怪談高校生
瀬川
1.変わった幼なじみ
私の幼馴染のさゆりは、少しおかしい。
普段学校生活を送っている時は、品行方正、文武両道、才色兼備のフィクションの登場人物みたいに完璧だ。
しかし夜になると、無理やり私を外に呼び出して街の散策に付き合わせる。
彼女の目的はただ一つ。
それは怪談の幽霊を、文字通り収集する事。
世間一般には存在するかどうかも確かでないとされているが、噂されている怪談は実際に存在している。
そういった古今東西ありとあらゆる化け物を、彼女の広い屋敷の地下にコレクションするのが至上の喜びらしい。
私はその気持ちが全然理解出来ないが、それぞれの親に世話を頼まれて仕方なく手伝っている。
私にもさゆりにも、幽霊とかをどうにかする能力はない。
ただしさゆりの持つお金という力が、捕獲をするための道具を作ったりして役に立っている。
たまに危ない時はあるが、さゆりの運で結局何とかなってしまう。
それにいつも振り回されている私にとっては、たまったものじゃない話である。
「ほら行きましょう。理名。」
「本当に行くの?」
今日も私は、嫌々さゆりに引きずられていた。
いつもより足取りが軽いから、これは確実な情報を手に入れたというわけか。
これから起こりうる未来に、私は何とか気絶できないかと思うが、風邪を引いたことがないぐらい健康なのでそれは無理だった。
「当たり前でしょう。今日は、口裂け女を捕まえるわよ。」
「いやいや無理無理。凶暴すぎるでしょう。さゆり1人で行ってきなよ。」
そのまま大人しく引きずられていた私は、今日のターゲットを聞いて少し暴れる。
よく話に聞く口裂け女は、恐ろしい性格だ。
口元を完全に隠すほどのマスクをした女が、学校帰りの子に「私、綺麗?」と聞いてくる。その子が「綺麗」と答えると、「これでも?」と言いながらマスクを外す。その口は耳元まで大きく裂けているというのがざっくりとした内容。
「綺麗じゃない」と答えると、口を同じように裂かれるとも聞く。
地域によって容姿も、その対処法も様々で確かな情報は無い。
そんな化け物をどうにかしろなんて、私には絶対無理だ。
それなのに結局私は、さゆりに連れられ口裂け女が出没するという噂の多い場所に来ていた。
確かに何かが出そうな薄暗い路地。
幽霊じゃなくて、不審者が出てくる可能性もある。
私はさゆりの服の裾を掴み、話しかけた。
「何か危なくない?帰ろうよ。今日、さゆりのボディガードの人休みなんでしょ。また今度にしよう?」
「大丈夫よ。色々持ってきたから。それに私の直感が、今日来るって告げているの。」
何とか帰ろうと交渉しようとしたが、私には土台無理な話だった。
仕方なく彼女にぴったりとくっついて、口裂け女が絶対に出ないで欲しいと願う。
しかしそんな甘い話があるわけもなく。
「お出ましのようね。」
「嘘……。」
彼女の楽しげな声と共に、私は寒気を感じた。
今までに何度も経験した事のある、このじめっと不快な嫌な空気は本物が来たという証拠だ。
それは、ゆっくりと私達の方に近づいていた。
たぶん標的として定められたのだ。
ひた、ひたひた、ひた
恐怖を感じさせるためか、不規則な歩き方で近づいてくる気配。
私は振り向きたかったが、さゆりがそれを許さずにすぐ後ろに何かが立つまで顔を固定されていた。
後ろの気配は焦らすかのように、しばらく何も言わなかった。
しかし私たちが動かないと分かると、静かな声で話しかけてくる。
「ねえ。」
それは特にこれといった変な感じの無い、平凡な声だった。
何も知らなければ、警戒することなく振り向いただろう。
しかし私達は分かっている。
だからこそ私はさゆりより先に振り向かなかったし、彼女は用意しておいた物を取り出していた。
「ねえ、そこのあなた達。」
いつまで経っても振り向かない私達に、聞こえていないのかと思ったのか、また話しかけてくる。
そしてそれを合図にして、さゆりは振り向いた。
お手製の水風船を、勢いよく投げつけながら。
軽い音を立てて、女の顔に命中すると水風船ははじけた。
その中身は、べっこう飴をポマードで煮たものだ。
口裂け女の対抗策として有名なものを詰め込んだ幼稚なものだが、意外にも効果はあった。
「ぎ、ぎゃああああああ!」
大きなマスクをつけた女は、顔をおさえて地面を転がる。
その姿は、まるでコメディのようでこんな状況だが笑ってしまいそうになった。
さゆりはというと、女の近くにしゃがみこんで観察を始めている。
「マスクは特注なのかしら?それとも売ってるの?ちょっと外してみるわね。」
そう言って、女の許可を得ずにマスクを外した。
マスクの下はやはり裂けている。
思っていたよりもグロテスクな見た目に、私は顔を背けた。
「んふふ。いいわね、想像以上。あなたも私のコレクションに加えてあげるわ。」
しかしさゆりのお眼鏡にはかなったようで、いつものように家に電話をすると、追い打ちの水風船を女の口に入れる。
女の断末魔の叫びを聞きながら、今回は早く終わって良かったとほっとしていた。
次の日、学校に向かう道をさゆりと歩いていた。
彼女の機嫌はとてもよく、人目が無かったらスキップでもしそうなぐらいだ。
私はその様子を見ながら問いかける。
「それで?口裂け女さんの様子はどうなの?」
「最初は暴れてたけど、説明したら大人しくなってくれたわ。今は他の子達と仲良くやってるんじゃないかしら?」
大体そうだ。
今までも皆、説明をしたら大人しくなる。
どんな事を言っているかは知らないが、脱走もストライキも無いらしいから破格の条件なのだろう。
さゆりはたまに、地下に遊びに来ればいいと言ってくるけど怖くて遠慮している。
「いっぱい、コレクションが増えてきて嬉しいわ。これからも、もっともっと増やさなきゃね。ねえ、理名?」
私に微笑みかけた彼女は、そう言って速足で先へと歩いて行った。
その背中を見つめながら、私はため息をつく。
これからも彼女に振り回される事は、決められた未来のようだ。
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