第2話 忖度(1話完結)

 サナとミナは小学四年生。ディズニーキャラクター、乃木坂46が好きなどこにでもいる普通の十歳だ。もし違うところがあるとすれば二人とも怖い話が好きだということだろう。


 テレビを見たり本を読んだりするのに飽き足らず、霊能力のある人に直接話を聞きに行ったりしている。


 この街に怖い話をしてくれる人が二人いる。一人は杉本さん。大学三年生の男の人だ。オカルト研究会に入っているらしい。沢山怖い話をしてくれるのだが、一つマイナスは話を思いっきり盛ることだ。明らかに嘘だろうという話が多い。その証拠に同じ話を二回聞くと内容が若干変わるのだ。そうなると素直なサナとミナは非常に冷めてしまうのだった。


 もう一人の森田さんは違う。こちらは四十六歳のおじさんで、王将書店という古本屋をしている。森田さんはとても正直者で嘘をつかない。そんな性格で本当にあった怖い話をしてくれるのでとてもリアリティがあるのだ。そこにサナとミナは惹かれているのだ。テレビを付けたら毎日のように大人が嘘をついたという報道がされている。そんな嫌な現実を森田さんの話は打ち消してくれるように二人には思えるのだ。


 今日は昼休みに二人で約束をした。二人とも小学校から家に帰るなりランドセルを置いて、すぐに三角公園に向かった。そこで集合して自転車で王将書店に向かった。王将書店は駅前の商店街の一番はしにあり、広さは小学校の教室ぐらいの小さな店だ。中を覗くと森田さんはハタキを持って掃除をしているところだった。


 二人は恐る恐る森田さんに「新しい怖い話を聞かせて欲しい」とお願いした。森田さんは「少しだけなら良いよ」と快く了承してくれた。


 カウンター横の空いたスペースに丸椅子を三つ持ってきてくれたのでサナとミナは礼を言って腰掛けた。その前の椅子に森田さんは座ってゆっくりと話し出した。


「これは先日僕が本当に経験した話だよ。本当に起こった話だから、あれ変だなと思うところもあるかもしれないけどそれは良いかな」と森田さんは話し始める。淡々と話すそのペースが逆に怖い。

 サナもミナもそれは望むところである。二人とも呼吸を合わせたかのように、同時にコクリと頷いた。


「わかった。じゃあ話すね。夜中に隣町のラーメン屋に一人で車を走らせたんだ。そうあの赤いとんこつラーメンね。163号線を走ると近いけどあそこは夜は暴走族がたむろしてるからさ。暗くて走り辛いけど清竹峠を通って行くことにしたんだ。知ってるだろ。クネクネと曲がるあの坂道を登っていたのさ。夜中にあんな道を通るものはほとんどいない。」


 清竹峠は町外れにある道で当然サナとミナも知っているし行ったこともある。そんな場所だとリアリティも作り物の話と全く違う。「ゴクリ」どちらかが生唾を飲み込んだ。


「するとだいぶ前のほうで真っ白いワンピースで長い髪の女がうつむき加減で立っているんだ。車のヘッドライト以外に明かりなどなく、もう真っ暗な山道だよ。そこに立っているんだ。車がもう二十メートルくらいまで近付いた時かな。スーっとその女が右手を上げたんだ。タクシーを停めるようにね。僕は気持ち悪いから無視して通り過ぎようとしたんだ。もちろん僕の霊能力は反応していて「相手をするな」という合図を感じたよ」


 あぁやっぱりさすがだとミナは思った。サナも自分だったら絶対イヤだと肩に力が入った。


「相手をせず通り過ぎたんだ。少しスピードを上げて。五十メートルくらい走ったかな。するとなぜだろうか実際の音ではない声が耳に響いたんだ。「無視するな」と。若い女の声でね」

森田さんの声は初めよりトーンが低くなっている。妙に響く。


「パッと気配を感じてちょっとブレーキ踏んでバックミラーを見ると、その女が髪を振り乱して車向かって走って来てるんだ。ブレーキランプだけだからはっきり見えないんだけど、なぜか女の目だけ異様に光っていたよ。そして一気に車を追い抜いて、車の前に立ちはだかったんだ。物凄い形相でこちらを睨みながら。どうして良いかわからず急ブレーキを踏んだんだ。するとゆっくり近付いてきてさ。車のフロントガラスを張り手するようにバンと叩いてきたんだ」


「バン」だけ声が大きい。サナとミナはビクっとした。


「もう動転してさ。ギャーと叫びながら慌てて車をバックしたよ。そしてなんとかUターンして逃げてきた。もう生きた心地がしなかった」


 サナとミナは自分達もその場にいるように呼吸が荒くなった。


「そしてさ」森田さんの声は音は小さくなったがまだ緊張感がこもっている。

「峠下のコンビニに車を止めたんだ。まだ着いて来ていないかビクビクしながらね。でも着いては来ていなかった。助かったんだよ。でもね」


 なんだ。サナとミナは自然と二人とも眼が大きくなっている。


「フロントガラスにね。血がベッタリついた手形がついてたんだよ」


わー。サナとミナは小さく叫んだ。「お、女の人の?」


「いや、それが犬のだよ。血がベッタリついた犬の手形がさ」


 へ?サナとミナの頭にハテナが広がる。「それ犬だったの。追いかけて来るときは四つん這いだった?」


「いや、普通に二本足で走ってきたよ。女性だもん。」


 サナとミナはお互いに困ったように目を合わせた。「え?え?じゃあ犬が化けていたのかな」


「うーんそれはわからないよ。よくわからないけど犬の手形だったんだ。血がベッタリついたね」


 どのリアクションが正解なのかサナもミナもわからない。その時、入り口から白髪の男性が入ってきた。


「あ、お客さんだ。じゃあこれで終わりだよ。聞きに来てくれてありがとうね」そう言いながら森田さんは立ち上がった。もう古本屋店員の顔になっている。


 仕方なく、サナとミナは礼を言って店を出た。二人は自転車を押しながらどちらも何も話さずに三角公園まで歩いた。


 無言の中、二人は頭の中で同じことを考えていた。

「もうそこは血のベッタリついた女の手形でええやん」


 生きていくためには必然な嘘もあるんだなと無意識に考えながら自転車を押す。二人の背中に夕日がさしていた。

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