06:吹雪と御役目
里の南、毛束を敷いた方陣となるあたりでラフィは自分の父親と出くわしていた。毛を調べていたらしい父は走って来たラフィに気付き顔を上げる。
「ラフィ? 遅かったじゃないか」
「父様、
声を荒げ胸へと飛び込んで来た娘の姿に、父親は困惑を隠せなかった。よく見ればこの寒空の下外套もなく、気丈な娘にしては珍しく声が震えている。
ラフィの父はその身を抱き寄せ、背を撫でながら優しく声をかけた。
「大丈夫だよラフィ。一体何があったんだい?」
「うん。うん。実はね……」
ラフィが顔を埋めたまま語るここまでのこと。焦りと不安によってか前後が入り乱れたその内容に、ラフィの父はより強く娘を抱きしめることで応えていた。
「怖かったろうラフィ。もういいんだよ。あとは大人に任せて」
「……それは、だめ。だって、今も御使い様は大変な目にあっていて。シデだって頑張っているんだから。私だけ隠れてたら、きっと二人に笑われちゃうよ」
「そうか。そうだね。ラフィは巫女様だった」
「茶化さないでよ父様」
「なら良く見てごらん」
顔を上げて頬を膨らませていたラフィは、父の指さすもの。一直線に繋がれ、どこまでも伸びている御使いの毛束を見る。
雪の中、半ば埋もれていた毛束たちは薄らと青みがかっているような気がした。
「色が」
「風に反応しているんだ。いいかい、よくお聞きラフィ。本当なら儀式を終えて一人前になってから話すことだ」
「……うん」
娘を少しだけ離し、ラフィの父は身を低くして正面からラフィへと語りかける。今は一刻を争うとも思ったが、ラフィは父の真剣な様子に黙って聞くことにした。
「これから吹く吹雪は古くから白霊と呼ばれている。それは魔力を含んだもので、人の身で晒されればただでは済まない。多くを魔獣に変えてしまう怖ろしい風だ。そしてこの風と御使い様は呼応している」
「どういうこと?」
「御使い様と我々では住んでいる時が違う。十年に一度だけのこの時期に、御使い様は食事をするんだ。風にさらされ魔力をたっぷり含んだ魔獣を食べる。白霊祭はね、そうした風から里を守ることと、御使い様を近づけないためにあるんだよ」
「御使い様を、近付けないため?」
どういうことだろうか。里はこれまで御使い様に守られて来たと聞いている。それが近付けないためだなんて、ラフィには訳がわからなかった。
「この時期、あの毛が青く色付き始めたら御使い様に近寄ってはいけない。普段は温厚な御使い様も、狩りの時だけは荒々しい姿へと変貌するからね。そしてねラフィ。あの柱が用意されるまで、御使い様にその身を捧げて満足してもらうのが、巫女の役割だったんだ」
「え?」
「その髪は生まれつき白かったわけじゃない。我が家で生まれた子に御使い様の魔力が篭った毛束をあてがい、魔力に適正があれば白くなっていく。それは、御使い様の魔力にも体調を崩さず、いざという時に満足して頂けるだけの魔力を溜め込めるという証だったんだ。里を守るための犠牲。だからこそ巫女は古く“
「そう、なんだ……」
ラフィは出来事の顛末は話していたが、祭りで使われる
「今はそんな心配がないとはいえ。それでもね。いざとなったら子を差し出さなければならない未来があるかもしれない。そう思うと、あの男たちが語った竜に左右されない未来も良いのかもしれないと、少しだけ思ってしまったんだよ」
父親はその娘の変化に気付かず、あんな男たちに言いくるめられそうになっていた自分に苦笑してしまう。ラフィはちらりと、青く色付き始めた毛束を見ていた。
未だ全てではなく、所々といった様子だったが。これが全て青く変わるのに、御使い様自体が変わるのに、あとどれだけの猶予があるのだろう。あの男たちはともかく、きっと傍にシデも居るはずだ。
「父様、どうして御柱で大丈夫になったの?」
「ん? あの毛束はね。御使い様の魔力が宿っているんだ。それを束ねてあれだけの量にすれば、御使い様は遠方からその気配を感じ取って仲間を食べないために帰ってくれるんだよ」
「そっか。ありがとう御父様。私、行かなきゃ」
「今の話を聞いても、御使い様を助けに行きたいんだね」
「うん」
変わらぬ、いや話を聞いて更に強い決意を固めた娘を前に、ラフィの父は軽く溜息をついていた。
その気持ちを変えられないのはわかっていたが、今の話で十分気を付けて欲しい、そう願って父親は娘の頭を撫でる。
「なら急ごう。青年団に御柱を運んで貰って間に合うと良いんだが」
「私、先にシデに伝えてくる」
「無理はしないんだよラフィ」
「大丈夫。心配しないで父様」
ラフィはどうにか男たちから御柱を取り返そうと考えていた。今の話からすれば、御柱さえあれば何とかなる。
御使い様も、十年に一度の力に目覚めるんだから大丈夫だ。きっと何もかもうまくいく。そのはずだ。
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