6.赤い紙、青い紙





 さゆりの家の地下にあるトイレには、私は絶対に入りたくない。

 そこには何故、収集出来たのか疑問な怪談が住み着いているからだ。



 赤い紙、青い紙の怪談を知っている人は、今の世の中にどれぐらいいるのだろうか。



 夕方の学校で、トイレで用を済ませると紙が無い。

 困っていると、どこからか声が聞こえてくる。


「赤い紙が欲しいか?青い紙が欲しいか?」


 その声に対し「赤い紙」と答えると、体中から血が噴き出し死んでしまう。

 そして「青い紙」と答えると、体中の血液を全部抜き取られて死んでしまう。


 ざっくりとしたものはこうなのだが、対処法らしい対処法が無く昔は怖がる子もいたはずだ。

 しかし現代では、そんな怪談を馬鹿にする人の方が多いのではないだろうか。



 そう言った怪談は、消え去るしかないというのがさゆりの話である。

 だから消えてしまう前に全てコレクションするのだと、興奮していたのを思い出し私は憂鬱な気持ちになった。



 その赤い紙、青い紙の怪談なのだが、それと出会ったのは少し特殊な場面だった。

 しかも学校ではなく、それは私とさゆりが一時期通っていたとある先輩の家というのだから何が起こるか分からないものだ。





 その先輩に憧れている人達は、とても多かったと思う。

 さゆりほどではないが容姿端麗で、さゆりの足元にも及ばないが文武両道だった。


 物腰がとても柔らかかったのもあり、彼女の周りをいつもたくさんの人が囲んでいた。


 そんな先輩に突然話しかけられた時、私とさゆりはちょうど怪談についての話をしていた。


「あなた達って有名な幼なじみコンビよね?少しお話をしてもいいかな?」


「ええ、構わないですわ。」


 その言い方は有無を言わせないもので、私はムッとしたがさゆりが楽しそうに返事をしたので黙る。

 私は先輩みたいなタイプがとても苦手だ。

 表の顔は優しい理想の人物だが、本当にそうだとは限らない。


 ひねくれた性格だとは自覚しているので、自分でも損だと思う。


 しかしそれを抜きにしても、先輩はなんだか胡散臭かった。

 本当に作られた性格みたいで、見ていてどこかむず痒い気持ちになるのだ。



 だからできる限りかかわり合いたくないのだが、さゆりを置いていくわけにもいかず我慢して話を聞く。


「あのね。理由は聞かずに私の家に来て欲しいの。」


 話を聞くという判断をした事を、私はすぐに後悔する。

 それぐらい先輩は荒唐無稽なことを言ったのだと、自覚してもらいたい。


 理由を聞かずに、家に来いとはどういうつもりなのか。

 明らかに怪しい。

 怪しすぎて、いっそ清々しいレベルだ。



 それでノコノコと家に行くのはよほどの馬鹿か、


「ええ、ぜひお邪魔させていただきたいわ。」


 違う意味で頭のおかしいさゆりだけだ。





 まさか了承するとは思っていなかったのか、それから先輩の家に行くまで少しの期間があいた。

 それまで何度も考え直すようにさゆりを説得したのだが、彼女の意志が変わることは無かった。


 何が嫌って、行きたくないのにさゆりの面倒を任されているから、ついてこなきゃいけない事だ。

 私はこんな生活を送っているが、元々は平和主義者だから怖い思いはできる限りしたくない。



 それなのにさゆりと一緒にいると、そういう機会が多すぎて死にそうだ。

 笑い事ではなく、私は将来さゆりのせいで死ぬ気がする。



「ここは小さいわね。本当に先輩のご家族が住んでいるのかしら?」


「そうだね。平均の家よりも少し小さいけど、絶対に先輩にその言葉は言わないでね。」


 その原因が怪談のせいか、恨みを持った人のせいか微妙なところだ。



 私はお嬢様発言をするさゆりをたしなめて、先輩の家のチャイムを押した。

 そうすると、モニター付きインターホンから先輩の声が聞こえてくる。


「はーい。鍵は開いているから、どうぞ入って。」


 なんて不用心なのだろうか。

 私は危機感のなさに呆れながら、遠慮なく家へと入る。


 中は特に綺麗というわけでもなく、物が雑多とした居心地の悪い雰囲気だった。

 他人の家の臭いも、あまり好きじゃないのでハンカチで口をおさえたいと思ってしまう。


 玄関で出迎えた先輩は、制服から着替えていなかった。

 もしかしたら、部屋着というものを持っていないのか。

 そんな失礼な事を私は思った。


「来てくれてありがとう。早速なんだけど、私の部屋に案内するね。」


 先輩はそのまま私たちがついてくるものだと決めつけて、振り返らずにさっさと進んだ。

 それに対して私は特に何も言わず、後について行く。


 さゆりがポツリと入る際に挨拶をした時は、自分が大人気ないと少し恥ずかしくなったが。





 先輩の部屋は、いかにもという雰囲気だった。

 きちんと並べられた参考書。

 当たり障りのないアイドルのポスター。

 ベッドの枕元にある、可愛いぬいぐるみの数々。


 普通の部屋というものを、ここまで再現するとは。頑張って作ったんだろうなと思うと、同情の気持ちが湧き上がる。



