パラレル振り込め詐欺

腹筋崩壊参謀

【短編】パラレル振り込め詐欺

『もしもし、ばあちゃん?俺だけど……』

「あら、どちら様かしら?」


 そんな内容で始まった電話が、町はずれにある駄菓子屋を営むおばあさんの元にかかってきたのは、とある昼下がりの事でした。太陽が照らす暖かな陽気の中、一旦家の中に戻ってのんびりしようとしたところ、慌てた様子の『誰か』――あまり聞き覚えのない声の主が、突然連絡を入れてきたのです。

 最初、おばあさんは誰かもわからない奇妙な相手を不審がり、貴方は何者か、と丁寧に尋ねました。すると電話の向こうの誰かは、自身をおばあさんの『孫』だと名乗り始めました。


「まあそうだったの……大学の授業は済んだのかしら?」

『あ、ああ、ちょっと教授が休んでて……あと悪い、ちょっと風邪引いて声が掠れちまって……』

「そうなの、後でお菓子送っておくからお大事にね」

『ありがとうばあちゃん……ってそれよりも大変なんだ!聞いてくれ!』


 そして、『孫』だと告げた相手は矢継ぎ早に用件を語りだしました。非常に厄介なトラブルを抱えてしまい、今すぐ多額の現金が必要になってしまった、と言うのです。当然、いきなりそのような事を言われてもおばあさんは困惑するばかり。そこで、相手はじっくりとそこまでに至ってしまった経緯を説明しました。友人だと思っていた相手に騙されて保証人になった結果、相手が持つ大量の借金を返す羽目になってしまった。しかもそいつは現在音信不通、自分が面倒を背負う事態になった、と。



『頼む、この通り!命にもかかわる事態なんだよ!』

「そ、それは大変……待ってて、どれくらい必要かしら?」


 唐突な事態に気が動転してしまったおばあさんに、声の主が示したのは予想以上に高い金額でした。それでも大好きな孫の危機を知って見過ごす訳にはいきません。持ち前のへそくりを駆使すれば何とかやり繰りできると考えたおばあさんは、どこでそれを支払えばよいか尋ねました。おばあさんの孫はこの駄菓子屋兼から遠く離れた場所にある大学に通っているため、そのまま渡しに行くことは難しいのです。


『とりあえずメモしてくれ。口座番号と暗証番号を教えるから……』

「あぁはいはい、えーと……」


 指定された番号を記録した事を説明すると、『孫』と名乗る相手は感謝の言葉を告げ、電話を切りました。その声は、どこか固く緊張しているようでした。

 そして、早速近くの銀行に振り込みに行こうと考えたおばあさんでしたが、先程のメモを見て自分がとんでもない間違いをしていた事に気づきました。慌てて記入したせいで口座番号と暗証番号が混ざってしまい、正確な値が分からなくなっていたのです。そこでおばあさんはもう一度確認すべく、息子が持つスマートフォンに電話をかけ、その旨を伝えました。ところが、返ってきたのは――。



『……え、保証人?俺そんなのなった事ないぜ?しかも風邪なんて全然ひいてないし……お菓子は欲しいけどさ』

「あれ……?」



 ――唖然とする孫による意外な返事でした。風邪を引いたどころか孫は元気に大学に通い、先程まで友達と一緒に講義を受けていたと言うのです。じゃあ、先程の『孫』と名乗った相手は誰なのか、と困惑するおばあさんに、孫は率直にその答えを伝えました。



 『振り込め詐欺』、またの名を『オレオレ詐欺』。

 子供や孫を心配する老人の心を弄び、大事なお金を根こそぎ奪い取る、卑怯で憎たらしき大嘘つきによる最低の行為だ、と。


「ったく、俺のばあちゃんを騙すなんて酷い奴だぜ……!」

「じゃあ、あたしはさっきまで……!」

「あぁ、良かったよ暗証番号忘れてて……」



 こちらも今すぐ警察に連絡する、と言い、孫が電話を切った後も、おばあさんはしばらくの間受話器を握りしめながら立ちすくんでいました。ずっと騙されまい、そんな詐欺に引っかかる訳がない、と自身を持ち続けていた自分が、ものの見事に相手の意のままに操られかけてしまった――その事実を思い返す中で、詐欺の犯人、そして自分自身への怒りが増していったのです。そして、乱暴に受話器を戻したおばあさんは、その顔に憤りの心を滲ませながら――。



