11.見えているくせに
さゆりの家にいる怪談の中には、とても面倒くさい性格の子もいる。
かまってちゃんだったり、不安定だったり、暑苦しかったり、ひねくれていたり。
私はあまりに相手にしていないが、毎日の様に一緒にいるさゆりの苦労は計り知れないだろう。
その中でも特に面倒くさいのがいる。
「あら、おブスちゃん。今日もおブスですわね。」
「……。」
さゆりの家の地下に来て、真っ先に顔を合わせた怪談に開口一番そう言われる。
私はいつもの事なので微妙な顔をすると、特に答えを返さなかった。
しかしその態度が嫌だったみたいで、私の後ろで騒ぎながらついてくる。
「ちょっと聞いているのかしら?私が話しかけてあげているのよ?」
「はいはい。聞いてます聞いてます。」
「それは聞いてないでしょ!」
あまりにも大きな声すぎて、顔をしかめて適当に返事したら更に大きな声を出された。
このままじゃ地の果てまで追われそうだと、私は振り返る。
「本当に聞いているからついてこないでね。」
「う。分かったのなら良いのよ。」
目を合わせて言えば、何かを言おうとしていた口が閉じられる。
そのまま私は相手がついてこないのを悟ると、さっさと立ち去りさゆりの元へと行く。
「また絡まれていたみたいね。あの子は理名が大好きだから。」
「こっちとしたらいい迷惑だからね。相手にするのも面倒なんだから。」
さゆりの待っている部屋に入ると、愉快そうにしている彼女が出迎えた。
私はげんなりとしていて、ソファに向かってダイブする。
とても高級なものなので、柔らかく受け止められるとそのまま眠ってしまいそうになる。
しかしさゆりの方を見ると、私は話しかけた。
「どこであれと会ったんだっけ?どうして捕まえてきたの?」
「捕まえたなんてひどい良い方ね。それに見つけたのは理名でしょ?」
言われるとそうな気がする、私は会った時の事を考える。
少し前の事だったが、ぼんやりとだが覚えている。
私はソファによりいっそう体を預けて、その時の事を思い出した。
あれは長い休みに入ってすぐの事だ。
私はさゆりと蒸し蒸しとする道を、話をしながら歩いていた。
「宿題ははやめに終わらせるべきよ。その方が効率的だわ。」
「そうは言ってもね、出来ないのが人なんです。皆さゆりみたいな人じゃないんだから。」
話題は主にたくさん出された宿題。
毎年のように、最後の方になるとさゆりに助けを求めているので、今回もそうなるだろう。
何だかんだ助けてくれるさゆりを、私はあてにしていた。
「それにしても暑いわね。」
「本当、とけそう。早く帰ろう。」
地面から照り返す熱が、全身にあたりダラダラと汗が流れる。
いくらさゆりが用意していた日傘をさしているとはいえ、クーラーの効いた部屋が恋しい。
だから汗ひとつかいていないさゆりを急かすのだが、歩くスピードは変わらない。
しかもこういう時に限って、赤信号に捕まってしまう。
「今日、どっちかの運勢悪いんじゃないの?占いとか見た?」
私はまた赤信号で止まることとなって、少し苛ついていた。
誰のせいに出来るわけでもないので、運勢という信憑性のあまりないものに八つ当たりする。
そうでもしないと、この状況は耐えきれないぐらいに辛かった。
「見ていないから分からないけど、運勢が悪いのは私じゃないわ。」
しかしさゆりは私の方をちらりと見て笑うと、前を向いてそんな事を言ってくる。
私はさゆりが自信を持っていう意味が分からず、変な顔をしてしまう。
「何で?」
私が聞くと、彼女が腕をあげて真っすぐ先を指す。
その先を見て、確かにさゆりの運勢は最高潮かもしれないかもしれないと私は思う。
横断歩道の向こう側の道。
そこには何かが立っていた。
霊感の無い人だったら、普通の人間に見えるかもしれない。
しかしさゆりといる事に慣れた私には、それが違うものだとすぐに分かった。
「まじか。え、相手にするの?今日は暑いから止めない?」
「あら。まあでもどこかに行きそうも無いから、私は構わないけど。理名がとけても困るものね。」
私は暑さに耐えきれず、時間がかかりそうなそれを後回しにしてほしいとお願いする。
