13.完成に近づく絵





「これ、どう思う?」


 突然さゆりから、よくわからない絵を見せられた時私はすぐに答えることが出来なかった。


「……どうって。私芸術のセンス無いから、どうも言えないんだけど。」


 私はしばらく絵をマジマジと見て、そして素直な感想を言う。

 そうすれば、さゆりは耐えきれない笑みをこぼした。


「ごめんなさい。そういうことを聞いたんじゃないのよ。この絵、まだ未完成なんだけど、誰かが夜な夜な描き足すみたいなの。」


 わざと詳しく言わなかったくせに、笑うなんて酷い。

 私はジト目を向けて、また絵を見た。


 言われてみれば、確かに未完成に見えるかもしれない。

 しかしそれが描き足されるとは、一体誰がだろう。


「これを完成出来ずに死んでしまった方らしいわ。未練があって、夜に出るらしいの。面白いわよね。」


「いや、面白くないでしょ。」


 いつもの事だが、さゆりの性格はひん曲がっていると思う。

 私は今回は何に巻き込まれるのかと、嫌になりそうだ。


「買ったばかりなんだけど、未だに描いている所を見る事が出来ていないの。理名も気になるでしょ。」


 いや、全然。

 そう言おうとしたのだが、うるさくなりそうなので飲み込む。


「見るためにカメラも数台買ったし、その為の部屋も作ったわ。だから今度の休み、一緒に確認しましょう。」


「はいはい。その代わり、始まるまでは勉強を教えてね。」


 やる事は決定事項なので、どうすれば自分に都合がいいかを考える。

 そして今の所、不安しかない勉強面を何とかしてもらおうとさゆりに頼んだ。


「良いわよ。だからいっぱい夜更かししましょう。」


 彼女も私の条件を飲んでくれたので、今度の休みの予定がお泊まり会に決定する。

 そうして後は、何をするかの計画を立てた。





 私はつくづく、さゆりの家の凄さを目の当たりにする機会が多々ある。

 段々と慣れてきたと思っていたのだが、今回は驚いてしまった。


「これを作るのに、いくらしたの?」


「そうでも無いわよ。」


 私はこの為だけに作ったという部屋を見て、さゆりに尋ねるとはぐらかされてしまった。

 それを聞いて億は超えているんじゃないかと予想するが、分かったところで払えるわけじゃないので深くは聞かない。


 作ったという部屋はカメラを壁の中に埋め込んでいて、何かあってもいいように防弾ガラス防湿防水仕様だという。

 撮られた映像は、リアルタイムで別の部屋のモニターに映る。

 私たちはそこから監視するというわけだ。


 絵は部屋の真ん中に置かれ、他にも多種多様の画材が近くにある。

 まさに、至れり尽くせりの状態だと思う。


「これだけお膳立てしたんだから映ればいいね。」


「そうね。恥ずかしがり屋さんみたいだから、期待はそこまでしていないわ。」


 そうは言ったが、映ることを誰よりも望んでいるはずだ。

 私もどんな風になるのか楽しみにしているので、出てきて欲しいというのが本音である。





 そして勉強をしている内に夜を迎えた。

 私は身のある時間を過ごせて、既に満足している。


 さゆりの家のシェフが腕によりをかけて作ったご馳走を、たくさん食べたせいで眠いのもある。

 夜更かしするという話だったけど、これは途中で寝落ちしてしまいそうだ。


 出てくるなら、早く出てきて欲しいものだが。

 私は大きくあくびをして、隣に座るさゆりを見る。



 まだ何も起こっていないモニターに、食い入るような顔を向けている。

 その気迫に私は引いてしまうが、邪魔をしようとまでは思わない。


「眠くなったら後ろのベッドで仮眠していいわよ。出てきたら言うから。」


 観察していたら、私の方を見ていないのにさゆりは後ろを指して言った。

 確かにそう言われると、後ろに柔らかそうなシングルベッドが置いてある。


「いや、大丈夫。」


 しかし喜んで眠れるほど、空気が読めないわけではない。

 私は眠りたい気持ちはたくさんあったけど、我慢して断った。


 そうすれば私の気持ちを全部察しているだろうさゆりは、それ以上何も言ってこない。

 私も特には何も言わず、お互いに無言のままモニターを見つめた。


 綺麗な画質の映像は、今の所全く変化はない。

 絵だけをただ映していて、楽しい要素が無いのですぐ飽きてしまう。


「あの絵って何がモチーフなの?」


 私は眠気を吹き飛ばすために、大して興味はないが話しかける。

 さゆりも少しは眠いと思っているのか、話に付き合ってくれるようだ。


「えっと確か……『幸せな日々』だったかしら。私もどこがそうなのかと言われたら、難しいけど。」


 その言葉にモニターに映る絵を見た。

 しかし赤や黄色や青、様々な色を大胆に使ったキャンパスはどこが幸せな日々なのだろうか、と私でさえも思ってしまう。


 捉え方は様々だろうから、分かる人には分かるのかもしれない。


「この絵の終わりはどこなんだろうね。どのぐらいかかるんだろう。全く見当もつかないや。」


 私からすれば、すでに終わっているんじゃないかと思ってしまうが、それを言ったら何かに怒られそうだ。


 そしてそのまま私達は、またしばらくモニターを眺める。




 動きがあったのは、それから数時間が経ってからだった。

 最新のはずのモニターの画面が、急に乱れ始めた。


 にわかに起こり始めた変化に、私とさゆりは身を乗り出す。

 画面の中に、何かが出たわけではない。

 しかし乱れた映像が綺麗になると、明らかに手を加えられたあとがある。


「来ているわね。」


「そうだけど映っていないよ。」


 思っていたような感じではなく私は少しがっかりしてしまうが、さゆりはそうではなかったようで。


 画面を食い入るように見つめている。


「いい、いいわね。」


 何がいいのか全くわからない。

 それでもさゆりが、楽しいのなら構わないか。


 私は画面よりもさゆりを見て、いつしか楽しんでいた。




「とりあえず今日はここまでみたいね。」


 さゆりの言葉に画面を見た私は、微妙な顔をしてしまう。


「なんか、進んだの?」


 絵に何か手を加えたのは分かったけど、それが完成に近づいたのかと言われるとそうは思えない。


 だからこその表情だったのだが、さゆりは笑った。


「確かにそうかもね。多分本人も、完成させるつもりは無いんじゃない。」


「どういう事?」


 彼女の言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。

 そうすると更に詳しく話し始めた。


「あの絵は、あの絵自体が『幸せな日々』じゃないと思う。あの絵を描いているのが、本人にとって幸せな日々なのよ。」


「ほへー。」


 さゆりの分析に、私は感心して変な声を出してしまう。

 そういう捉え方があるのか。


 しかし、もしそうだったとしたら。


「ずっと完成しないまま、この部屋にいるつもりなのかな。」


 私の言葉を聞いたさゆりは、しばらく考えてそして首をかしげた。


「さあね。」





 それから特別に作った部屋で、未だに夜になると絵は描かれているらしい。

 まだまだ完成しそうもないと、さゆりは言っていた。




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