7.怪しい女性
さゆりの探求心は恐ろしい。
こだわりも強く頑固なので、付き合う身としては大変だ。
それで危険な事はたくさんあったけど、面白かった時もあった。
さゆりに言うと、調子に乗りそうなので絶対に教えないが。
今回も、何だかそうなる気がしていた。
「理名、ひきこさんって知っているかしら?」
「すっごく知っているけど、何で?」
さゆりが話しかけてきた時、私はとてもいい返事をした。
ひきこさんという怪談を、興味があって調べた事があるからだ。
その時に、ひきこさんという存在の怖さだけではない悲しさを好ましいと思った。
私もいじめという単語に他人事じゃない因縁はあるので、彼女に会いたくはないが活動は応援していた。
「少し遠いけど、電車で行ける所で出るらしいの。交通費は出すから、一緒に行きましょう?」
「おおう、そうなの。えっと、さゆりがそう言うのなら。」
会いたくないと思っていたのに、話が出た時点で察していたけど、何だかアイドルにでも会う気分だ。
自分の中でイメージがあるから、そのギャップにガッカリしてしまうかもしれない。
それでも、会うのに気分が高揚しないわけではなかった。
さゆりの言った通り、ひきこさんが出没する場所は電車で行ける距離だった。
私達は学校が休みの日を見計らって、その街に来ていた。
駅はとても珍しい事に無人駅で、降りる人も私達しかいなかった。
電車から降りて、緑の多い景色を眺めながら大きく深呼吸をする。
「空気が澄んでるね。なんか田舎って感じ。」
「そうね。でも辺りに全く人がいないのは、少し不安だわ。」
さゆりは今回も誰にもついてもらわずに来たので、荷物はあまり持っていない。
私も電車で荷物は持ちたくないから、さゆりと同じぐらい身軽だ。
「その方がいいんじゃないの?こういう所って、他所から来た人を嫌うでしょ?」
「まあね。でも私達ぐらいの年齢だったら、警戒心も解いてくれるんじゃない?」
確かに誰にも聞けないのは、情報が掴めないから不安かもしれない。
しかしスマホを起動したら使えるようだったので、それは問題じゃなくなった。
私はとりあえず、地名をいれてひきこさんの情報を探す。
何件か出てくるが、これといって重要なのは見つからない。
「大丈夫よ。時間はたくさんあるんだから、ゆっくりと探索しながら見つけましょう。」
「それしかないね。じゃあとりあえず歩こうか。」
私達は駅から離れて、景色の変わらない道を歩く事にする。
特に何かがあるわけじゃなく、人ともすれ違わない。
これじゃあ、ただの遠足だ。
分かっていたことだったが、こういう風に調べに来ても収穫が得られない事がある。
そういう時は、さゆりの気分が凄く落ち込むから出来れば何でも良いから出てきてほしい。
その願いが通じてしまったのか、私達の進む方向から奇妙なものが見えてきた。
視力の良いさゆりの方が、すぐに気がつく。
「あら、素敵な方ね。白いワンピースがとても似合っているわ。」
「え?も、もしかしてあの人の事?」
目を凝らした私は驚いた。
さゆりが言う素敵な人とは、真っ白とは言えない汚れたワンピースを着たやつれた女の事だろうか。
明らかにおかしい人だ。
私は近づいてくる女が怖くて、さゆりに小声で話しかける。
「いや。あれは不審者でしょ!進む方向変えるよ!」
「そうなの?もしかして、ひきこさんかもよ?」
「ひきこさんは雨の日に出るから違うわよ!」
ぼんやりとしているさゆりの腕を掴んで、その場から逃げ出そうとした。
しかしその前に、女はすぐ近くまで来てしまった。
私はそちらを引きつった顔で見る。
女はやはり不審者だと思う、こちらに恐ろしい笑みを向けていた。
「えっとー、あはは。」
「こんにちは。今日はいいお天気ですね。」
隙を見て逃げようとしていたのに、何を考えているのか普通にさゆりは話しかけ始める。
世間知らずな彼女は、全く危険を感じていないようで私は胃が痛い。
「ええ、いい天気ね。本当に、本当に。あなた達も綺麗。ここはいい所よ。ゆっくりすると良いわ。」
女は思っていたよりも、しっかりとした口調で言った。
そしてそのまま笑って立ち去る。
何だか嵐のように去っていた女に、何だったのかと呆気に取られてしまう。
