第3話 「俺の夢、新しい夢は」
よく悪夢を見る。中学や高校、大学の頃の同級生と俺は楽しく遊んでいる。カラオケでゲラゲラ笑ったり、家に招いてひたすらゲームしたり。夢の中の俺は本当に楽しそうだ。同級生たちも俺を仲間と認めてくれている。
俺とあいつらは喋ったことすらなかったのに。
夢から覚めた時、俺はあいつらと友達になりたかったんだということを思い出して、なれるはずがなかった自分を思い出して、本当に虚しくなる。
だから……悪夢。
「今日一日しか、ここにいられない……?」
「そうじゃ」
ぐしぐしと目を巫女服の袖で拭い、モフモフさんが声を震わせる。
「わらわの魂は、今日の日暮れまでに現世から消える。そうしたら、もう現世に現れることはない」
「そんな……どうすれば……なにか手段はないのかよ」
「そんなのわらわが聞きたいくらいじゃっ!」
ぽろぽろと涙はこぼれ続ける。俺にはそれを止めることができない。
「わらわは……恩を返したかったんじゃ。夢をもう一度追うきっかけになってやりたかったのに……わらわはなにもできずに消えるのじゃ……無意味だったのじゃ……」
無意味。
無意味だって?
違うよ。
俺は……、
俺は根暗な性格で、友達も暗い奴ばかりだった。本当はもっと明るい同級生たちの輪に交ざってみたかったのに。少ない友達とは就職してからはろくに連絡をとっていない。寂しかった。このまま労働に縛られ続けてなんとなく生きて死んでいく。その頃には誰の記憶からも消えているかもなあとか思っていた。
だけど一匹のキツネが俺のことを覚えていた。
俺は今までそいつのことを忘れていたのに、そいつは健気にずっと覚えてくれていた。恩を返さないといけないのは俺の方だ。そうだ、忘れていた。夢を抱いた自分がいた。なれるんだって馬鹿みたいに信じていた馬鹿がいた。いたなあ。
いたんだよ。
「モフモフさん」
「うぅっ……ぐじゅ……」
「俺さ、今朝は、悪夢を見なかったんだ」
「ひぐっ…………え……?」
プラネタリウムで見た星空。
俺は六等星だ。暗くて見えない六等星だ。
でも見ていてくれた。思い出させてくれた。
「たった今、新しい夢が生まれたんだけど」
ハンカチを出して手を伸ばし、モフモフさんの涙を拭く。
「新しい夢じゃと……?」
「叶えてほしいんだ。今日中に」
俺は椅子から立ち上がると、精一杯の笑みを浮かべた。
「俺の夢、新しい夢は、モフモフさんの夢を叶えることだ」
☆☆☆☆
「よ、よいのかの? 本当に、好きなだけ買うぞ?」
「いいんだよ。お金だけはある。だいたい、そんな高くないからな」
モフモフさんは、むむ……と迷いつつ、じゅる……と涎を出しつつ、売り場をじっと見る。
意を決した様子で、そこに置かれた油揚げをいくつも手に取り、カゴに入れた。
俺たちは自宅近くのスーパーに来ていた。中途半端な時間だからか、客足は少ない。店内の空調はどっちつかずな春の気温に対応しきれていないようで、少し寒かった。
「それにしても、おぬし、本当によいのか? わらわの夢を叶えることが、本当におぬしの夢なのか?」
「ホントだって言ってんじゃん。俺、感謝してるんだよ。あ、チーズも買お」
「その……なぜおぬしは、わらわの夢を叶えようとしてくれるのじゃ。なぜそんな夢ができたのじゃ……?」
チーズの箱を買い物カゴに入れながら、「ただの恩返しだよ。よし次は牛乳だ」と歩を進める。
「恩返し……わらわはなにもしておらぬが……」
「俺を覚えててくれたじゃん。それだけ」
俺はちょろい奴なんだ、と笑うと、モフモフさんはよくわかっていなさそうな顔をしている。
詳しく説明しようと思えばできた。
けれど、なんとなく、今はしなかった。
モフモフさんの夢を尋ねたところ、戸惑いののち「みっつある」と答えが返ってきた。そのひとつは、油揚げを食べること。なんでも、神様が美味しそうに食べているのを見て気になっていたらしい。
いろいろと買ってスーパーを出る。三分歩けば自宅着。油揚げおやつタイムだ。
久しぶりに台所に立ち、タブレットで料理サイトを表示させる。
「たららった ったったった
たららった ったったった」
「いきなりなんじゃ!?」
「まずボールにネギ、白ごま、チーズを入れて混ぜまーす」
次にフライパンに油揚げを二枚並べ、醤油を塗ります。ボールで混ぜた具を乗せて、中火で焼きます。五分経ったらフタをして、弱火で二分蒸し焼きをしたら完成!
