2.人面犬と
その日のさゆりは、テンションが最高潮だった。
片手に愛用のノートを持っているのを見て、私のテンションは地に落ちる。
これは、新たな怪談の情報を見つけた証拠だ。
私の気苦労が増えるというのに変わりないので、出来ればその中身が消えてなくならないかと願う。
しかしそんな都合の良い事が起きるわけもなく、さゆりの話を聞く羽目になる。
「それで、今度は何を見つけてきたの?」
昼休み中だが教室なので、私は声を潜めて聞く。
そうするとさゆりは、目をキラキラと輝かせて1枚に写真を差し出してきた。
「これ、凄いでしょう?」
私は写真をマジマジと見る。
そして彼女に言った。
「何これ。コラ写真?」
写っていたのは犬だった。
動いているところを撮ったのか、少しぼやけていたが肝心なところははっきりと分かる。
その犬は顔が人間という、とても気持ち悪い見た目をしていた。
あまりの気持ち悪さに私は顔をしかめて、彼女に写真を返す。
それを受け取ると、頬をふくらませてさゆりは抗議をしてきた。
「そんなわけないでしょ。これは私の部下が撮った、れっきとした本物なんだから。いくら理名だからって怒るわよ。」
せっかく顔は可愛いのだから、こういった趣味をやめればいいのに。
怒られながら、私は別の事を考えていた。
違うことに興味を持てば、私が嫌々付き合わなくて済む。
そうすれば、平和に日々を送れる。
それは、なんと素晴らしいだろうか。
しかし今のさゆりに、望めそうも無い。
私は気づかれないように、ため息を押し殺した。
「私の話、聞いているのかしら?」
少し、ぼんやりとしすぎてしまったみたいだ。
私を見つめるさゆりの顔が、険しくなっていた。
慌てて私は、彼女に向かって笑う。
「聞いてたよ。その人面犬をコレクションに加えたいんでしょ?」
話は聞き流していたので、当てずっぽうで言えば合っていたみたいだ。
さゆりは満足そうに頷き、私の机に何かを置いた。
「そうなの。番犬になってもらいたいから、一緒に勉強しましょう。」
それは『誰でも出来る犬のしつけ』と書かれた本だった。
私は期待の眼差しを向けてくるさゆりの視線から逃れるために、顔を背けて小さく息を吐いた。
今回も、面倒くさいことになりそうな予感がする。
それから数日、学校の勉強そっちのけで私達は犬のしつけを学んだ。
時にはさゆりが、その道のエキスパートをお金の力で呼んで講義をしてもらった。
そのおかげで今の私達は、どんなダメ犬でもいい子に出来る自信が持てるぐらいになっていた。
他にも色々な準備を終えると、さっそく人面犬が目撃された場所へと夜に行く事に決める。
そこは特に何の変哲もない、昼だったら人が憩いの場にしていそうな公園だった。
今は夜なので、何人かの人がいるが関わりたくないタイプが多い。
ここは人面犬よりも、人間の方が危なそうだ。
まあそれでも武道にも長けているさゆりがいれば、心配はないけど。
「人面犬って、どういう風に出てくるのかな?」
「分からないわ。この怪談って、向こうから来るわけじゃないから。」
公園で待っていて、随分な時間が経った。
さすがにくたびれてきたので、私は暇つぶしにとさゆりに話しかける。
さゆりはというと、はしたなく大口を開けてあくびをしていた。
そして涙ぐんだ目を向けて、締りのない顔を向けてくる。
「それなら待っていて意味あるの?」
「さあ。でも何回か待ってれば、そのうち会えるでしょう。」
人を巻き込んでおいて何と無責任な話だろうか。
私は眠気を感じながら、公園をくまなく見渡す。
怪しそうな犬の姿は無い。
これでは収穫を得られないまま、今日は終わってしまいそうだ。
そういえば明日は、定期テストが始まるのではないか。
そんな最悪の事を思い出して、私は全く勉強をしていないのに絶望した。
今から家に帰り、少しでもいいから勉強をしておきたい。
