24話 王の器

 あれから2カ月。


「ついにこの日がやって来たね……。」


「ああ。」




 心地よい風が俺達を祝福している。さぁ、お披露目だ。


「それでは、新郎新婦の入場です。」


 仲人を務めてくれたジャンの朗らかな声が聞こえる。


 俺達は大好きなこの街の人達やユイのために集まってくれた来訪者達に見守られながら歩を進めていく。


 入場が終わると、テーマソング斉唱となる。これもGM神への祈りをささげる大切な儀式だ。


 神父さんに俺たちのための愛の教えを朗読して頂いた後、宣誓を行う。


「我が名はマルス。マルス・シンセリティ。マルス・シンセリティはユイ・ユイノと婚姻を結び、以後彼女を愛し、敬い、幸福で満たすことを誓う。ジーエム神に誓って。」


「我が名はユイ。ユイ・ユイノ。ユイ・ユイノはユイ・シンセリティとして、マルス・シンセリティと婚姻を結び、以後彼を愛し、敬い、幸福で満たすことを誓う。ジーエム神に誓って。」


 そして指輪交換を行う。鍛冶屋のおやっさんに『給料の3か月分』で作ってもらったこの世界では最高峰の質の指輪を、ユイの指にはめる。


 そして、ユイからは、最強の来訪者キリヒトの手によって作られたという来訪者によるものでは最高の出来の指輪をはめてもらう。お互いの最高峰を交換する、という交流の一環でもある。


 そして、誓いのキスと魔力交換を行う。


 ユイの柔らかい唇の感触をいつまでも味わっていたかったが、終わりだ。


 一度退場し、お色直しをしたら、食事会が始まる。




 俺達は来賓の各テーブルを回ることになる。


 俺の家族のテーブルでは、見慣れた家族が祝福の言葉をかけてくれる。


 その後、ユイのテーブルを回る。


「ゲーム内とは思えないちゃんとした式だった……あ、すまん、ゲームって言っちゃいけないんだったな。すまんすまん。」


「もう、お父さんったら。」


ゲームってなんだろう。ユイと出会ってからずっと抱いている疑問ではある。まぁいいや。


「でも感慨深いわね。よかったね、由衣を受け入れてくれる人がいて。」




 ユイの親御さんとこの暖かい空気にずっと満たされていたいが、奥のテーブルが「早くこっちにもおいでよ」といいだけに目配せしている。来訪者達のテーブルだ。


 お礼をして、奥のテーブルに向かう。


「心からおめでとうですのー!」


「こら、愛奈、抱き着かない!でもほんとありがとう!」


「いやー、ユイが幸せそうで何より。」


「ケイタの協力あってこそだよ!」


「ユイちゃん、途中泣きかけてたやんな。ウチは見逃さへんで。」


「泣いてないから!ってかユウこそ泣いてない?」


「いいものを見れたなぁ。このパーティーに入ってよかった。」


「Puma君もそう言ってくれてありがとね。付き合わせちゃって悪いかなとか思ってたんだけど。」


パーティーメンバーと盛り上がっているユイちゃんを眺めていると、黒づくめの男がやって来た。


「初めまして、キリヒトです。ちょっといいかな?」


「ぜひぜひ。指輪の件はありがとうございました。」


「いえいえ。このために細工スキルを上げた甲斐があったよ。自分で言うのもなんだけど付与効果もいいものだから、ぜひずっとつけていて欲しい。」


「勿論です。」


「よかったよ。君は命を狙われる可能性があるからね、保険はかけておきたい。」


「ちょ、キリヒト、祝いの場で何てこと言うてるんや。」


「いいの、ユウ。キリヒトさん、続けて。」


「言っちゃぁなんだけど、俺達プレイヤーは強い。この世界はそういう風にできている。だから、この世界の覇権は、プレイヤーを味方につけた国がとるだろう。基本的にプレイヤーは特定の国に肩入れしない。でも、マルスさんはユイさんというプレイヤーの味方を得た。君こそが、世界の命運を握るキーパーソンなんだよ。」




 俺が、世界の命運を握る……?




「君は、いずれこの世界の王となり得る。僕は、そう思っている。」




 王となる……?俺が?




