5.ピアノの霊





 さすがお嬢様なだけあって、さゆりはピアノを幼少期から習っている。

 その腕前はコンクールに出るぐらいらしいが、私は聞いたことは無い。


 1度、弾いてみてほしいと頼んでみたけど、何だかんだあやふやにされてしまった。

 気になるけど無理に弾かせる気はないので、これからも聞く機会は来ないのだろう。

 そう思っていた。





 さゆりの家の地下に遊びに行くのも、何回か来るうちに慣れてきた。

 今までさゆりが収集した怪談達は、私に対して結構優しい。


 もっと何か言われるのかと思っていたので、そっちの方が嬉しいけど。



 その中でも、特に私がよくしてくれているのはピアノを弾く幽霊である。

 遊びに行くたびに、様々な曲を聞かせてくれて。


 姿は見えないけど、彼女と過ごす時間は私の癒しになっていた。





 彼女と出会った時もそうだった。


 それは随分と蒸し暑い、とある夏の日の事だ。


 近所の寂れた洋館で、夜な夜なピアノのメロディが聞こえてくるという噂。

 確かめに行こうというさゆりを止められなかった私は、洋館の前に2人で立っていた。


 微かに聞こえてくるピアノの音。

 噂は本当なんだと、さゆりのテンションは最高潮に上がっていた。

 私は今にも中に入っていこうとする彼女を止めながら、どうすれば怒られずに済むかと考える。


 しかしすぐに、さゆりの家の力でなんとかなるだろうと考えるのをやめた。


「もう止めなくていいわよね?入りましょう。」


 服の裾が伸びていたのを整えると、さゆりは意気揚々と中へと入っていく。

 私は彼女が中に入るのを見て、大きくため息をつきゆっくりと後を追う。


 屋敷は誰が行っているのか、よく手入れがされていた。

 埃一つ落ちていなく、このまま誰かが住んでいるのじゃないかと思ってしまうほどだ。


「お邪魔いたします。……綺麗な所ね。ピアノの音に、雰囲気がとても合っているわ。」


「お邪魔します。確かにそうだね。もしかして弾いている人が、掃除しているのかな。うわ、怒ってる?」


 私達は玄関から入る際、一応の礼儀として挨拶をした。

 その瞬間、流れる音楽が変わった。


 もしかして洋館の主が怒っているのか。

 私は心配になってさゆりを見るが、彼女は全く動じることなく微笑んでいた。


「大丈夫よ。これは歓迎しているみたい。挨拶をしたのが良かったのかもね。」


 そう言われて見れば、確かに流れている音楽は明るい気分にさせてくれるものだった。

 曲名は分からないけど、好きな感じだ。

 こんな状況じゃなきゃ、ゆっくり楽しむのに。


 私はもったいない気持ちになりながら、探索を進めていた。

 さゆりもピアノの演奏を気に入っているのか、とても穏やかな顔をしている。


 いつの間にか私達は主を探すよりも、音楽を聴く方に重きを置いていた。


「ここから流れているわね。」


「うん、きっとこの先にいるんだ。」


 とある部屋の前。

 そこの扉の向こうから、また違った音楽が流れている。


 その演奏もとても綺麗なもので、私は早く弾いている人を見たいと思い始めていた。

 どんな美しい人なのだろう。


 私の想像では、線の細いきらびやかなドレスを着た黒髪の綺麗な女性だ。

 性格は優しくて、お嬢様っていう感じな気がする。



 その期待を胸に、私は勢いよく扉を開けた。



 扉を開けても、演奏は止まなかった。

 しかし、私にはピアノの前で弾いているだろう人を確認できない。


 幽霊だという理由もあるだろうが、今までどんなものでも見えていたので私はとてもがっかりしてしまう。

 もしかしたらさゆりには見えているのかと、期待の眼差しを向けた。

 それは首を横に振った姿で、違うとすぐに分かったが。


「姿は見えないけど、本当に良いわね。とても綺麗で、弾いている人を表わしているみただわ。」


「本当にそうだね。私、この演奏好き。すっごい癒される。」


 私達はしばらくの間、彼女の演奏を楽しんだ。

 彼女もその期待にこたえるかのように、様々な曲を弾いてくれた。




 そして外が少し明るくなった頃、余韻を残しつつ演奏が止む。

 私とさゆりは、彼女に向けて惜しみない拍手を送った。


「素晴らしかったわ。今までに無い位、あなたの演奏はここで埋もれさせるのにはもったいない。」


 ピアノに一歩近づいたさゆり。

 交渉の時間に入ったな、と私は察して邪魔をしないように静かにする。


 さゆりの話にこたえるかのように、ピアノの音が鳴る。


「そう。ここは思い出の場所なのかもしれない。だけどいつかは取り壊されてしまうわ。そうなる前にそのピアノと一緒に、いいえこの洋館ごと私の所に運んであげられるわよ。対価として、たまに演奏を聴かせてもらうけど。」


 どうやらさゆりの提案は、彼女にとってとても魅力的だったようだ。

 返事のピアノの音が明るいものだったので、私でも交渉が上手くいったんだと分かった。





 そしてピアノの演奏の主は、洋館丸ごとと一緒に地下へと運ばれた。

 それから私も彼女の演奏を聴きたいと思っていたが、さゆりの家に行くのが嫌で今まで避けていた。



 しかし今は遠慮なく遊びに行けるので、これまで我慢していた分たまに曲のリクエストをして彼女との時間を楽しんでいる。

 彼女も私と一緒にいる時は、とても楽しそうな顔をしていると他の怪談たちに聞いたので嬉しい気持ちでいっぱいだ。


 彼女を収集した事だけに関しては、さゆりを評価しても良いと上から目線に思っている。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る