そう思ってさゆりに提案をしようとしたのだが、彼女が小さく驚きの声をあげたので言葉を飲みこんだ。
「あ、あれじゃないかしら。」
「え、どこどこ?」
指した先には、確かに何だか茶色の物体がうごめいているのが見えた。
私はあまり視力が良くないので、目を凝らしてもそれが人面犬か分からなかった。
その茶色は、小型犬ぐらいの大きさだ。
丸っこい体を精一杯に動かして、地面に落ちている何かを食べているのだろう。
そしてそれは、さゆりがあらかじめ置いていた餌だった。
「ここからじゃ、顔がどうかよく分からないわね。行きましょうか。」
「えっと、えっと。本当に?逃げちゃうかもよ?」
物陰に隠れていた私達は、少しつまづきながら犬に近づいた。
静かにを意識しているおかげか、餌に夢中になっているのか、どうやら気づいていないようだ。
それをいい事にすぐ後ろまで近づくと、さゆりは隠し持っていた網を一気にかぶせた。
「うわっ?」
捕まえられた犬は、男の子の高い声で叫んだ。
その瞬間、ただの犬じゃないということは確定する。
私達は大きな声を出させないように、素早くおさえてあらかじめ調べておいた小屋へと入った。
「な、何するんだよ!危ないだろう!」
小屋の中で網から地面に落とすと、頭を打った犬は怒ってきた。
ようやくその顔が分かる。
「えっと、人面犬?なんですかね。」
「うーん、微妙な所ね。」
確かに、その犬の顔は普通とは違った。
言われてみれば、人間に近いのかもしれない。
ただ、なんかしっくりと来ない。
人間というよりも、テレビとかで取り上げられそうな人間に見える犬みたいな。
なんだか惜しいのだ。
人間の言葉は話せるのだが、ただそれだけの事である。
それが顔に出てしまったのか、犬が大きな声で騒ぎ始める。
「そんな顔で僕を見るな!言いたい事は分かるんだよ!」
きゃんきゃんとうるさくて、私達は耳を塞いだ。
思っていたよりも怖くなく、むしろ怪談というよりマスコットキャラみたいな。
私はその犬に、愛着が湧いてきた。
「ねえねえ、さゆり。」
「何かしら?」
さゆりの顔は興味を失っていて、家に帰りたさそうにしている。
私はそんな彼女を上目遣いに見た。
たまにお願いをする時に使う、懇願のポーズだった。
効果はお墨付きで、さゆりの顔が変な風に歪む。
「そ、そんな顔してどうしたの?」
「さゆり言ってたよね。番犬が欲しいって。この子可愛いと思わない?私、この子がいるならさゆりの家の地下に遊びに行ってもいいかも。」
このまま犬を逃がしたら、その内餓死でもしてしまいそうだ。
それは私の良心が許さない。
多少うるさい所もあるが、今まで勉強してきたしつけをすれば何とかなるだろう。
だから私は久々に恥をしのんで、さゆりにお願いをした。
上手くいったのか、しばらく考え込んでいた彼女はゆっくりと頷く。
そして、用意しておいた首輪を犬につけた。
「うわ!?何だよ!外せよ!」
首輪を付けられたことが分かったのか、犬は怒ってさらにうるさくなる。
私は耳を塞ぎつつ、さゆりの方を見た。
その顔を見て私は悟る。
これから起こる事は、火を見るより明らかだった。
「黙りなさい。」
「きゃんっ!」
あまり言えることではなかったが、それから数分の間犬はさゆりによって躾られる。
その一部始終を見ていた私は、彼女が幼馴染で本当によかったと思った。
それから犬は、『たろう』と名付けられ立派にさゆりの家の番犬を務めているらしい。
未だに彼女の家に行っていないから分からないが、写真は見せてもらった。
最初の時とは違い、凛々しい顔をしているたろうは幸せなんだろう。
その雰囲気が物語っていた。
それよりも大変なのは、後先考えずに地下に遊びに行くと言ってしまい期待の目を向けられている事だ。
恐らく、否が応でも行く時が来る。
その時のことを考えると、今から憂鬱だった。
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