07:青き獣と咎
青く輝く獣が居た。大きく膨らんだ毛並みからばちばちと空気を打つ音を発し、二足で立ち上がったまま獣は甲高い叫びをあげている。
「獣違いじゃねぇよな?」
「傷があるから間違いねぇと思いますよ隊長」
男たちが遭遇し、兵器を左右に陣取らせて包囲した青い獣は、大きく翼を広げ、左翼に突き刺さった槍を見せつけた。槍は真っ黒になり煙をあげている。一体何があったのか。
火傷の男が相手の力を見極めようとしていると、獣は前腕をあげてその鋭い爪を左に展開していた兵器に向けた。
男が何かしてくると身構え発射命令を下すよりも早く、それは起きる。獣の爪先と兵器を結ぶように、青白い閃光が走った。
途端、荷台に積まれていた大きな弓は半分に砕け、切断された腱がもの凄い勢いで回転し、周囲にいた男たちを吹き飛ばす。
「なんだ!?」
「ちくしょういてぇ!」
部下たちの騒ぎを無視し、火傷の男はそれが何か見抜いていた。着弾点の黒ずみと煙。瞬きの間に到達する光。男の戦闘経験が答えを導く。
「雷撃魔法だな……! あの綿みたいな毛並みはそのためか。左、散開して近づいて注意を引け。右、準備急げ。次を撃たせるな!」
その作戦が成されることはなかった。近づいて注意を引こうとした左の男たちの元に、獣がその巨躯で駆け込む。剣や盾を構える男たちに、獣はその鋭い爪を浴びせかけた。
盾で防いだ男も10mを超す巨体の威力には敵わず宙を舞う。それに怯んだ男たちが距離を取る前に、四本の尻尾が迫る。獣が身体を回転させるように、尻尾で薙ぎ払った。
魔力によって異常なほど帯電した青い尻尾は、触れただけで男たちが泡を吹き、煙を上げ次々とやられていく。
「千里を駆け、闇を切り裂く、か!」
火傷の男は思わず身を伏せる。戦いながら、獣が左前脚を振ったのだ。その発達した爪を指針とし、翼に帯電していた力が一気に飛ぶ。それは方向を修正していた右の兵器へと吸い込まれ、弾けた。
これまで炎を吹く巨大な竜にすら屈しなかった男たちも、刹那のうちに到達する攻撃に為す術がない。それも武器や防具となる金属を纏った時点で、避けようがない強力な追尾能力をもってしまうのだ。
「嘘だろ」
そのこれまでの付き合いでは考えられないほどの暴れぶりを、シデは木々の合間から呆然と見つめている。隠れて御使いへの攻撃を妨害する気だったシデは、もはやその必要もなくなり、ただ立ち尽くしていた。
そこへ、後ろから近寄って来た小柄な少女が声をかける。
「シデ、良かった」
「ラフィ!? どうして。そんなことより御使い様が!」
「間に合わなかった。シデ、御柱は何処?」
ラフィは大声を出すシデの口を塞ぎ、先ほど自分の父から聞いたことを掻い摘んで話した。巫女の本来の役割は省いて。
「そう、か。やっぱり吹雪はそんなにやばい風だったんだな」
「うん。里は毛束のおかげで何とかなると思うんだけど。御使い様を鎮めなきゃ」
「御柱は、もうないんだラフィ」
「え?」
どうにかしなければと思っていたラフィは、間抜けな声を上げてしまった。シデはもう一度戦闘の様子を見て、首を振る。
「あいつら探知術とか言うのをかけていたんだけど。それをするたびに毛がぼろぼろの砂みたいになっちまって。結局ここまでくるのにほとんど消耗しちまったんだ」
「そんな。どうすれば、いいの」
その事実に、ラフィは固まってしまった。御柱がない。それならば、巫女は。巫女は巫女の仕事をするしかないのだろうか。
「ラフィ、ラフィ? しっかりしてくれ。ともかく、今は里に避難しよう。あの様子なら御使い様は大丈夫だ。あの男たちは知らないが、俺たちは危険な風が来る前に逃げなければ」
