼女の手をとった。


 何故かは分からないが、着物を着た時は手を繋ぐのがこだわりらしい。

 私も最初は恥ずかしいと思ったけど、それがずっと続けば慣れる。


 そうすればさゆりは腕を振って、手を繋ぐのを楽しんでいた。

 今日はどこまで出かけるのだろうか、いつもは家の中を歩き回るだけなのだが、今回は玄関に行ったから違うようだ。


 私は彼女に手をひかれるがまま、外へと出た。




 どこまで行くつもりか。

 その心配はどうやら杞憂だったようだ。

 さゆりは庭に出て満足したみたいで、何かをどこかから取り出してそれで遊び始めた。


「それって鞠?」


「ええ。これ昔から家にあるもので、私も時々遊んでいたのよ。懐かしいなって思って、取り出してきたの。」


 手際良く鞠をつきながら、さゆりは何か童謡みたいなものを口ずさむ。

 それは本当に小さい声だから、なんと歌っているかは分からなくてメロディだけ聴いた。


 聴いているうちに、なんだか段々と眠くなってきて私は縁側で着崩れないように気をつけながら横になる。

 そして、いつしか眠りについていた。





 小気味のいい鞠が弾む音。

 そして、それに合わせて歌う女の子の声。


 とても可愛らしい声は、さゆりが小さい頃のものだ。

 そういえば昔に、鞠をついているのを見たことがあった。



 どうして忘れてしまったのだろうか。

 私はぼんやりとした頭で、横になりながらさゆりだろう姿を見つめる。


 綺麗な着物の袖をまくり、一定のリズムで動かす。



 しかし何故かおかしな所があると、私は感じた。

 どうしてだろう?

 未だに覚醒していない頭を何とか動かして、私は目を凝らした。


 そうしている間にも歌は続いている。

 そのせいで眠気がおさまることなく、私は何がおかしいのか分かる前に寝てしまった。





 起きた時には、さゆりが私の隣で座っていた。


「ようやく起きたのね。ねぼすけさん。」


 頭を撫でた彼女は、私を本当に優しい顔で見ている。

 それがくすぐったくて、私はくすくすと笑ってしまった。


「さゆり、さっき昔のことを思い出したんだけどね。」


「どんなのかしら?」


 さゆりは興味深そうに、頭を撫でながら話を促してくる。

 私はそれを受け入れてまどろみ、そして口を開いた。


「前に鞠をついているのを見せてくれたでしょ。その時、別の子もいなかった?」


「……。」


「それで、その子の顔がどうしても思い出せないの。さゆりは覚えている?」


 私は目を閉じて、彼女の答えを待った。

 そうすれば今度は頭を撫でながら、彼女が笑い出す。


「どうしたの?」


「確かに、そんなこともあったなって思いだしたの。でも理名が思い出せないのは、無理もないわ。」


「そうなの?」


 さゆりは尚も私の頭を撫で続ける。






「だって頭が無かったら、分かるわけないじゃない。」


 私の位置からでは、彼女がどんな表情をしているかは見えなかった。




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