15.夢の結末





 私とさゆりがまだ小学生の時。

 彼女は怪談に興味を持っていなかったし、私も純粋な気持ちで一緒にいた。


 しかしその頃に1回だけ、変な体験をした事がある。





 林間学校と聞いて、私は嫌な予感しかしなかった。

 それは当たり、同じ班になったさゆりは色々なことをやらかす。


 定番のカレーに、高級食材を入れようとしたり。

 泊まる施設に行くため、山を登らなくてはならなかったのだがリムジンで行こうとしたり。


 その他にもたくさんありすぎて、先生が涙目になるほどだった。

 さゆりの家があるから強く言えない担任の伊良先生の立場を考え、何故か私がその都度さゆりを注意する。



 そのせいで寝る頃には、すで精神的に疲れていた。




 そんな事を知らず、隣の布団で何やら感動しているさゆりを私は微笑ましく見つめる。


「布団、初めてだわ。面白い!」


 純粋な顔で楽しんでいる彼女が、普段色々と我慢した生活を送っていることは知っていた。

 だから今日は思う存分、子供らしく過ごしてほしいと思う。


 同い年なのだが、少し母性を持って私は接していた。





 さゆりの特別扱いのせいで、部屋には私たちしかいなく少し寂しさがあるが、内緒話も出来るのですぐに気持ちを切り替えた。


「さゆり、明日のキャンプファイヤーで変な事しちゃ駄目だからね。」


「変な事って?私は普段通りにやるつもりよ。」


 それが駄目なんだよ、と言いたかったがさゆりが落ち込むと思って飲み込む。

 そしてとりあえず、明日の流れを説明して何とか突拍子もない行動を避けてもらうように頑張った。



 山登りや慣れない料理で、たくさん疲れていた私は話を終えると眠りに落ちる。





 私は森の中を、さゆりの手を引いて走っていた。

 周りは暗く、明かりといえば持っている懐中電灯のみ。


 そのせいで木の根っこにつまづきかけたり、クモの巣に引っかかったり、枝で細かい傷をたくさん作っていた。


 それでもスピードを緩めないのは、私たちを追ってきている存在に捕まってしまうから。



 捕まったら殺される。

 言われた訳じゃないが、何故か私はそう確信していた。


 さゆりもそうなのか、文句も言わずついてきてくれている。



 しかし体力の限界は来る。

 さすがにこれ以上走れないと思うと、私は後ろにまだ人がいないのを確認して、大きな石の陰に隠れた。


 先程まで走っていたから、荒い息が出てしまう。

 それを聞かれたら困るから、慌てて口を抑えた。



 あたりは静かで、時々鳥や動物の鳴き声だけが聞こえてくる。

 しかしすぐに、草をかき分ける音。誰かが枝などを踏む音がその中に混じった。


 私は緊張して、さらに強く口を抑える。

 それでも相手には聞こえている気がして、恐怖しかなかった。

 隣にいるさゆりはどうなんだろうか、私はそちらを見た。



 そこには私と同じように口を抑えて、顔を青ざめさせている姿があった。

 私は1人じゃない。

 唐突に思った私は、聞こえないように注意してさゆりに話しかけた。


「大丈夫だよ。私が守るから。」


「ありがとう。」


 根拠は無い励ましだった。

 しかしそれを聞いて少しは気持ちが軽くなったのか、さゆりの体から力が抜ける。

 私もそれを見て、同じように力を抜いた。












「みぃつけたあ。」


 その瞬間、上から声がして私は顔を上げた。

 口から勝手に悲鳴が出る。


 そして私の意識は、どんどん遠のいていった。

 最後に思ったのは、さゆりはどうか無事でありますように、それだけだった。





 夢から覚めた私は真っ先に、隣にさゆりがいるか確認する。

 そこには未だに眠っている姿があって、安堵から力が抜け布団に倒れ込んだ。


 その衝撃を感じたのか、さゆりがもにゃもにゃと言葉にならない何かを言って、目を開けた。


「おはよう。」


 ふにゃりと笑って挨拶をする姿は、いつもより気を抜いているので、まだ眠いのだろう。

 私は彼女のそんな無事な姿を見て、なんだか胸の奥からこみ上げてくるものを感じた。


「さ、さゆり!」


「きゃっ、どうしたのかしら?甘えたさんなの?」


 私はその気持ちのまま抱きつくと、驚いた声を出しながらも抱きしめ返してくれる。

 そして一定のリズムで背中を叩いてくれて、涙がにじむ。


「良かった、良かったあ。無事で良かったあ。」


「あらあら、なにか怖い夢でも見たのかしら。」


 彼女がここにいるという事を確認すると、私は安堵してさらに強く抱きつく。

 そうするとさゆりは、私に何があったのか聞いた。


 だから、ゆっくりと夢の話をする。

 暗闇の中、誰かに襲われたこと。石の裏に隠れたら、最後に見つかり目が覚めたこと。


 混乱しているからか、支離滅裂な説明だったが理解してくれたようで、話を終えるとゆっくりと微笑んだ。


「それは怖かったわね。でも大丈夫よ、所詮は夢なんだから。」


「でもあの夢、すごいリアルで。しかもたぶん、今日の夜の肝試しの時な気がするんだ。」


