8.足売りばあさん
さゆりが、たまに人の役に立つことはある。
本当に本当にたまにだが。
「最近つまらないわね。」
「そう?それよりも、今度の休みに何するか考えてよ。」
私は話を流しつつ、さゆりに雑誌を見せる。
久しぶりに、怪談抜きで出かけることにしたのだ。
それなりに仲はいいのだから、こういう風に遊びに行きたいとは前々から思っていた。
なんだかんだで今まで機会がなかったせいで、初めてのお出かけとなってしまったけど。
しかしそれにしても、さゆりが何も決めてくれない。
私に任せて、新しい怪談を調べている。
怒らないわけじゃなかったけど、彼女に任せても面倒な事になるので仕方なく我慢した。
「うちにいる子が嫌って訳じゃないのよ。それでも私は、知らないものがあるのが嫌いだから。」
「はいはい。しかもこの前、拡張工事したんだって?どんだけお金かけるつもりなんだか。」
さゆりは手帳を取り出して、ため息をついている。
きっとその中には、今まで収集した怪談の事が書かれているのだろう。
私も1度見せてもらったことがあるけど、文字が小さすぎて読めなかった。
字は綺麗なはずなのに、他人に分からないようにするためなのだろう。
まあ、今はそんなことよりも。
「それで、人がいなくて楽しい所って条件どうにかならないの?」
「人混み苦手なのと、どうせ行くなら楽しいところがいいのは私にとっては大事なのよ?理名のおすすめ楽しみにしてるから。」
提案はしてくれないくせに、条件はつけてくるわがままぶりに私はどっと疲れを感じた。
結局、近くにある動物園と遊園地と公園を混ぜたような場所を貸し切るという形になった。
さゆりの力を大いに使った結果だが、考える労力を私は使ったのでwin-winの関係だと思う事にする。
それに彼女も納得していたし、少しのもやもやが無い訳では無いけど、それよりも初めてのお出かけをめいっぱい楽しむことの方が大事だ。
「理名、私あれが見たいわ。ハシビロコウ。」
「さゆりって、本当に趣味が悪いよね。」
動物園のエリアを、いつもよりテンションの高いさゆりに引きずられながら私も嬉しさを隠しきれなかった。
2人きりというのは今まで何度もあったけど、それは緊張や恐怖もあったので心が休まらないでいた。
しかし今日は、何も考えずに楽しめばいい。
自然と私は、さゆりと同じ速度で歩いていた。
そこから動物を見たり、遊園地で乗り物に乗ったり、とても楽しい時間を過ごせた。
写真もお互いに撮りあって、メモリーがいっぱいになりそうな程だった。
「子供の頃みたいに、何も考えずにただ遊ぶって言うのも良いものね。理名が計画を立ててくれたおかげ、本当にありがとう。」
「こ、今度はさゆりが考えてよね。」
その写真を見返していたら、さゆりからの真っ直ぐなお礼を言われて、私は嬉しくなりながらもそっけない事を言ってしまう。
しかしさゆりには通じたみたいで、破顔していた。
「そろそろ帰りましょうか。明日は筋肉痛になりそうだわ。」
「そうだね。もうすでに足痛いし。」
私はこの日の為におろした、ヒールのある靴を恨みがましく見つめる。
試しに履いた時は感じなかったけど、少しかかとの方が痛い。
これ以上歩くのは大変だからと、園内を出ればさゆりが呼んだお迎えの車が来ている。
そこまでの我慢だと考えるが、それでも疲れが減るわけじゃない。
さゆりも疲れているのは一緒だから文句を飲み込み、私はいつもよりゆっくりと歩き始めた。
視界の先にカラフルな門が見えてきた時、私は安堵から大きく息を吐く。
隣のさゆりも同じ気持ちだったようで、少しだけスピードが上がった。
しかしこういう時に限って、面倒な事態に陥るのがさゆりの宿命なのだ。
園内の雰囲気にそぐわない、大きな風呂敷包みを背負ったおばあさんは突然現れた。
その体の倍以上はある荷物なのに、おばあさんの足取りはしっかりとしていて、明らかにおかしい雰囲気を身にまとっている。
私達は自然と歩くのをやめていた。
2人とも疲れていて、今日は怪談を相手にする余裕などない。
見た感じでは害はなさそうな気がするので、関わらないように出来ないか。
そう希望を持っていたのだが、おばあさんの顔が分かる位置になって無理だと悟った。
私達の方を嫌な笑みを浮かべて見ていて、心なしか近づくスピードも速くなっている。
そしてついに目の前にたどり着いた時、ボロボロになった歯を見せながらニヤリと笑った。
「足いらんかえ?」
そう言って、持っていた風呂敷を地面におろす。
私は声が出ず、さゆりの方を見た。
彼女もこちらを見ていて、そして疲れた顔をおばあさんに向ける。
「私はいらないので、本当に必要としている人達の元に行ってください。」
いつものさゆりだったら、もっと違う事を言っていたはずだ。
しかしその時は、疲れから何も考えられなかったのだろう。
特にひねりのない言葉をかけた。
言われたおばあさんはというと、なんとも言えない微妙な顔をしたあと、風呂敷を持ち直す。
「じゃあ、そうしてみようかね。」
そして、1度さゆりをちらりと見て去っていった。
私はさゆりに話しかける。
「今ので良かったのかな?」
「さあ、分からないわね。まあ今日はとにかく帰りましょう。本当に疲れたわ。」
彼女は疲れた顔で大きくあくびをすると、気だるく歩き出した。
私も考える事が出来ずに、その日は終わった。
その数日後、とあるニュースが世間を騒がせる。
病気や事故、先天性で足の無い人達の元に、見知らぬ老婆が現れて足をプレゼントしてくるらしいのだ。
大きな風呂敷を持った彼女の目的はなんなのか、どうやってピッタリとくる足を手術も無しに付けられるのか。
疑問は絶えないが、害もないし彼女に会った人達の全員が喜んでいるため、深く調査をしないらしい。
私はそのニュースを見て色々と思う所があったけど、幸せな人達がいるのなら別にいいかと考えた。
さゆりもこの怪談をどうにかするつもりは無いらしいので、これからもおばあさんはたくさんの人を救い続けるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます