14.おいでおいで





 さゆりはとても危なっかしい。

 私がいないと、すでに何回か死んでいるのではないかと思ってしまうぐらいだ。


 それでもさゆりがいなかったら、私も何回かは死んでいるだろう。



 元々の原因が、さゆりにあるとしても感謝している。





 それは私がまだ、さゆりと怪談を収集する事に抵抗や恐怖を感じていた頃の話だ。


 その日も、私はいやいやさゆりに引っ張られどこかに向かっていた。


「どこ行くの?」


「行けば分かるわ。」


 いつもの事だが、詳しい情報は何も言ってくれず私は分からない恐怖から涙がにじんだ。

 幼馴染という立場で、両方の親から言われたから仕方なく一緒にいるのだ。


 それなのに怖かったり危険な目にあうなんて、なんで私が付き合わなくてはならないのか。



 理不尽な境遇に、私の心は壊れてしまいそうだった。




 しかし妙なところで鈍いさゆりは、私のそんな気持ちなんて絶対に分かっていない。

 むしろ、喜んでいるとか思われていそうだ。


 私は今回はそんなに危険じゃありませんように、と願いながらさゆりに引きずられながら願った。





 さゆりに連れられた先は、見知らぬ学校だった。

 私は彼女を見て問いただす。


「どこだか知らないけど、ここ学校だよね。入るのは無理なんじゃないの?」


 主に不審者に間違われるんじゃないかという不安だったのだが、彼女は違う意味で捉えたようで。


「大丈夫よ。ちゃんと鍵はもらっているから。」


 そう自信満々に、ポケットから鍵を取り出して見せた。

 私は顔を軽くしかめて難色を示す。


「そうだとしても知らない学校に入るのって、なんか嫌。」


「そう?冒険みたいで面白いじゃない。」


 何を言ってもさゆりに言葉は届かない。

 早々に説得を諦めた私は、許可はとってあるだろう敷地の中への侵入を余儀なくすることになった。




 新築か改装したのか、学校は綺麗でスタイリッシュという言葉が似合う見た目をしている。

 確かになかなか入る機会はないので、面白いのかもしれないと思い始めたが、さゆりの目的が分からないので油断は出来なかった。


 私は前を足取り軽やかに進むさゆりに、また問いかける。


「それで、そろそろちゃんと教えてくれない?ここへは何をしに来たの?」


 問いかけに振り返った彼女は、校庭の真ん中で建物を指して言った。


「あそこにある校舎のね、どこかの窓から幽霊が見れるらしいの。それを見に来たのと、出来れば捕まえに。」


 無邪気な顔をしている彼女を、私はどんな気持ちで見ればいいのだろうか。

 校舎の方に顔を向けて考える。


 私はやりたくもない事をしに、ここに来ている。

 しかしさゆりが楽しそうにしているのは、とても胸がモヤモヤと気持ち悪い。

 私は急に出てきそうになった文句を必死に飲み込み、カラカラになった口を何とか動かして笑った。


「そう。見えるといいね。」


「きっと姿を現してくれるわよ。」


 その時はさゆりが危険な目にあってしまえ。

 いつもだったらそんな酷いことを思うわけないのに、考えている以上に私の心は疲れているようだった。



 どうやらここで待つようで、そのまま私達はその場にレジャーシートを広げた。

 今が人のいない時間でよかった。

 そうじゃなかったら完全に不審者だ。


 私は落ち着かなさを感じながらも、大人しくシートの上で体育座りをしていた。

 さゆりはというと、手帳を取り出して何かを書いている。

 そのスピードと緩みきった顔は、本当に趣味を楽しんでいるが人を巻き込まないでほしい。


 私は小さくため息をついて、顔をうずめた。




 それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 隣に座っている気配が急に動き出して、私もゆっくりと顔を上げた。


 さゆりの方を見れば輝いた表情で、とある場所に顔を向けている。

 つられて私も見れば、校舎の中のとある窓の1つから誰かがこちらに視線を向けているのが見えた。


 それは残っている生徒、先生の可能性だってあった。

 しかしさゆりは確信を持っているようで。


「本当にすぐに会えたわね。とて嬉しいわ。」


 そう呟いて、誰かに向かって上品に手を振った。

 私は彼女の行動に驚いて、慌てて腕を掴み止めようとするが、どうやらその行動は少し遅かったようで。


 手を振られたそれは一瞬驚いた顔をした。

 そしてすぐに喜びの表情に変わる。


 目をつけられた。

 そんな感想が頭に浮かんだ私は、掴んだままのさゆりの腕を引っ張ってその場から離れようとする。

 しかし地面にくっついているのではないかというぐらい、彼女の体は動かなかった。


「さゆり!何しているの!さっさと帰るよ!」


 私は怒鳴るが、さゆりは校舎を見つめたままだ。

 これはもう動かすことは出来ないな。

 そう判断した私は、原因である窓の方を向く。


 未だにこちらを見ているそれは、今は手を振り返していた。

 顔は判別出来るのに、男か女かも分からず余計に恐怖があおられる。


 私はそれでも何とかしなければと思って、勇気を振り絞ってにらんだ。

 視線に気がついたのか、さゆりから私に顔を動かすと表情を変えた。


 それはなんと言えばいいのか分からない、とても邪悪な顔だった。

 怯みそうになった私は、それでもにらむのを止めない。



 そのまま私達は視線を合わせたまま、少しの時間が経った。

 私は目をそらしたら負けだと、震えながらも見続ける。


 嫌になりすぎて、何度も心がくじけかけた。

 それでも我慢したのは、1人じゃないからだ。


 私だけだったら逃げていた。

 しかしさゆりを任されている身としては、見捨てることなんて出来なかった。




 だから私はそれがこちらに向かって、おいでおいでジェスチャーをした時、さゆりに行かせるわけにはいかないと1人で行こうとした。

 さゆりに任せたら、どんな悲惨な結果になるか分からない。


 私の決心は固かった。

 しかし進もうとした瞬間、がくりと地面が急に崩れ去って重力に逆らえず下に落ちた。


 そして私は掴んでいたさゆりの腕をはなす。

 絶対に巻き込まないで、最悪彼女だけ生きていればいいと思ったからだ。

 私は死ぬんだろう、ぼんやりと感じていた。














「理名、理名。」


「……さゆ、り?いたっ!」


 次に気がついた時、私の目の前にはさゆりの顔がどアップであった。

 私は驚いてずれると、何だか鋭い痛みを頭に感じた。


 慌てて頭を抑えて、辺りを見回す。

 そこは校庭の真ん中だった。

 しかしどこにもひびや穴などはない。


「何があったの?」


 私は意味がわからなくて、さゆりに尋ねた。

 心配そうに私を見ていた彼女は、大丈夫なのを確認するとポツリポツリと説明をし始める。



 しかし話はとても単純だった。

 校舎でそれを見つけた直後、私は急に倒れたらしい。

 呼びかけても揺すっても気が付かず、さゆりは覚悟を決めて私の顔を平手打ちした。


 その結果、目を覚ましたとのこと。



 言われてみれば、頬がじんじんと痛みを訴えている。

 私はそこを抑えると、腫れているのか熱を持っていた。


 さゆりは本当に申し訳なさそうにしつつも、自信を持って言う。



「多分目を覚まさなかったら、あなたは取り込まれていたでしょうね。」


 それを聞いて、私はあの時呼ばれるのに応じて行っていたらどうなっていたのだろうかと鳥肌が立った。

 そして人に暴力を振るったことがないさゆりが、私も頬を叩くなんてそれほどまでに必死になってくれた事に喜びを感じていた。





 この事件がきっかけで、私のさゆりに対する対応は優しいものに変わった。

 怪談の収集も、少しは嫌だと思ったが前よりは楽しんでいた付き合おうと思った。



 それをすぐに後悔するとは、私は全く予想していなかったが。

 さゆりに出会った時点で、私の運命は決まってしまっているのだろう。


 絶対にいい意味ではない。




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