「……!!!」



 ――瞳を真っ赤に輝かせました。



~~~~~~~~~~~~



 それから数日後、おばあさんの元に孫から安心した声で電話がかかってきました。彼になりすまし振り込め詐欺を行った犯人が、警察に逮捕されたというのです。しかも慌てて逃げ出そうとしたところ、偶然通りがかった女子プロレスラーに羽交い絞めにされると言う痛快なおまけつきで。

 これでようやく平和になる、とほっとした様子のおばあさんに、孫も嬉しそうに声をかけつつ、振り込め詐欺には十分気を付けるよう念を入れて忠告を行いました。見事に一手を取られたおばあさんは、勿論その言葉を素直に受け入れました。


『じゃ、ばあちゃん体に気をつけてね。あとお菓子ありがとさん♪』

「あはは……そっちこそ『偽者』のように、風邪を引かないでね」

『りょうかーい♪』


 そして、電話を切ったおばあさんはリビングへと戻り――。


「いやぁ、今回は本当にありがとうね」

「「「どういたしまして♪」」」


 ――そこで寛ぐ、3人の若い女性に感謝の言葉をかけました。


 1人は刑事が着こなしそうな黒色のスーツ、もう1人はスポーツ選手に似合うジャージ姿、そしてもう1人は少し古びた私服。三者三様、服はそれぞれ異なっていましたが、3人とも揃って同じ長さの黒髪、同じ形の顔、同じ輝きの瞳、そして同じ大きさの胸を有していました。同じ形の唇から発する声も、全員で話すとエコーがかかったかのように寸分違わぬ響きを持っていました。そして――。


「こっちこそ助かったよ、『あたし』」

「あはは……でも今の『あたし』にはこれしか出来ないからさ……」

「そう落ち込むなって、『あたし』。よく頑張ってるじゃないか」



 ――おばあさんを含めた4人の女性は、全員揃って同一の名前を有していたのです。


 この奇妙な光景は何なのか、どういう要因で自分たちはここに集ったのか。その理由は、全員とも既に招致済みでした。おばあさんと同じ名を持つ3人の若い女性をこの町はずれにある駄菓子屋――正確に言えばこのに緊急の要件で呼び寄せたのは、おばあさん本人であると言う事を。



「しかし驚いたよ、まさか『ばあさん』が振り込め詐欺に引っかかっちゃうとはね……」

「ほんと面目ない。あたしは平気だと思っていたんだけどね……」

「逆にそれで油断するんだよ。『あたし』が狙ってたからね、そんな人……」

「なるほどねぇ……」


 真剣な顔で語る、よれよれの服を着こんだ女性は、この駄菓子屋がある宇宙とは別の宇宙で振り込め詐欺を実行し、騙した老婆から金を奪おうとしたところ現行犯逮捕された経歴を持っていました。刑務所の中で自分がとんでもない事をやってしまったと深く反省し、真剣に罪と向き合いながら過ごした後、刑期を終えて釈放されて詐欺とは無縁の生活に戻っていたのです。


 そんな彼女が駄菓子屋のおばあさんにこの一件を伝えられた時、背筋が凍るような心地を味わいました。もう二度と手を触れないと誓っていた振り込め詐欺が自分の身近な場所で再び起きただけではなく、その詐欺のやり方そのものが、かつて自分が行ったものと全く同じ方法だったからです。改めて自分の罪の深さを反省しながらも、これ以上犠牲者を増やす訳にはいかないと考えた彼女は、おばあさんに自分が行った手口を敢えて全て伝えました。



「それで『あたし』たちを呼んだ、って事なんだよね」

「だけど『あたし』がくる必要あったかな?警察官だけで十分だった気がするけど」

「念には念を入れたかったんだよ……卑怯者をボコボコにしたかったってのもあるけどさ」

「あはは……やっぱりばあさんも別の宇宙の『あたし』だねぇ……」



 その後、おばあさんは振り込め詐欺の犯人を徹底的に懲らしめるべく、更に別の宇宙から女性刑事として働く自分と、人気女子プロレスラーとして活動中の自分をそれぞれ呼び出し、元振り込め詐欺犯だった自分自身の証言を基に作戦を立てたのです。幸いかつ不思議な事に、呼び出された別の宇宙の自分=若い姿のおばあさんたちは、この宇宙でも元の職業のまま活動することが出来、刑事の彼女もプロレスラーも彼女も、普段通りの生活をしながら速やかに作戦を実行に移すことが出来ました。

 その結果が、『刑事』の彼女が引き連れた警官たちに怯えて逃げ出したところで、偶然を装って待ち構えていた『プロレスラー』の彼女に捕らえられ、完全に逃げ場を失い御用になった情けない犯人、と言う訳です。



「いやぁ、今日は本当にありがとう。ゆっくり休んでいきな」

「それじゃばあさんの『あたし』のお言葉に甘えて、のんびりしますか♪」

「そうだねぇ……あたしでも役に立てて嬉しいよ」

「あんたはもう罪を償ったんだろ?安心しな、困ったらいつでもあたしたちがついてるから」

「「そうそう♪」」


 事件解決の功労者である別の宇宙で暮らす別の自分たちを褒め合いながら、4人の女性たちはリビングで賑やかな時間を過ごしました。その中で話題になったのはおばあさんの『孫』――犯人に成りすまされた、本物の孫の方でした。彼は元気にしているか、大学での講義で寝たりしていないか、お菓子の好みは何か、他愛もない話題で盛り上がりながら、おばあさん以外の面々、若い頃の『おばあさん』と同じ姿形をした女性たちは、口を揃えて『孫』と言う存在をどこか不思議に感じている、と告げました。



「えっ……あぁ、そうか……そうだねぇ♪」


「やっぱり慣れないよ、この宇宙の『あたし』がばあさんなのはまだ分かるけど……」

「『あたし』のおじいちゃんが、こっちの宇宙じゃねぇ……」


 ところ変われば品変わるとは言え、自分自身の祖父を『孫』として可愛がる様子は奇妙なものだ――女子プロレスラーである別の自分の言葉に、他の彼女も大いに納得しました。そして、自分とは別の運命、別の生涯をたどる自分とこうやって談話できると言う奇妙かつ奇跡的な光景に、4人がほほ笑んだその時でした。突然、『刑事』として活躍している宇宙の彼女のもとに、一通の電話が飛び込んできたのです。それは、彼女が生まれ育った宇宙にある警察署からの緊急の通報――振り込め詐欺の犯人が特定できた、と言う一報でした。しかも、そのきっかけとなった被害者の名前は――。


「……え!?じゃああんたの世界のおじいちゃんは……」

「あたしの孫でも何でもなく、赤の他人って事か……」


 ――時に祖父、時に孫、4人の彼女と縁が深い男性と全く同じ名前だったのです。


「どちらにしろ、被害に遭ったのは確かなんだよね……防げなかった……」

「あぁ……」


 刑事の彼女は他の自分に、今回の事件解決への協力を要請しました。勿論、誰1人その依頼を断る『自分自身』はいませんでした。例え別の宇宙で起きた、そちらの自分と無関係な自分であっても、全ての宇宙の彼女たちが持つ『正義感』という名の心を抑える事は出来なかったのです。


 心と体の準備が終わった彼女たちは、4人の中で一番多くの年月を生き、もっともを持つおばあさんの周りに集まりました。そして、覚悟ができたという合図の頷きをしっかりと見届けたおばあさんは、その瞳を真っ赤に輝かせました。





 すべての用件が終わり、彼女が1の優しい駄菓子屋のおばあさんに戻ったのは、それからしばらく経ち、振り込め詐欺組織の構成員が逮捕されたという記事が新聞に掲載されているのを確認した後でした。


「ふう……これで、安心だねぇ……」


 ――が記した素晴らしい内容を何度も読み返しながら、おばあさんは今日ものんびりした時間を過ごすのでした……。

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