12.塗りこまれた死体
さゆりは私がいなくても意外に行動派である。
そうなると大体いい結果にならないので、私の気苦労は絶えない。
その中でも一番大変だったのは、さゆりが大怪我してしまった時だ。
「ねえ、死体を上手く隠すにはどういう方法がいいかしらね。」
「どうしてその考えになったのか、見当もつかないんだけど。何、誰か殺したの?それなら家の力でどうにかした方がばれないんじゃない?」
私は突拍子も無い事を言い始めたさゆりに、胡乱げな目を向けた。
その手に持っている『あなたの隣りの都市伝説』に感化されたのだろう。
何に興味を持ったか知らないが私は手伝えない。
「知っているわよ。明日からおばあさまの家に遊びに行くんでしょう?だから今回は、私1人でやるから。」
「出来れば私が帰って来るまで、何もしないで欲しいんだけど。約束して欲しい。」
「出来たらね。」
これは絶対に約束を守る気は無いな。
そうは思ったけど、誰かさゆりの家の人に注意を払ってもらえばいいかと考える。
「それで?今度は何に興味を持ったの?」
私はそこまで聞きたくないが、一応話を聞く。
そうすれば持っていた本を置いて、さゆりは近づいてきた。
「壁に埋め込まれた死体が、話しかけてきたり恨みを持っている事ってあるのかしら?そしてわざわざ死体を壁に埋めるなんて、そんな考えを実行する人はいるのかしら?」
「会った事が無いから分からないし、そんな人がいたら捕まっていると思う。」
さゆりが興味を持つ怪談は、面倒なものが多すぎる。
壁に埋め込まれた死体なんて、どうやったら見つけられるのだろうか。
むしろあったら怖い。
私は呆れてそう言えば、頬をふくらませた彼女はそっぽを向く。
「理名は夢が無いわね。もしかしたらずっと昔に埋められたまま、誰にも見つけられていないのかもしれないでしょ。」
どうやら機嫌を損ねてしまったみたいだ。
そのまま会話を打ち切られ、また本に関心を戻してしまったさゆりを見て、選択肢を間違えたと後悔する。
こうなったら何を話しかけても、聞こえないふりをされてしまうだろう。
私はとりあえず今日は帰ることにして、しかし出ていく前に忠告した。
「私が帰ってくるまで、絶対に何もしないんだよ。絶対だからね!約束破ったらさゆりの嫌なあれやるから!」
そうは言ったけど、さゆりに伝わったかどうかは微妙だった。
そして私の心配通り、全く伝わっていなかったらしい。
帰ってきた私を待っていたのは、さゆりが行方不明になったというニュースだった。
「何でさゆりに注意を払っていなかったんですか!言いましたよね!」
召使いの人や警備の人に怒鳴るが、彼らが悪くない事は分かっている。
さゆりは、彼らが把握していない隠し扉から家を出た。
しかもご丁寧に、バレないためにたくさんの仕掛けを残して。
だからこそいないと発覚したのが、私が帰ってくるすぐ前で、みんな対応に追われている。
どこに行ったのか。
見当もつかないけど、何をしに行ったのかだけはわかる。
これは帰ってきたら覚悟しておけよ。
私は頭の中で、さゆりに色々なことをしてやろうと決めた。
さゆりは壁に埋まった死体を探しに出かけた。
そんな私の情報から、誰がどうやって調べたのか彼女のいる大体の位置がすぐに特定される。
ああ見えてもやはりお嬢様なので、誘拐とかの心配があるからそういった面は気をつけているらしい。
それならこんな事になる前に止めて欲しかったという言葉を、今度は飲み込んだ。
きっと全員がわかっているだろう。
しかし大体の位置が分かったとしても、その範囲が広すぎて人手が足りない。
それを聞いた私は、まっさきに捜索の手伝いを申し出た。
「ちゃんと止められなかった私にも責任はあるので。」
こうなるんだったら祖母の家に行くのはやめておけば良かった。
色々と考えるが、所詮あとの祭りだ。
とにかく今は、さゆりを見つけることが最優先である。
私は提示された候補のひとつに行くために、急いで準備をした。
さゆりお抱えの運転手の1人と一緒に、私は随分昔に空き家になった家に来ている。
誰も住んでいないのは、埃まみれの部屋を見れば明らかである。
「さゆり?いるなら返事して!」
「さゆりお嬢様!」
私と運転手はその中を、ハンカチで顔を抑えながら歩く。