「油揚げの和風ピザでーーす」
「お……おぉ……?」
「ちょい焦げたけど、たぶんおいしいんじゃないか。んじゃ他にも作るから食べてて」
油揚げの巾着煮。油揚げとちくわの白菜ロール。豆腐と油揚げの中華風炒め。とりあえず手当たり次第に作ってみる。モフモフさんには味見をしてもらうだけでもいい。いろいろ食べてもらいたかった。
テーブルにたくさん並んだ皿の上の料理を、モフモフさんは片っ端からもぐもぐしている。
「こんなところか。どうモフモフさん。おいしい?」
「んふふふ……」
「モフモフさん?」
「そのじゃな、おぬしよ」
モフモフさんは、可笑しそうに笑った。
「思ったより、おいしくないのう、これ」
「料理下手で悪かったな!」
「というか油揚げ自体そんなでもないのう」
「狐の神様って全員油揚げ好きなのかと思ってた……」
「んはは、じゃが礼を言うぞ。ありがとう、アユム。包丁で指を切ってまで作ってくれて」
「慣れてないんだよ料理……」
「新婚の乙女のようで、いじらしいのぉ~」
「うるさいな!」
んにゃはは、と声を立てて笑うモフモフさん。
俺は俺で笑いがうつり、くくくと声を漏らしてしまう。
よかった。
やっと笑ってくれたな。
☆☆☆☆
しすいランドは電車で十五分揺られて徒歩で十二分の場所にある遊園地だ。名物の観覧車や、日本で三番目だとかいうジェットコースター(なにが三番目だったかは忘れた)や、必要以上に回るティーカップが近隣住民には有名で、楽しいらしい。
俺は来るのは初めてだった。
当然、モフモフさんも。
「ふおおーー!! ここが遊園地!!」
「あんま走るなよー」
モフモフさんの夢、その二。遊園地で遊ぶ。特にジェットコースターに乗ってみたいらしく、電車で移動中の時からワクワクしっぱなしの様子だった。
入場してすぐ走り出すモフモフさん。後姿だけでるんるん気分が伝わってくる気がする。
「遊園地も、たぶん中学生以来か……」
今日は朝からプラネタリウムに行ったり、午後は遊園地に来たり、大忙しだな。
「おーい! おぬしー! なんかすごいのがあるから乗ってみたいのじゃー!」
「うわ、もうあんな遠くに……。なんかすごいのってなんだー!」
他の客をよけながら小走りに向かう。モフモフさんは満面の笑顔で大きなアトラクションを指さしている。巨大な海賊船がブランコみたいに揺れる、あれだった。正式名称はなんだっけ……思い出せない……。
ふと思い立って、スマホカメラを起動する。
一枚撮った。
写真のタイトルは〝モフモフさんとなんかすごいの〟だ。
「早く乗らないと末代まで呪うのじゃ」
「おっ調子取り戻してきたな? ……あー、列できてるけど平日だからこれでも短い方なのかな。じゃあこれ乗ろう」
「楽しみじゃー」
身長制限のことが気になったので一旦測りに行く。119cmだから大丈夫そうだ。低いな身長……俺と50cm差か……。
列に並んでいると、女子高生たちの会話が聞こえてきた。元気にうるさくけらけら笑っている。
「のう、おぬしよ」
「なにモフモフさん」
「聞いたか? あの
「ふうん。よくありそうな迷信だな」
「おぬしも宇宙飛行士になりたいと願ったらどうじゃ? ん?」
「それはもういいって……。あ、次じゃないか?」
からかってくるモフモフさんと一緒に〝なんかすごいの〟に乗る。
それから数十秒間の、モフモフさんのリアクションは、こうだ。
「ひょおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ひゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「ひいいいいいいいいやあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
降りる。
モフモフさんは震えながら、そして俺はそんな彼女が面白すぎて笑いながら、感想を述べあう。
「こ……このよのおわりかとおもうた…………」
「あははははっ、ははっゲホ、ゲッホ! オエ! 笑い過ぎて咳出る」
「なんじゃあの……あの……ないぞうがヒュッとうかぶような……おぬしだいじょうぶだったかの……?」
「モフモフさん知ってる? ヒュッてなるじゃん? あれに弱い人はたまに魂が飛んでってそのまま昏睡状態に陥るんだって」
「ひいいっ!? おぬし、そんなものにわらわを乗せたのかの!?」
「あッ!」
「えっ!?」
「モフモフさんそれ、モフモフさんの体から、た、魂が……抜け……」
「えええええ!?」
「っていう嘘でしたー」
俺は涙目のモフモフさんに正座させられて十分間説教された。その間、周りの注目をものすごく浴びてつらかった。陰から写真も撮られた。SNSにアップするなよ絶対するなよ怒るぞ心霊写真にするぞ。
☆☆☆☆
ジェットコースターに乗った。ティーカップに乗った。お化け屋敷に入った。メリーゴーラウンドに乗る様子を撮った。写真がたくさん溜まっていく。ゴーカートに乗った。フライングカーペットに乗った。なんならもう一度ジェットコースターに乗って、疲れて、でもモフモフさんは笑った。
「末代まで祝うのじゃー」
「祝うのかよ」
俺も笑って、次はあれじゃーとはしゃぎだす彼女を追いかける。
☆☆☆☆
遊び倒して午後五時半。空は暗いねずみ色に変わり始めていた。
俺とモフモフさんはチュロスを買い、久々に食べるとうまいなとか、初めて食べるのじゃーとか話していたが、子連れの母親客が「そろそろ帰るよー」と言っているのを聞いて、なんとなく黙った。
長めの沈黙が下りる。
時間が迫っている。モフモフさんは日暮れまでに消えると言った。太陽が西に沈む頃、いなくなるということだ。
次で最後のアトラクションになるね。
そう言いだす勇気がなかなか出ない。
「もぐ。この、ちゅろすなるものは油揚げよりもうまいのう」
「はは……」
ツッコミを入れる元気も出なくて、つい気の抜けた笑いを返してしまう。モフモフさんはチュロスをもぐもぐとしながら俺をじっと見つめた。小さな喉をこくんとひくつかせて最後の一口を飲み込むと、にこりと笑顔になる。
「そろそろじゃ。次で最後のあとらくしょんにしよう」
「モフモフさん……」
「辛気臭い顔をするでない。それにまだ終わっておらぬ。おぬしが自ら言うたことを忘れたのかの?」
「忘れてないよ。俺はモフモフさんの夢を叶えたい。そういえば、まだあとひとつ、夢を聞いてなかったな」
「油揚げは三番目の夢。遊園地は二番目の夢じゃ」
「じゃあ、一番は?」
ふふんと意味ありげに声をこぼし、モフモフさんは向こうを見る。つられて俺も視線を向けた。
「遊園地の締めは、あれに乗ろうかのう」
そこにそびえ立っているのは、この遊園地の名物、大観覧車だった。
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