03:客人と話し合い
その日はいつもより念入りに
普段はたまにしかしない背中や翼部分までやっていたので、気が付いたら夢中になっていたのだ。
何せ気持ちが良いのかごろごろと地鳴りのような音を立てながらすり寄って来るのだから、ラフィとしては中断しにくい。
里の入口には篝火が焚かれていて、何故か仁王立ちのシデが待っていた。遅くなって心配させてしまったのだろうか。ラフィは何となく、楽しんでいただけに遊びで遅れてしまったような気恥ずかしさがあった。
「遅いぞ」
「ごめん。そんなに怖い顔しなくても」
「いやすまん。妙な客が来ていてな」
「お客さん? ねぇねぇ旅人?」
たまに来る旅人や行商人は里にとって貴重なお客様である。重要な情報や、珍しい物品に限らず色々と外の話を聞くのは楽しかった。今回もそうしたものを想像したラフィだったが、どうにもシデの表情が硬い。
「どうしたの?」
「いやな。そいつら竜狩人と名乗ってて。御役目様を狩るって言うんだよ」
「へ? えっと。狩る? 何を?」
「気持ちはわかる。今お前の父親と長とで話しを聞いてるよ」
「それ何処?」
言いながらラフィはずんずんと里の中へ入って行った。シデが横に並んで一緒に歩くが、大股で怒りを表すラフィは少々早い。
「乗り込む気か?」
「当然」
「ま、そうなるよな。どっちにしろお前が戻ってきたら案内するよう言われてる」
二人は揃って里の中心にある横長な建物へとやって来た。大きな平屋といった木造の建造物で、中は広く里の者たちに話し合いの場として普段は利用されている。
両開きの扉を開け放ち、堂々と入って行く二人。中には長と温和そうなラフィの父が座っており、その向かい側にラフィの知らぬ男が三人胡坐をかいていた。
「来たね。遅くなって申し訳ない。こちらが我が娘にして今代の
文句を言ってやろうと思っていたラフィはその父の一言で出鼻を挫かれた。物腰柔らかく、にこやかに言うものだから毒気を抜かれてしまう。
一体どういう話し合いが行われていたのかはわからないが、そう言われたのなら挨拶をせねば失礼になる。
「お初にお目にかかります。御使い様のお世話をさせて頂いているラフィというものです」
「お嬢ちゃんがねぇ。その御使い様ってのは意思の疎通ができるのか?」
父の横へと回り挨拶をしたラフィを、じろじろと無遠慮に眺めて来るのは三人のうち一番前に座った男だった。
茶の髪を乱雑にまとめ、不精髭の生えた男は黒い瞳を細めている。その左頬にはひきつるような火傷の痕があって、なんとも人相が悪かった。
「当然です。御使い様を何だと思っているんですか」
「ははっ、ただの獣だろ。俺たちゃ各地のそういう竜を狩って来た精鋭だ」
「何を!」
「まぁ何度も申し上げている通り。あなた方にとってはただの獣だとしても、この里にとっては重要な守り神であり、霊山の遣いなのです」
喧嘩腰な娘をやんわりと遮って、父が話を引き継いだ。シデは前には回らず男たちの後ろについて三人の客人の挙動に目を光らせる。
「その神は何をしてくれるんだ?」
「魔獣や吹雪からこの地を守ってくれています」
「確かにこの辺にゃ魔獣が居ないようだが、そりゃ竜がただ食事をしているだけだろ? まぁいいや。俺たちゃそれを狩ってやるって言ってんだ。これまでの竜中心の生活から解放してやる」
霊脈から溢れ出す魔力は時に動植物に溜まり、狂暴な獣へと変化させることがあった。ラフィも聞いたことはあったが、この里は御遣いの加護のおかげか一度も現れたことがない。
「私たちはこのままで良いと申しているのです」
「そりゃ物を知らんだけだ。少し見させてもらったが、この辺りの木々は魔力を含み、特に頑丈だ。こいつぁ良い建材になる。領主から開拓許可は貰ってんだよ」
「森を切り拓くと?」
「おうともよ。そうすりゃこの寂れた里も大賑わいだ。街で使う硬貨に困ることもなくなる。そういった豊かな生活を、子供たちに送らせてやろうと思わんのか。いつまでも古い風習のまま竜のご機嫌取り?」
子供を引き合いに出されてラフィの父は黙ってしまう。確かに里は一年の半分を雪に覆われ、お世辞にも豊かな生活とは言えなかった。
思わず自分の娘の顔を見て考えてしまう父に娘は不満そうな目を向けるが、相手はそこを見逃さない。
「ほら見ろ。伝統守って子供にろくな飯も食わせられないんじゃ本末転倒だ。何も悪い話じゃねぇ。そのあと森を開拓して発展する道は用意されてんだぜ?」
「しかし」
「今まではただ従うしかなかったんだとしても、これからは違う」
言い淀む父と、得意気に語る男を前に、ラフィはすぐにでも言い返したい気持ちでいっぱいだった。しかし、語られている内容が難しくて理解ができない。
「それ、両立できないんすか?」
男たち三人の後方、腕を組んで話を聞いていたシデが発言していた。もう少しで丸め込めそうだとでも思っていたのか、紹介もされていない若者の発言に、男は明らかに気分を害したようである。舌打ちをして背後のシデを睨みつけていた。
「馬鹿言うな。森の開拓にそんな獣が居たんじゃ作業できねぇだろ」
「だから、別に殺す必要はないっすよね。そりゃあんたら竜殺しの達人からしたら仕事がなくなっちまうんでしょうけど」
「なんだぁこのガキ」
どちらも殺気立っている。そもそも里としては大切にしてきた存在であり、その加護を得る大事な祭事の前だ。シデははじめからその存在を害そうという客人たちに良い感情を持っていなかった。
男も気が短いのか、その挑発に立ち上がる。里の中に入る際に武器の類は取り上げられていたのに、それでも弓を持った相手に強気な態度だ。
「そこまでじゃ。客人座られよ。青年団長もじゃ。どうかな客人。本当に、我が里の守り神が他と違うて害のない神聖なものだというのなら、両立も可能じゃろう。この件には歩み寄りが必要じゃ」
「そりゃそうですがね。どう証明するんで?」
「うむ。明日、そこな巫女が御使い様の世話をする様子を見学せい。そこで十分害のないものだとわかるじゃろう」
「そいつぁ構いませんがね」
「ただし、御使い様は神の眷属。そちらが無礼を働けば、いくら温厚な御使い様とて荒ぶる力を見せるじゃろう。千里を駆け、闇を切り裂き、万の軍勢を打ち倒すと伝わるその力、決して侮ってはならん。そこで、適切な距離を保てるようそこの青年団長をつける」
長の提案に男は露骨に顔を
「そいつぁ困る。こいつぁ客人に牙を向けるような若造だ。俺らが刺激したとして獣をけしかけられたらたまらねぇ」
「それはどうかのう。わしは我が孫シデがそのようなことをするとは思えん。そうじゃなシデ」
「はっ、決してそのようなことは致しません」
「孫?」
「そうじゃ。青年団長はわしの孫、シデという。ま、開拓の話はこちらとしても願ったりじゃが。侮辱する相手はよく選んだ方が良いのう」
長が高笑いをしてその場は解散となった。ラフィにはよくわからなかったが、ともかく明日はこの鼻持ちならない客人が御役目を見学に来るらしい。
自分と御使い様の姿をたっぷりと見せつけてやろう、とラフィは心に決めるのだった。
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