そうすれば意外にも、さゆりはすぐに納得してくれた。
ほっとして信号が青になったのを確認すると、横断歩道を渡ろうとはせず別の道から帰ろうとする。
さゆりの腕を掴んで歩き出せば、特に抵抗なく引っ張られてくれた。
別の道で帰っても、そこまで時間に差は無い。
それなら会わないようにした方が、面倒な事態にならないだろう。
そう考えての行動だったのだが、私の思い通りにはならなかった。
「ねえ、理名。」
「はい、何でしょう。」
「後ろから何か聞こえてくるわね。」
「分かっているから、とりあえず走るよ!」
背を向けて歩いていたのだが、後ろから女の叫び声が聞こえてきた。
私はそれがどんどん近づいてきているのを察すると、さゆりに声をかけて走り始める。
しかし相手も諦めていないようで、声は更に大きくなった気がする。
「何で追いかけてくるのよ⁉ああいうのって、地縛霊とかそういうものじゃないの?」
「そうだと思ったんだけど、中々ガッツのある子ね。すっごく面白いわ。」
「のんびり感想言っている場合か!走るの速すぎて追い付かれそうなんだけど!」
必死になって走っているのに、さゆりは涼しい顔で感想を述べていて私は怒鳴った。
そうこうしている間にも、後ろからの声は徐々に距離を近づけてくる。
この感じだともう少ししたら追い付かれてしまう。
そう判断した私は、仕方なく急ブレーキをかけて立ち止まり後ろに振り返った。
「きゃあ!何で止まるのよ!」
追いかけていた犯人は急に止まった私達に驚いたのか、どうやったのかはしらないが転んだ。
こうして見てみると、そんなに怖くない。
むしろ涙目になって睨んでいる姿は、面白いと思う。
「いや、追いかけて来なきゃよかったでしょ。」
私の中の嗜虐心が妙にくすぐられ、いつもでは考えられないような言葉を投げかけた。
そうするとより涙目になって、それでも好戦的に睨んでくる。
「だって!私の事見えて分かっているくせに、どこかに行こうとするのが悪いんでしょ!」
「いや面倒くさいし、暑いから。帰っていいですか?」
もう少し遊んでも良かったのだけど、それを上回るぐらいの暑さに相手にするのが面倒になった。
だからこそ言ったのだが、余計に涙目になってしまう。
これは面倒な事になりそうだ。
私は内心でため息をつくと、さゆりに視線を投げかける。
「そうね。暑いし、怪談っていう感じじゃないから帰りましょうか。」
確かに彼女の言う通り、求めているような怪談じゃないのかもしれない。
これは放置という事になるのだろうか。
しかしついてきそうな感じがするので、私はどう処理をしようか迷った。
「帰っちゃうの。ようやく見てもらえる人が出来たのに。私を置いていけるの?」
作戦を変えたのか、ウルウルした目で見上げてくるそれは絶対についてくる。
そう考えると、どうしたものか。
さゆりは私に全てを任せるつもりなのか、何も言わずにただ見ているだけだ。
本当にどうしたらいいのか考えていた私は、仕方なく思いついたそれを提案した。
「じゃあさゆりの家の地下に来る?」
「地下?そこにあなたはいるの?」
「えーっと、うん。いるいる。」
「本当⁉じゃあ行く!」
何だか純粋に喜ばれてしまうと、今の所地下に行くつもりは無いと思っている私が悪い感じだ。
それでも早く涼しい場所に行きたい私は、適当に返事をした。
そして地下の仲間になったそれは、随分と私の事を待っていたらしい。
さゆりの家に初めて遊びに行き地下に顔を出した時、意識が飛ぶぐらい勢いよく飛び疲れて私は何かを出してしまいそうになった。
それでも泣きそうな顔で待っていたと言われたら、少しだけほだされそうになる。
しかし、それが何日も続けば別だ。
いい加減相手にするのが面倒で、最近では対応が雑になってしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、顔を合わせる度に近づいてくる。
まあ本気で嫌がろうとしていない辺り、なんだかんだ言ってもほだされているのかもしれない。
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