たまに外して、さゆりの名前を呼ぶが返事はない。
「もしかしたらここでは無いのでは?」
探し始めて数分、そう運転手が話しかけてきたが私はさゆりがここにいるはずだと本能で感じていた。
だからその言葉を半ば無視する形で、捜索を続行する。
はじめは何度か言ってきた運転手も、私が聞く耳を持たないと察したのか諦めて一緒に探した。
そうしてさらに数分が過ぎた時、私はあからさまに怪しい扉を見つけた。
ドアノブの部分が真新しいロープでぐるぐると固定され、その周辺の地面は埃一つ落ちていない。
私は、確実にこの中にさゆりがいると察する。
だから後ろでオロオロしていた運転手に、扉を壊すようにお願いした。
「それは、壊すのはさすがに。」
しかし頑なに拒否されて、仕方なく自力でロープをほどく。
思っていたよりも緩かったみたいで、順調にほどくことが出来た。
手が少し痛くなったが、ようやく終えると私はドアノブをつかみ勢いよく引っ張る。
「さゆり!」
「あら理名じゃない。もう帰ってきてたのね。」
「……あれ?」
慌てて入った部屋の中、さゆりは無事かと心配していた私はくつろいでいる彼女の姿に変な声を出してしまう。
しかもさゆりのいる部屋は、今までと違いリフォームしたのではないかというぐらい綺麗だった。
一体どういう事だ。
不思議に思った私は問いかけた。
「あんた行方不明だって騒がれているけど、何してるの?」
「それは大変ね。でも連絡していたんだけど、どうしてかしら。ねえ?」
さゆりは飲んでいたジュースを机の上に置くと、静かに立ち上がる。
そして綺麗な所作で近づいてきて、私の後ろを見た。
後ろにいるにはただ1人。
「さて、どうしてでしょうね。さゆりお嬢様。」
運転手は今までのうろたえぶりはどこへやら、ひょうひょうと言い放った。
私はそこで、この事件の犯人が彼だと分かり距離を置こうとした。
しかしその前に、私の体は勢いよく後ろに引き寄せられる。
「うぐっ!?」
首元に回された腕は、酸素を失くすぐらい力が強い。
私は呻き声を上げて、腕に爪を立てた。
それでも力が弱まることは無い。
「何をしているのかしら?理名を解放しなさい。」
さゆりは突然の事態にも動じず、私の後ろをまっすぐと見据えて言い放つ。
「嫌ですよ。この女がいると、さゆりお嬢様の為にはなりません。始末しておくべきなんですよ。」
彼女の言葉に全く聞き入れない腕は、さらに力を強めた。
私は意識を飛びそうで、さゆりに助けを求める視線を投げかける。
彼女はそれを察したのか、力強く頷いた。
「そう、理名傷つけるつもりなら許さないわ。でもこうなった責任は私にあるから、償うしかないわね。」
そして何を思ったのか、床に落ちていたガラス片を手に取ってためらいなく首を切った。
「は!?」
「さゆりお嬢様!?」
突然の事に、私と運転手の驚きの声がかぶる。
そうしている間にも、さゆりの首からは勢いよく後ろに血が吹き出し彼女の体は倒れ込んだ。
その瞬間、私の拘束は解かれさゆりの方に勢いよく後ろに走っていく姿が見えた。
私もさゆりが心配だったが、長時間上手く息ができなかったせいで意識が飛んでしまった。
次に目を覚ました時、私の手をさゆりが握っていて本当に安心した。
しかしその首元にある大きなガーゼに血がついているのを見て、すぐに落ち込んでしまった。
「大丈夫よ。あとは残らないらしいから。」
私の顔が首元にいっているのが分かったのか、微笑んださゆりはそう言ってくれる。
それを全面的に受け取る訳では無いが、これ以上触れるのは彼女が怒りそうだと思い、一応納得した。
「あの人はどうなったの?」
そしてもう1つ気になっていることを聞く。
「え?ああ、気にしなくていいわ。理名はもう会うことはないでしょうから。」
そうすると、さらにいっそう微笑んださゆりはそれだけ言った。
私は何となく、今回さゆりが気になっていた壁に埋まった人の話を思い出す。
彼女が嬉しそうな顔をしているせいで、嫌な予感は拭えなかった。
しかし、私が口を出せるものではない。
それよりも、これからは絶対にさゆりに傷をつけない。
そっちの方が大事だった。
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