9.さとるくん
さゆりは基本的に、私になんでも話してくれる。
しかし、例外というのが何個かある。
そういう時は、私も何も聞かない。
2人で一緒にいるとは言っても、お互いに全部をさらけ出しているわけではないのだ。
今日は珍しくさゆりと別行動をしていた。
お互いに委員会などの雑用に駆り出され、気がつけば放課後。
同じクラスなのに、今日は一回も話をしていないなんてよほどだろう。
それにさみしさを感じる訳では無いが、どことなく違和感があった。
いつもと違う事があるのは、こんなにも変な気分になるものか。
私はその事実に驚きつつ、帰り道を歩いていた。
特にこれといって何かがあるわけでもなく、家に着いた私はソファに寝転がりながらスマホを見る。
特にこれといった目的もないので、すぐに飽きてしまい私はため息をついた。
いつもさゆりの事を面倒くさいと思っているけど、いないとこんなにも退屈だとは。
彼女の事を考えていたら、自然と検索の文字が『怪談』になっていた。
すぐに表示されるサイトの数々を流し読みしながら、これは見た事あるや会った事ない、さゆりの家にいるなど勝手に頭の中で仕分けしていく。
そうしている内に、1つの文字に興味をひかれた。
「さとるくん、ねえ。」
声に出してみると、そんなに恐ろしさを感じられなくて私は笑ってしまう。
しかしこの怪談は初めて聞いたのだが、どういうものなのだろうか。
私はサイトを開いた。
さとるくんを呼び出すには、公衆電話に10円玉を入れて自分の携帯電話にかける。繋がったら「さとるくん、さとるくん、おいでくださいませ。」と唱えれば、24時間以内にさとるくんから携帯電話に電話がかかってくる。出るとさとるくんが自分のいる位置を知らせながら近づいてきて、最後は自分の後ろに来る。
この時に、さとるくんはどんな質問にも答えてくれる。
そしてさとるくんを呼び出す際に、気をつけなければいけないのは後ろを振り返らないのとさとるくんに質問をしない事。もしやってしまったら、さとるくんにどこかに連れ去られてしまうらしい。
あとは既に答えが分かっている質問をしてしまうと、さとるくんは怒ってしまう。
サイトの文章を読み終えた私は、ポツリと呟く。
「何これ、面白そう。やってみても良いんじゃないかな。」
画面を閉じると真っ先に、とある番号に私は電話をかけた。
「まさか理名の方から話を持ってくるとは、本当に嬉しいわ。」
次の日さゆりと一緒にお昼を食べる事が出来た私は、調べた事を全部彼女に話した。
聞き終えると目を輝かせ、こちらに身を乗り出してくる。
その姿はまるで、大好物を目の前にした子供みたいで私はなんだかおかしくなってしまう。
「たまには良いでしょ。今回のなら、やり方さえ間違えなきゃ危なくないだろうし。何でも質問に答えてもらえるって、凄くない?」
「そうね。面白いわ。今度の休みに実験してみましょうか。」
さゆりは目を輝かせたまま話を続ける。
そして提案してきた実験の内容に、私も面白いと頷いた。
そして現在、私は1人でスマホを前に待っている。
公衆電話で呼び出すのは、数時間前にもう終わらせてある。
あとはさとるくんから電話があるのを、ただ待つのみ。
何故1人なのかというと、さゆりはさゆりで同じ時間にさとるくんを呼び出したからだ。
彼女が提案してきた実験とは、同時刻にさとるくんを呼び出したらどうなるか、という単純なものだった。
だからさゆりも、今は自分の部屋で同じようにスマホの前で待っているだろう。
まず来るかどうかも分からないさとるくんだが、とりあえず24時間が経つまでは待っているしかない。
さとるくんが来るまでの時間は、連絡を取り合うことも寝ることも出来ないので、ものすごく退屈だ。
「さとるくーん。出来れば早めに来て欲しいな。」
情けない声でスマホに呼びかけても、うんともすんとも言わない。
24時間ギリギリ前なのは、勘弁して欲しいのでその後も何度か話しかけてみるが、何もなし。
これは提案しなければよかったかな、と私は後悔し始めていた。
さゆりに謝って、もう終わりにしてもらおうか。
そう思った頃スマホが鳴る。
もしかしてさゆりも面倒くさくなったのか、画面を嬉々として見た私は固まった。
『非通知』そう出ている番号からかかってくる心当たりなんて、今は1つしか思い浮かばない。
私は何度か深呼吸をして電話に出る。
「もしもし。」
「今、君の友達の家から向かうよ。」
出た瞬間、向こうから言われて勝手に切られた。
あまりのはやさにあっけに取られてしまった私は、目まぐるしく脳を回転させる。
聞こえてきた小学生くらいの男の子の声はさとるくんで、友達の家というのは、さゆりの事だろう。
それならば私のところに着くまで、そう時間はかからないはずだ。
考えていると、またスマホが鳴る。
今度はすぐに出た。
「もしもし。」
「今、コンビニが見えてきたよ。」
すぐに切られる電話。
このスピードなら、次に電話がかかってきた時はもう家についているかもしれない。
その予想通り、次の電話は家の前にいるというものだった。
私はにわかに緊張して、部屋の扉に完全に背を向ける。
絶対にここから入ってくるだろうから、振り返らないようにするためだ。
じっと待って、そして鳴ったスマホを恐る恐る耳に当てた。
「もしもし。」
「今、君の後ろにいるよ。聞きたい事は何?」
私は後ろに何かの気配を感じながら、あらかじめ考えに考えておいた質問をゆっくりと投げかける。
「私と、私とさゆりはこれから先も一緒にいられますか?」
これを聞こうと思ったのは、何がきっかけだろうか。
色々と考えた末の質問なので、答えが欲しいのかどうかすらも分からなかった。
しかしさとるくんは私の気持ちを考えず、すぐに答えを言う。
「無理だよ。」
たった一言、それだけ残して気配は消えた。
私は少しの間固まって、そしてさゆりに電話を掛ける。
何回目かのコール音のあと、さゆりの声が聞こえてきた。
「もしもし。その感じなら、理名のところにも来たみたいね。」
「うん。さゆりの方が早かったみたいだけど。何を聞いたの?」
私は先ほどのさとるくんの答えを上手く消化できず、さゆりに尋ねる。
しばらく電話の向こう側が静かになった。
「ごめんなさい。それは教えられないわ。理名もそうでしょう?」
確かにさゆりの言う通り、私も何を聞いたのか答えられない。
だけど、彼女の様子から同じ事を聞いたのではないかと思ってしまった。
それは幼なじみの直感か。
私はそれ以上、さゆりに聞こうとはせず電話を切った。
その日以降、私達の間にさとるくんの話が出る事は無かった。
お互いが忘れるように努めて、そしていつしか思い出さないようにしていた。
しかし、たまに思い出す時もある。
そしていつも、さゆりと離れる日なんて来なければいいなと考えて、また忘れるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます