04:見学と思惑
翌日、ラフィはいつものようにふわりとした毛並みへ顔を埋めていた。暖かく膨らんだ白い毛は優しくラフィを受け止め、残り三本の尻尾がその身を包む。
もうこれだけで十分
ラフィは顔をあげ、ふふんとでも言いたげに男たちが潜んでいる森の方を見やった。それに釣られたのか、白い獣もそちらへと顔を向けて首を傾げている。
「ほら御使い様?」
ラフィが声をかけると、獣は気付いているのかいないのか。すぐに顔を戻してラフィの外套頭巾を外していた。
ラフィはもーと言いながらも日々の仕事へと入る。手にした大きな刷毛で丁寧に尻尾を
傍から見てもその様子は家畜や飼い馴らした動物の世話にしか見えなかった。その異様な大きさと他に見ない形状を除いて。
森の中で観察していた男たち三人とシデから見てもそれは同じであり、シデとしてはいつもの光景だ。
「ほら、あれの何処に害があるってんだ?」
「巫女だからだろ。俺らや開拓作業を行う人間にはどうかな」
「あんたらもしつこいな。どんな動物だって慣れない相手は威嚇するし、身に危険が迫れば抵抗する。だから話し合ってかち合わないようにするんだろ」
弓を肩にかけて木に持たれていたシデが肩をすくめて見せた。どんな動物にも備わった部分すら危険と言われてはたまらない。言われた男も相変わらずの態度で鼻を鳴らし、再び御使いと呼ばれる白い獣を見ていた。
「そりゃそうだ。で、青年団長とやらはあれを神の遣いだって信じてんの?」
「さてね。俺らからすれば生まれた時からそう扱われ、そう在る相手だ。それに、俺は外で魔獣とも相対したことがある。それを考えれば、やっぱり御使い様は別物だと思うね。あんたらから見たらどうなんだ。竜狩りをやって来たんだろ?」
その問いに、男の目は鋭くなっていく。これまで男が経験した竜狩りや魔獣との戦いを思い起こしているのだろうか。その左手が自然と頬にある火傷痕に触れていた。
「魔獣は魔力に晒されておかしくなった異形の獣に過ぎん。竜は生まれながらに大量の魔力を帯びた別種の生き物だ。そういう意味で言えばあれは竜だ。俺らがこれまで見たのとは、随分様子が違うがな」
「これまで見た竜ってのはどんなだったんだ?」
「そりゃあんな穏やかなもんじゃねぇ。どれも一匹狼って感じで、近付く人間に容赦はしないし、そもそも簡単に近寄らせてもくれねぇ」
「んじゃ、御使い様を狩る必要はないってわかったわけだ」
「ははは、そいつぁいい。仲良しこよしだから問題ないってわけか。だがなぁ。俺からすれば、あれは“なんて狩りやすいんだろうこいつは運が良いぜ”としか思えねぇな」
男が発言した途端、その場の雰囲気が一気に重いものへと変わった。シデが弓へと素早く手をかけて、その動きが止まる。気が付いたら、その喉元に短剣が突きつけられていた。
見れば、短剣を手にした男が真横に立って居る。シデは接近に全く気付かなかった。
「いつの、間に」
「世間知らずの里だ。あんな与しやすい竜、極上の素材じゃねぇか。あんなものを見せて“おお、素晴らしい。良い竜だ感動した。我々は撤収する”なんてなるとでも思ったのかよ。おめでてぇ奴らだ」
シデは現れた四人目の男に地面へと押し倒されてしまう。四人目は小柄な男ではあったが、いくら何でもここまで接近に気付かないなんて、とシデは納得がいかなかった。
「不思議そうだな坊主。魔力を使った隠蔽術だ。外の世界にはこういう術もあるんだよ覚えとけ」
シデの目の前で、小柄の男が薄らと背景に紛れていく。まるで透けてその後ろが見えるかのように、気を付けないと見失ってしまいそうなくらい見えなくなっていた。それに、すぐ傍にいるはずなのに息遣いも感じ取れない。
シデはその術を見せつけられ、目を丸くしてしまう。外界にはこうした秘術を使いこなす者が居るという知識だけはあったが、これまで見たこともなく、どんな術があるかも知らなかった。
「里では祭が控えているらしい。吹雪から里を守るとかで大規模な術式が里を一周している。おそらく魔力を含んだ悪風対策だ」
「厄介だな」
「術の触媒はあの竜の毛のようだ。倉庫に大量の毛で作られた柱が何本かあった」
「拝借しよう。探知術いけるな?」
「へい隊長」
「おい待て。そいつは里を守るためのものだ。何をする気だお前ら!」
シデが思わず大声をあげる。その柱は里を巡る毛束とは別に、祭事の要となるはずだ。
今の話が本当なら猛吹雪はただの吹雪ではないらしいし、祭事がここまで大事な扱いなのもそれを踏まえてのことなのかもしれない。だとすれば、それを失った里の守りはどうなるのか。
「里のことなど知らんよ。俺らは今日中にあいつを狩る。悪風が吹いて閉ざされる前にな」
「そんなことして、ただで済むと思ってるのか!」
「済むとも。荷車も兵器も配置済みだ。里が気付いた時には俺らはおさらばよ」
おどけて言う火傷の男に、シデは歯噛みした。なんて甘かったのだろうか。森から丘の方角を見やる。
地面からではその姿を見る事はできないが、そこではこちらの事には一切気付かず、いつも通り御使いと戯れているラフィが居る。
この男たちは用意を終えていたのだ。こちらも里に入った三人だけとは思っていなかったが、この様子では一体何人いるのか。
自分はこのままどうなっても良いし、最悪御使いが狩られたとしても、シデとしては構わなかった。
ただ、楽しそうにしているラフィだけは。あの笑顔だけは失いたくないと、その時はじめてシデは気付いたのだった。
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