16.小さいおじさん





「そうだ、小さいおじさんを探しに行きましょう。」


 某CMの様に、突然さゆりに言われた私はチベットスナギツネみたいな顔をしてしまった。


 まず小さいおじさんってなんだ。

 そんなのがいたとしても、見つけてどうする気だ。


 色々と言いたい事はあったが、私はため息をはいて簡潔に聞く。


「それで今回はどこに行こうとしているの?」


 そうすれば顔を輝かせたさゆりは、自分の机の中から地図を取り出して見せてきた。

 覗き込めば、それは私たちが住んでいるこの街の地図だった。


 まさかこんなに近いところだとは思っていなかったので、私は驚いてしまう。


「え、まさか。ここら辺にいるの?小さいおじさんが?」


 近ければ近い方がいいのだが、まさか自分の行動範囲内にいたのかと思うと、それはそれで気持ち悪かった。

 私は出来れば、この街の私の家や学校よりも遠い場所で目撃されていて欲しいと願う。


「そうよ。しかも、理名の家に近いのよ。運命感じちゃうわね。」


 しかしさゆりは無情なことを言う。

 本当に私が、それで喜んだりするとでも思っているのだろうか。


 空気や人の感情にはとことん鈍い幼なじみに、私は察してくれると期待するのを諦めるしかなかった。





 そしてさゆりに押し切られる形で、その日の放課後から小さいおじさん探しを始めたのだが、成果が全く得られなかった。


 彼女の情報は正確なはずだから、それはおかしい事態だ。


「もしかして、この街からいなくなったのかしら。残念だわ。」


 さゆりは見ているこちらの気分が下がりそうな憂い顔で、息を吐く。

 その姿を見て私は歩き疲れた体を動かしながら、必死になって小さい影を探す。


 こんなにも探しているんだから、向こうから出てきなさいよ。

 理不尽な考えだとはわかっているが、そう思ってしまうほど私はさゆりに小さいおじさんを収集させてあげたい。



 理由は特にないが、強く思った。




 それから数日、全く収穫の得られない捜索は続いた。

 まさかここまで苦戦するとは思わず、私もさゆりも言葉には出さなかったが疲れている。



 もう諦めた方がいいんじゃないか。



 何度かその言葉が口から出そうになったが、表情には出さないが必死な様子を見て言えなかった。

 しかしさゆりも、そう考えていたはずだ。

 証拠に、どんどん捜索する時間は短く範囲は狭くなっていった。




 そしてさらに数日が経ち、とうとうさゆりは探している途中に口に出した。


「もう無理なのかしらね。これだけ探しても見つからないのだから、諦めた方がいいのかしら。」


 疲れた声でいった彼女に、否定も慰めの言葉もかけられなかった。

 これ以上、捜索を続けるのは精神的にも体力的にも無理な話だった。


 だから仕方なくだが、私たちはその日初めて諦めるという決断をした。





 さゆりの元気がない。

 理由は分かっている。


 今まで何だかんだいっても、怪談の姿や現象を確認することはできていた。

 しかし今回は、すぐ近くに出没するという情報を得ていながら姿を見られなかったのだ。


 落ち込むのは無理もない話だろう。

 私も彼女の力になれなかったことに、思っていたよりも消沈していた。

 そんな感じで、周囲が心配するぐらい私達はずっと暗い雰囲気のままだった。




 しかしそれが続くと、何だか妙なイライラに変わる。

 私達が何故、こんなにも落ち込まなくてはならないのか。

 そんな考えが1度出てくると、小さいおじさんに対しての怒りは大きくなった。




 だから私は一言言ってやろうと、夜中に家の周りを歩いていた。

 あんなに探したのに、見つからないから期待は薄い。


 それでも私は自分のため、さゆりのために動いていた。



 夜の街は少しの静けさと、たまにある街灯の光で形成されている。

 みんな家に帰っている時間だからか、家の明かりもたくさん見える。

 私は家族のあたたかさを感じながら、1人寂しく歩いていた。


 そうしていても、小さいおじさんの姿は見当たらない。

 さらに嫌気がさしてきた私は、呼びかけながら探すことに決めた。


「おじさーん、小さい小さいおじさん。」


 周りに誰もいないから出来る行動だが、もしかしたら家の中から聞こえていて通報されている可能性はある。

 だからいろいろな場所を早めに移動しながら、私は捜索を続けた。


 そうしていれば、視界の端に何かがうつった。

 私は勢いよくそちらの方を見る。

 小さな人影のようなもの、まるで私の視界から逃れるために草の影へと走っていた。


 逃がしたらたまったものじゃない。

 私は慌ててそっちのほうに走り、草むらに腕を突っ込んだ。

 そうすれば意外にも柔らかい感触を掴むことが出来て、私は引っ張り明かりの下にと正体を現せさせた。



「あらら。」


 掴んでいるものがなにか分かった途端、私は驚いた声を出してしまう。


 そしてそれを丁寧に持っていたかごの中にしまい込み、家へと帰ることにした。





 次の日、私はさゆりの元へと訪ねていた。

 もちろんかごを一緒に持ってきていて、それを見せに来るのが目的だった。


「なあに?どうしたのかしら?」


 さゆりは疲れた顔で私を出迎えた。

 本当は私の話を聞く元気は無さそうだが、私はさっそく本題に入ろうとかごの中を開ける。


 そうすれば、さゆりはゆっくりと中を覗き込んだ。

 中に何が入っているのか分かった途端、彼女は驚いて私の方を見る。


「まさか、これって。」


 私はその顔を見て満足して、少し調子に乗った顔をする。


「昨日、見つけたのよ。」


「本当に?まさか私のためかしら。」


「さあね。」


 さゆりの言う通りなのだが、なんだか気恥しくなって私は誤魔化した。


 もう一度、覗き込んだ彼女はじっくりと観察して私の方を振り返る。


「まさか、小さいおじさんじゃないとは思わなかったわ。」


 たしかに私も捕まえた時には、とても驚いた。


 まさか小さいおじさんじゃなくて、その正体はあんなだったとは。

 今までの人生の中で、驚いたことの上位に入るかもしれない。





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