「君はガチャ産の武器を装備してから、昇進することもあっただろう。これからもプレイヤーの力を借りていけば、シンセリティ家とこの街は潤い続ける。他の街を、いや国を圧倒するほどに。そして、この街を想うなら、プレイヤーの力は積極的に借りるべきだ。」




「そこまで、なのか。」


「ああ。だから、君は命を狙われることになる。そこで、俺に守らせてくれ。いざとなったらいつでも呼んでくれ。このアイテムを使えば俺を呼び出せるはずだ。俺がオンライン……つまり、この世界に居ればな。」


「あ、はい。えっと、ありがとうございます。」


戸惑い気味の俺と違い、ユイちゃんは感動していた。


「キリヒトさん、ありがとうございます。私ではマルスを守り切れるか心配だったんです。」


「いえいえ。俺はこの世界が好きだ。この生き生きした世界でずっと遊んでいたい。そのために協力するだけだ。」


「ありがとうございます。」




 そしてキリヒトさんは颯爽と帰っていった。




 その後、この街の仲間と和やかに談笑した。しかし、頭の中では、キリヒトさんに言われた、「君は、いずれこの世界の王となり得る。」という言葉がリフレインしていた。




 俺は大層な地位なんて要らない。ただ、ユイと、この街の皆を守りたいだけなんだ。


 でも、もし今まで取りこぼしていた貧困層の命を、少数派の不満を、じっちゃんばっちゃんたちの余命を、プレイヤーの力を借りることでより効率よく救うことができるなら。


 それが、動乱を巻き起こすとしても、俺は、その力を借りたい。




 だから、結婚式が終わった後も、ユイと真っ先に話したのはこの話だった。




「私も、本当に沢山のプレイヤーたちがマルスに協力すれば、マルスがすべてを救えるだけの存在になれると思う。ただ、忘れないで欲しいのは、私やキリヒトさんみたいに、この世界に来てまで街や国の『働いて』くれる人は殆どいない、ということ。」


「確かに、いわゆる労働者の募集に来訪者来ないね。前から気になってたけど、なんで来訪者さんたちは職人や冒険者になる人がほとんどなんだろう?」


「ああ、それはね、好きな時に気ままにやれる仕事が職人や冒険者だからだよ。時間の都合が合うときにだけ、この世界に来ているから……。」


「でも、彼らにだって生活があるだろう?生きるためにはお金を稼がないと。」


「実はプレイヤーはこっちで食事をしなくても生きていけるの。住むところもいらない。必要なのは、故郷の、向こうの世界の方での衣食住なの。だから、向こうの世界で働く必要はあるけど、こっちで働く必要はないの。」


「そうなのか……。そっか、だからユイもずっとこっちにはいられないんだもんね。じゃあ、なんで職人や冒険者になるんだ?こっちでは自由気ままに遊んでいられるんだろう?」


すると、ちょっと申し訳なさそうな顔をして、ユイちゃんは言う。


「うん。だから、遊んでいるんだよ。職人や冒険者の仕事で。」


「遊んで……いる?」


「うん。そもそも、プレイヤーがこの世界に来るのは、『遊び』なんだよ。だから、『働く』プレイヤーは、ほぼいないんだ。」


「そっか……。以前から他の来訪者さんの冒険者の態度が遊び半分に見えたことはあったけど、本当に全部遊びなんだ。じゃあ、働いてもらうのは厳しいね。」


「うん。でも、方法はある。私たちがめちゃめちゃ稼いで、アイテムで釣れば、私たちのために働いてくれる可能性はなくはない。後は、私みたいに、この街の人に入れ込む人を増やせればいけるかもしれない。」


「そっか。可能性はあるんだな。」


「うん。」


「でも、俺が頼ろうとしているのは、『遊び』の力なのか。」


「そうだよ。隠していて、ごめん。」


「ふふ、大丈夫さ。俺のことを気遣って言わなかったんだろう?」


「うん。」


「大丈夫。正直少しショックだけど……ユイは誠実にこの世界で生きてくれている。それだけで俺は十分さ。」


「ありがとう。」


「それに、どんなモチベーションだったとしても、来訪者が協力してくれるなら、俺はその力を借りたい。」


「そっか。じゃあまずは、この街を、『面白い』と思ってもらうのが先決かな。」


「そうだな。観光に力を入れるか。」


「うん。後、ケイタが実況者として成功してきてるみたいだから、ケイタの力も借りたいよね。」


 「ああ。」




 この街のために、何ができるのか。


 ずっと追い求めていたい。


 それはもう、俺の捨てられない欲求。




 でも、それがユイの幸せと直結するかは別問題だ。




「ユイ。すまんな。」


「何が?」


「ついついこの街の事ばかり考えちゃって。俺が第一に考えるべきは、ユイがくれる幸せの分をどれだけユイに返せるかなのに。自分のやりたい事ばかり突っ走って。」


「いいの。そんなマルスを好きになったんだから。いや、変わりたかったら変わってもいいけどね。どんなマルスだって、もう愛さずにはいられないから。」


「ありがとな。ユイがいるから、いつも笑っていられるんだ。」


「どういたしまして。」






 ユイと別れて、今日は疲れたから寝ることにする。


 キリヒトさんの言うことが正しければ、これからが激動の時代になる。恐怖はある。


 でも、目を閉じれば、ユイの笑顔が浮かんでくる。


 だから、もう、寝るのが怖くない。

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俺はマルス。NPC。プレイヤーの彼女ができました。 たまご @soranon

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