「……うん。そう、だよね」
ラフィが里に戻り、それで御使い様が来ないことを祈ろうと思いかけた時だった。どさり、と木々の合間へ放り込まれた何かが二人の傍に落ちて来る。それは血だらけになった火傷の男、隊長だった。
「くそ、てめぇらなんでここに。全然守ってくれねぇぞこの柱ァ!」
「それは、御柱!」
男が持っていたのは、本来の半分ほどに折れ、血で赤く染まりかけた青白く光る柱。そして、男を追うように。
「グルルルル」
普段とは似つかない地鳴りのような、雷鳴のような音を響かせた青い獣が、木々の合間へ首を突っ込んで来ていた。
青い毛の中で、黄色に黒の瞳が細まり、大きな顎が開く。
「御使い様だめ!」
「ラフィ、危ない!!」
咄嗟に動いた二人。御使い様をどうにか止めようと動いたラフィに、その身をかばうシデ。
ああ、またそうやって私をかばうんだ。思えば、いつも。シデはいつもそうだった。自分が少し年上だからって、格好つけるんだ。
「シデ!!」
閉じかけた顎が霞め、シデは雪の上を転がる。赤い液体が、周囲に飛び散った。ラフィの叫びにシデは動かない。駆け寄って揺さぶりたい。けれど、目の前の青い獣がそれを許しはしなかった。
「御使い様やめて!」
「もうだめさ嬢ちゃん、これが竜だ!」
「誰のせいよ……! あなた、そこの毛をとって私に」
「何をする気だ」
「どうにかその毛に宿った魔力を私に塗り込めない!? そうすればきっと」
気が立っているのか、青い獣は一鳴きし、助走をとった。突進し、邪魔な木々ごと粉砕する気だろう。きっと、お腹が減っているのだ。
「術をかじってりゃそのくらい出来るが、そんなことしたら魔獣になっちまうぞ!」
「大丈夫よ。私は巫女だから、その適正があるから選ばれたの!」
「正気じゃねぇぜ全く! 良いんだな!?」
「はやく!」
男は毛束の柱を手にラフィへと駆け寄って、何かの秘術を用い始める。木々から見える先で、獣は四つ足となって雪を掻き出していた。はやく。
横目に、倒れ込んだまま動かないシデを見る。今度は、私が助けてあげるからね、とラフィは小さな声で呟いた。
何か熱い力が流れ込んでくるのをラフィは感じ、突進してくる獣がゆっくりに見える。そしてシデを狙って、木々を砕きながら突き出された顔に、ラフィはその身を投げ出した。
何本も並んだ鋭い牙が肌へと食い込む。骨を削る。でも、痛みはなかった。良かったと思った。
急激にその身に宿した魔力のせいか、ラフィの噛みつかれた腕は、獣のような毛が生えて来ていた。そして、その毛も。揺れる三つ編みも。今は青く輝いている。
「御使い様……。どうか、御鎮まりください」
漏れ出た言葉。左肩から先を噛みつかれた状態で、ラフィはそっとその顔を右手で撫でていた。獣は何故か動かない。
魔力を込めたことで御使い様が満足してくれる存在になったのか、それとも仲間だと思ってくれたのか。今はもう、どちらでもよかった。
ただ、最期にもう一度あのふわふわな尻尾に包まれて、一日中御役目をしていたい。そうやっていると、いつも御使い様は三つ編みへと鼻を突っ込んでくるのだ。それが、ただただ愛しくて大切な日々だった。
だから、ラフィは大きな刷毛を取り出して、震える右手で。青い獣の毛並みをそっと
ようやくやってきた痛みで朦朧とする意識。溢れ出す血のせいかとても暖かい。
「きゅぅ……」
薄れゆく意識の中で、ラフィは懐かしい鳴き声を聞いた気がした。
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