さゆりはさゆりで、女に向かって手を振っている。
「いい人だったわね。ここを好きになれそうだわ。」
「どこが。私は先行きが不安よ。」
予定では日帰りのはずなのに、このままでは滞在が延びそうだ。
さすがに連泊は嫌なので、早めに帰りたい。
そうは思ったが、結局はさゆりの好きにさせなくてはならない。
私は女が消えた先、木が生い茂った森を見つめた。
次の日は、まさかの雨だった。
私はタイミングがよすぎるのを、さゆりの力かと思ってしまう。
彼女の家の力だったら、何とかできそうで怖い。
未だにどれぐらいの規模なのか、私もよく分かっていないのだ。
そういうわけで、格好のひきこさん探し日和である。
雨の日なのに意気揚々と出かける準備をしているさゆりを、私はため息をついて見つめた。
外はやはり人がいなかった。
さゆりが今回のために、買い取った廃屋を出て私はすごく不思議な気分になる。
私達は、あの女しかまだ見ていない。
それはいくら田舎だとしても、有り得ることなのだろうか。
ここにどれぐらいの人が住んでいるか分からないので、滅多な事は考えるものではない。
さゆりは手によく分からない道具を持っていて、それを振りながら歩いている。
私はそれが凶器に見えて仕方がない。
大ぶりな傘を1つ、その中に2人で一緒に入る。
雨のせいで視界は悪いが、特にこれといって変わった様子は無い。
「雨、酷くならないといいね。」
「そうね。傘もこれしか持ってきてないから、濡れたら困るものね。」
雨で聞こえづらいので、少し大きな声を出してさゆりと話す。
しかし、それにしても本当に今日ひきこさんに会えるのか。
さゆりの運の良さは知っているけど、誰にも会えない状態では無理があるような。
私はこのまま諦めてくれるのを待つ、というのが最善の方法な気がした。
「あら。」
「何?……うわっ!?」
さゆりをなんと言って説得しようか、考えていたら彼女が間抜けな声を出す。
私がつられて、その視線の先を見ると小さく叫んでしまった。
そこには、昨日と同じ女がいた。
傘もささずに、何かを引きずるようにして持っている。
それは聞いた事のある、ひきこさんの姿のままだ。
まさか、本当に女がひきこさんだなんて。
そうだとしたら、私達は引きずられてしまうのではないか。
対処法はなんだったのかを考えていると、さゆりが私の持っていた傘の中から飛び出てしまう。
止める暇なく、彼女は女に近づくと何かを話しかけた。
私は伸ばした手をどうしようか迷って、色々と考えてさゆりの方にゆっくりと近づく。
女にさゆりを傷つける気は無いようだから、きっと大丈夫だろう。
しかし私が何を話しているかを聞く前に、さゆりは戻ってきた。
「帰りましょうか。」
そして傘の中に戻ってくるなり、さっさと歩き始める。
私は慌ててそれについて行く。
色々と聞きたいことはあったが、今は無理だろう。
さゆりのこわばった顔を見て、私はそう判断した。
それから家に帰るまで、さゆりは何も言わなかった。
ようやく口を開いたのは、部屋に戻って落ち着いてからだ。
「あの人は、いい人だったんだけど。私のものにはなってくれなかったわ。それに……。」
「それに?」
さゆりは口をつぐむ。
そして、遠くを見つめた。
「あそこは、元々たくさんの人がいたはずよ。時間をかけて少なくしたのね。」
「そういう事。でも何で最後に、あんなに急いでいたの?」
さゆりの話は大体察したが、そこだけはよく分からなかった。
そう思って聞くと、彼女は微妙な顔をして微笑む。
「まあ、最後の獲物を持っているって言われたらね。次は誰か分かったものじゃないから。」
確かに私達じゃないかもしれないが、危険な賭けには出たくないか。
それにしても、さゆりが収集に失敗するのは久しぶりなので機嫌が悪くなるかと思ったけど大丈夫そうだ。
それはもしかしたら、いつか会えた時にもう一度挑戦しようと思っているからか。
女もずっとあそこにいるわけじゃないので、会える日は来るだろう。
その際に、この前みたいに普通に話しかけてくれるといいが。
私はそれを予想して、しばらく楽しんでいた。
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