楽しく楽に読める!コントな小説
川林 楓
第1話 えーちょっと待って(1話完結)
職場で同僚の大島らと談笑した後、平静を装ってトイレに向かう。この本社は大阪ビジネスパークの十階建てビルに入っている。四階と五階が我が社のフロアだ。俺は本社の総務部に在籍している。今の業務について五年。大学を卒業して新卒採用をされてから八年。今年で三十歳になった。独身で彼女なし。そろそろ親も結婚についてうるさく言い出してきている。学生時代からコンパなどは結構やってきた。盛り上げるお調子者の役をしているがそれでうまくいくことは非常に稀であった。そろそろ自分はモテない人種だということを気付かなければいけないのかもしれない。
先程、「え?高山さん知らなかったんですか? 京都支社の吉井さん結婚したんですよ。日曜日、結婚式だったんですよ」と、同じ課の盛り上げ担当のような女、大島がデカイ声で話してきたのだ。吉井というのは俺と同期入社の男だ。こちらが知らなかったことで自分が優位に立ったかのように、いつも以上に声が大きい。体はそれ以上に大きく、話すたびに胸と横腹が揺れている。
「じゃあ結婚相手も知らないですかね。お相手は三年前に人事課に派遣社員できていた川瀬さんですよ」
その言葉に自分でもビックリするぐらい目が丸くなった。
「あ、そうなんや。全く知らなかったわ。良かったなあ」
本心を見透かさせず、祝福の気持ちを持っていると感じさせるように自分なりに気を張り巡らせて対応した。恐らくは相手には動揺していることは悟られていないはずだ。
ただ大島の目が何か怪しい。俺の気持ちを見透かそうとしているように思えてならない。大島はいつも通り機関銃のように話しを続けるが、上の空であまり耳に入ってこない。ほとんど理解して話を聞ける状態でない自分に驚いた。
少しの間が空いたとき、このタイミングだと察して、はにかみながら聞こえるか聞こえないかぐらいの口笛を吹きつつ席を外した。
同じ四階フロアのトイレを使っても良いのだが、ここは個室が一つしかなく何となく落ち着かない。そのため非常階段から二階に降りる。二階のトイレは大きく個室も四つある。他の会社が入るフロアのためかあまり気を使わずに利用ができるので重宝はしている。
動揺をもう隠せないほどだ足が少し震えている。とにかくトイレの個室に入りズボンとパンツを下ろして腰掛ける。一番リラックスできる状態になり頭を動かす。
えーちょっと待って。
川瀬さんが人事課に来たときめっちゃときめいたやん。
えーちょっと待って。
それで、「総務部の高山です。よろしく」ってちょっと格好つけて言ったやん。
えーちょっと待って。
一週間後の川瀬さんの歓迎会のとき、みんなが聞いてない時に川瀬さんに「俺、川瀬さん来てくれてめっちゃテンション上がってるねん」と言ったやん。
えーちょっと待って。
その歓迎会の帰り道、たまたま降車駅が隣同士やって二人きりになったから、「良かったらもう一軒行かないかな。今日はそんな気分やねん」と言ったやん。
えーちょっと待って。
その時に寄ったショットバーで「俺はこの出会いは必然やと思うねん」と酔ったフリしてカッコつけた感じで言ったやん。
えーちょっと待って。
昼休み。ビルの外で待ってて偶然装って一緒にゴハン食べたりしたやん。
そういえば大島が「ここに入社して一ヶ月くらいで付き合いだしたんですよ」と言ってた。
えーちょっと待って。
入社して一ヶ月くらいひたすらにアタックしてたやん。
えーちょっと待って。
それ全部空振りに終わってたやん。
そのあと大島はこうも言ってた。「なんか入社してから川瀬さん困ったことあったみたいで。その相談を吉井さんにしてて飲みに行ったりしながら距離を縮めたみたいですよ」
えーちょっと待って。
入社して仕事上で問題はなさそうやったやん。
えーちょっと待って。
その困ったことって俺の可能性大やん。
えーちょっと待って。
入社して一ヶ月たったくらいから、俺が川瀬さんに話そうとしたらやたらと女性社員が間に入って話を遮り出したやん。
えーちょっと待って。
それくらいから吉井の俺を見る目がきつくなったやん。
えーちょっと待って。
でもそれくらいから無理やと諦めて声をかけるのやめたやん。
えーちょっと待って。
でも彼女が退社する時、ちょっとでも脈ないかと思って、会社の屋上呼び出して「俺いつも応援してるから。頑張ってね」とまあまあ高いバラの花束を渡したやん。
えーちょっと待って。
その時の彼女の顔、完全にひきつってたやん。
そういえばさっき大島、最後にこんな話をしてた。「ほんと若手社員メンバーで海行った時もバーベキューした時もすごい仲良さそうでしたしね」
えーちょっと待って。
海とかバーベキューとか全然知らんやん。全く誘われてないやん。
えーちょっと待って。
それ、川瀬さんどうこうより職場の人間関係として問題あるやん。
えーちょっと待って。
行ってないの俺だけ?とか聞くの絶対恥ずいやん。
えーちょっと待って。
これまあまあ辛い状況やん。
用を足してないが、頭の中のモヤモヤに何か刺激を与えるため、ウォシュレットのボタンを押す。水が出てくる前に水圧を最大まで上げた。
三秒後、水ではなく温水が勢いよく出てきた。肛門に温かい刺激で心地よい。この刺激だけが自分の味方のように感じてならない。なかなか「止める」ボタンに指がいかない。
了
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