 私はさゆりに話しているうちに、あの夢を細かく思い出していた。

 だから余計に不安になった。

 今日のキャンプファイヤーのあとには、2人1組で肝試しをする。


 それは森の中を、懐中電灯を持って進むというもの。

 私とさゆりは事前におこなったくじで、ペアになっていた。



 だからこそ、そう思ったのだが。



「大丈夫よ、大丈夫。何も起こらないわ。」


 さゆりは私の頭を撫でて、自信を持って言った。

 私はその慈愛に満ちた顔を見ると、何故か自然と安心する。


 彼女といれば大丈夫。

 夜の肝試しの恐怖は、いつしか私の中から無くなっていた。





 私たちは今、森の入口に並んだみんなの列の1番後ろにいる。

 何の偶然か、それとも必然か、順番が最後になるなんて。


 不安な気持ちがむくむくとまた出てくるが、隣にいるさゆりが手を握ってくれたので、すぐにその気持ちは消えた。


「はい。最後はあなた達ね。」


 伊良先生に見守られて、私達は肝試しをスタートする。

 一応、迷わないようにと道しるべはある。

 それを辿っていけば、目的地である小さな祠にたどり着けるらしい。


 私達もそこから外れること無く、道を進んでいった。




 それなのに何故だろうか。

 いつまで経っても、その祠とやらにたどり着けない。

 他のクラスメイトの帰ってきた時間を考えると、さすがにかかりすぎている。


 私はさゆりの方を伺う。

 彼女も私を見ていて、そして笑った。


「もしかしたら、夢のとおりになるのかもね。それなら私達ピンチなのかしら。」


 あまりに危機感の無い言葉に、私は張り詰めていた緊張をほどく。


「そうなのかな。でも来た道をたどって帰れば……。」


 私は来た道を帰ろうと振り返った。



 そして固まる。

 振り返った先には、何かが立っていた。

 それは手に鎌を持っていて、私達を真っ直ぐに見つめている。



 あれが、夢に出てきて襲ってきた奴だ。

 私はすぐに分かった。

 だからさゆりの腕をつかみ、夢の時のように逃げようとする。








「大丈夫よ。」


 しかしさゆりは、笑って私の行動を止めた。


「いや駄目でしょ。逃げないと!」


 何でそんな事をするのか分からず、私は戸惑ったままさゆりに顔を見た。

 彼女は朝と同じように、自信を持って笑っている。


 私は怖がればいいのか、呆れればいいのか、それとも安心すればいいのかごちゃごちゃしていた。

 しかし今はさゆりを信じるしかないと、彼女が何をするのかを見守る。



 彼女はまずポケットに手を入れると、小さい機械のようなものを取り出した。

 それがどういうものなのか、私には分からなかった。


 ただそれがさゆりの自身の秘密ということだけは理解したけど、これで今の状況が変わるとは到底思えない。

 私は死を覚悟した。

 さゆりは、持っていた機械の側面にあるボタンを押した。






 そうするとすぐに、私たちの周りを眩しい明かりが照らした。

 目が光に慣れなくて、私は何度も瞬きをする。


 そしてようやく何が起きたのか確認できるようになった時、驚く以外の感情を浮かべられなかった。

 辺りにはたくさんの人がいた。

 その全員が、私たちを守るように囲んでいる。


 私は隣にいるさゆりを見た。

 彼女は1人と話をしていたが、すぐに終えてこちらを向く。


「大丈夫って言ったでしょ。」


「何で?」


「理名の話を、ただの夢で片付けるわけにはいかないから。昨日の夜に家の者に連絡して、何かあったらすぐに駆け付けてもらうようにしたの。」


「そうなんだ。」


 私の夢の話を信じてくれた事は嬉しかった。

 そして、これはさゆりじゃなくては無理な作戦だっただろう。


 それにしても無事で良かった。

 安心した私は、次に誰がこんな事をしようとしていたのか気になってしまう。



 明かりに照らされた今なら、顔も見れるのではないか。

 そう思って、先ほど何かが立っていた方に視線を向ける。


 その瞬間、私は何故か気絶してしまった。





 後日、熱で寝込んでいる私の耳にいくつかの噂が入った。


 急な事だが、担任の伊良先生が学校を辞める事になったらしい。

 理由は分からず、まるで逃げるかのように出ていったらしく、それについて様々な憶測が飛び交った。


 誰かが先生がいなくなる前に話をしたらしく、こう言い残していたらしい。



「夢と違うじゃないの。」



 どんな意味かは分からず、聞き間違いだったのではないかとみんなが思った。




 私は一度だけさゆりに、先生の話題をあげた。

 その時のさゆりの顔は、とても言い難いがあまりいい表情とは言えないものだった。


 それを見たせいで先生のその後を察してしまい、私はさゆりの事が少し苦手に感じてしまうようになる。


 しばらくの間、私のその状態は続いた。





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