4.動く二宮金次郎
私達の通っている高校には、珍しい事に二宮金次郎の銅像がある。
しかし生徒に人気なものでは無いので、その存在は忘れ去られている。
そんな影の薄い二宮金次郎を忘れずに、虎視眈々と狙っている人物がいた。
言わずもがな、それはさゆりだった。
「学校にあるあれ、夜に動き出さないかしら。」
「今までそんな噂無いから無理なんじゃないの。それよりも今は、テストに集中しよう。この前、点数が悪すぎて怒られたから今回は頑張らなきゃいけないんだから。他の事に構っている暇ないの。」
興奮気味に私の部屋に来たさゆりは話しかけてくるが、私は教科書を開いてそれを受け流す。
人面犬の時に勉強を全くしなかったせいで、次に悪い点数をとったらお小遣いを減らすと言われたのだ。
それは本当にまずい。
欲しいものは無限かと思うぐらいあるのだ。
お小遣いを減らされたら、何も買えなくなってしまう。
いくらなんでも、さゆりに付き合っている暇はない。
私は彼女みたいに頭が良い方では無いので、ちゃんと勉強をしておかなくては悲惨な結果になってしまう。
だから頑張っているのに、さゆりはきょとんとした顔をしている。
「前々から勉強しておけば、直前に徹夜とかしなくていいんじゃないの?一夜漬けは身につかないわよ。」
「分かっているけど出来ないものなの。とにかくテストが終わってからにして。終わったら何でも付き合うから。」
正論を言われてイラっとするが、私はとにかく机に向かう。
しばらくそうしていれば、諦めたさゆりは頬を膨らませて部屋でくつろぎ始めた。
ようやく静かになった事にほっとして勉強に集中した私は、自分がいかに考えしらずにさゆりに話していたのかを気づいていなかった。
それを思い知ったのは、テストが終わりほっとしていた私の前に、2人分のお泊りセットを持ったさゆりが現れた時だった。
学校の校舎に泊まるなんて、人生の中で経験するとはまさか思ってもみなかった。
静まり返った教室で、私はさゆりと膝を突き合わせて向かい合っていた。
さすがさゆりが準備しただけあって、お泊りセットの中身は充実している。
こんな状況じゃなかったら楽しめていたのに。
私はため息をつきそうだったが、気持ちを切り替えて楽しもうとした。
「夜の学校って雰囲気あるわね。何だか色々と出てきそう。」
「そうだね。私は何も出ない事を願っているけど。」
2人以外に誰もいないので、さゆりはいつもの感じで話しかけてくる。
私もそれにいつもの調子で返す。
他に人がいる時に、こんな風に雑に扱っていたら周りがざわつくので気を遣うのだ。
だから気を遣わなくて済むのは、楽かもしれない。
何も起きる気配が無いので、私達はしばらく他愛の無い話をしていた。
幼馴染という関係だから、話は意外にも尽きない。
昔の事を思い出して、何だか私は懐かしい気持ちになっていた。
さゆりも昔は可愛い時があった。
怪談に興味を持つ前は、良い関係を築けていたと思っていたのだが。
私はそう考えると涙が出そうになる。
今が悪いというわけではないけど、それでも苦労が多すぎて辛くなる時はある。
昔のように戻ってくれるように神様に頼んでみようかと、非科学的な事を私は思ってしまった。
それから数時間が経った。
未だに何かが出てくる気配はなく、さゆりも諦めた雰囲気を醸し出している。
これなら今日は、かなり特殊なお泊まりだったという事で良い思い出として残せるかもしれない。
私がこんな事を考えたのが悪いのだ。
こういうフラグを立てたら、その後何が起こるかなんて火を見るより明らかだった。
突然、外でなにか重いものが落ちる音が聞こえてきた。
それは同じ間隔で何度も繰り返していて、絶対に怪談の類だろうと私は目の前が暗くなる。
「この感じ、絶対にあれだわ。うちの学校のも動くのね。」
「そうみたいだね。行くんでしょう?」
さゆりのテンションがにわかに上がり、いそいそと外に出る用意を始めていた。
私もどうせついていく羽目になるので、言われる前に準備する。
スキップをしながら外へと向かうさゆりのあとを、私は早足でついていく。
外では相変わらず重そうな音が聞こえていて、方向から言うと特別教室がある校舎の方にいる気がする。
グラウンドを走っているイメージがあるから、少し不思議だ。
そんなことを全く気にしていないさゆりは、本当に嬉しそうに音の方向にまっすぐ進んでいる。
そして外に出ると、嬉しさが抑えきれなくなったのかダッシュをし始めた。
「は、はやっ!!」
さすがクラス、いや学年一の瞬足だ。
あっという間に、私とさゆりに大きな距離の差が開く。
私はクラスでも真ん中ぐらいなので、その差はどんどん広がり遂には背中が見えなくなってしまう。
しかし音のする方はもうすぐそこらしく、興奮しているさゆりの声が聞こえた。
「あなた面白い事しているわね。」
彼女が話しかけているものから返事は無い。
それでも気にせず、ぐいぐい話しかけているみたいだ。
「どうして走っていないのかしら。それにそれ、あなたの噂とずいぶん違うわね。」
ようやく追いついた時、私は自分の目を疑う。
そこにはさゆりと、二宮金次郎がいた。
しかし予想していた光景とは、全く違う。
「え、えーっと何で大量の本が置いてあるのかな?」
私は状況を整理しようと、さゆりに話しかけた。
彼女は話しかけるのを止めて、こちらを見てくる。
「彼が勉強するために持ってきたものよ。勤勉な性格だからね。」
確かに二宮金次郎の像は、仕事をしながらも勉強をしている様子をかたどっている。
そうだとしたら今の、大量の本に囲まれて勉強している姿はおかしいことではないのか。
「そうなんだ。さゆりはどうするの?」
それは納得したが、問題は彼をどうするのかだ。
このままにする訳はないだろうけど、彼の勉強意欲を無視するような非道な性格でも無い。
「そうね。ねえ、私の家の蔵書の方がたくさんあるわよ。来てくれればいつでも読み放題。昼も夜も関係なしにね。」
しかし彼女は頭の回転が速い。
何を言えば、自分の都合のいいようにことが運ぶか、すぐに思いついてそれを言った。
結果は、何も言わなかったが口角の上がった像の顔を見れば明らかだった。
しかし二宮金次郎がさゆりの家に来て、私もいい思いをしている。
彼は今まで様々な本を読んできたので、勉強が出来るのだ。
だからテスト前には、彼が先生役で教えてくれるので成績が上がった。
まさかさゆりの家に、勉強をしに行くようになるとは夢にも思わなかったが、結果オーライである。
学校の方はどうしたかというと、さゆりがお金の力を駆使して新たな像を設置していた。
それでも全く問題なかったのだから、なんとも言えない気持ちになる。
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