 先輩はその中にあるクッションに座るように勧めると、自分はベッドの上に座った。


「くつろいで。少しお話しましょう。」


 そしていつの間に用意しておいたのか、飲み物とお菓子を私達の前に置く。

 なんだかよく分からないので、私は開けられていないペットボトルを飲むだけにとどめる。


 それから先輩は、本題に入らず特にどうでもいい話ばかりをする。

 私はそれに付き合わず、主にさゆりが的はずれな返事を繰り返していた。



 しかし時間が経つにつれて、私はさゆりの様子がおかしくなっているのに気がつく。

 その理由がなんなのか、私は察した。

 きっと我慢しているのだろうなと、世話を任されている身としては恥をしのんで先輩に話しかける。


「あの、トイレ行ってきてもいいですか?」


「あら、良いわよ。部屋を出て右にまっすぐ進めば突き当たりにあるから。」


「えっと、さゆりも一緒に行こう?私だけじゃ迷いそう。」


 先輩は少し嘲りの表情を浮かべつつも、トイレの場所を教えてくれた。

 私はそれを聞いた後、自然に見えるようにさゆりを部屋から連れ出すのに成功した。



「ありがとうね。中々言い出しづらかったから、とても助かったわ。」


「気にしないで。私もあの空間が面倒くさいと思っていたから、ちょうどよかった。」


 部屋を出てすぐに、さゆりが私にお礼を言った。

 褒められるのは照れくさくて、ぶっきらぼうな返事をしてしまうが、彼女は笑って私に笑いかける。


「それにさ、さゆりも気づいていたと思うけど。あの人、トイレに行かせようとしていたでしょ。どっちにしろ、行かなきゃいけない運命だったのよ。」


「確かにそうかもね。きっとここに呼んだ理由も、それなんでしょう。トイレに一体、どんな秘密があるのかしら。」


 ここに来る為に、色々と準備はしてきた。

 持ってきたものによっては、ピンチになっても家を半壊するぐらいで何とかなるだろう。

 それに対して弁償とか言われても、原因はあちらだから遠慮なく出来るのはいい。


 私達がそんな風に思っているのを知らない先輩は、今頃部屋でほくそ笑んでいるかもしれない。




 トイレの見た目は特におかしな所もなく、禍々しい感じもなかった。

 本当に、中に何かあるのかと疑ってしまうぐらいだ。


 私達は顔を見合わせて、首を傾げる。


「もしかして被害妄想だったのかしら?」


「えー、でもあの顔はなにか企んでいたと思うんだけど。」


 しばらく考えてみるが答えは出ず、とりあえず2人で中に入る事にした。

 その提案をした際さゆりは微妙な顔をしていたが、まだ我慢してもらう。


 一般的なトイレと同じぐらいの中は、2人で入るととても狭い。

 私達は少し密着しながら、辺りを警戒する。


 しかし特に変わった所はなく、さゆりも限界を迎えそうだったので私だけトイレから出た。



 扉閉めると、廊下の向こう側で先輩がこちらを伺っているのを発見する。

 その顔は何故か青ざめていて、不思議に思っていると早足でこちらに近づいてきて、私に詰め寄ってきた。


「なんであんたが出てくるの!?さゆり様は?もしかして中にいるの?」


「え、はい。そうですけど。」


 勢いが良すぎて敬語になってしまった。

 先輩は更に恐怖で顔を引きつらせて、大きな声で叫んだ。


「そんな‼さゆり様が死んじゃう‼」


 その言葉は聞き捨てならない。

 私は逆に先輩に詰め寄り睨みつけた。


「それはどういう事?あんた何をしようとしているの?」


 事と場合によっては、ただじゃ済まさない。

 そんな気持ちで胸倉まで掴んだのだが、後ろからのほほんとした声が聞こえてくる。


「理名、大丈夫よ。全部終わらせたから。」


 後ろを振り返れば、さゆりが普段通り微笑んで立っていた。


「何があったの?大丈夫だったの?」


 私は先輩の事を放置して、さゆりの無事を確認する。

 特に大丈夫そうなのでほっとしつつ、何が起こったのかを聞く。


「親切な方だったわよ。コレクションにもなってくれるって、言ってくれたし。種類は赤い紙、青い紙さん?っていうのかしら?」


 何かは分からないけど、さゆりが楽しそうなら良かった。

 呆然と腰を抜かしている先輩を置き去りにして、私達は何も声を掛けずに帰る。





 その帰り道、さゆりが少し後味の悪い話をした。


「そういえば、あの先輩の家族ってどこにいるのかしらね?家にある1つのトイレを使ったから、怪談の餌食になったのかしら。」


 私は何とも言えない気持ちで、あの先輩を思い出す。

 目的が分からなかったけど、これからどうするつもりなのか。


 まあ殺されそうになったのだから、どうでもいいし心配もしていない。


「そうだとしたら、あの人今までトイレ大変だっただろうね。」


 私のその感想をさゆりはお気に召したようで、とても楽しそうに笑っていた。



 余談だが、次の日から先輩は学校に来なくなり、いつの間にか転校していた。

 彼女のその後を、知る者は誰もいない。





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