105話


(どうすればいい? なにか私にできることはないの……っ!!?)


 何も出来ない自分が歯がゆくて、グッと唇を噛み締める。ギュッと握り拳を強く作ったせいか、爪が指の肉に食い込み、皮膚が裂けるのをどこかで感じた。

 焦っていることが近くにいてもわかるのか、側にいる白翼猫ブランリュンクスが一つ鳴き声をあげた。それはこちらを心配しているように聞こえたが、焦っている女性医師にはそれすらもわかりようもない。


 変わらず治療部屋からは彼女の悲鳴が絶えず聞こえてくる。

 その悲鳴に負けず劣らず聞こえてくるのはビリビリとなにかが引き裂かれるような音、ピシピシとヒビが入る音、ガシャンとなにかが勢いよく倒れる音、そして―――バキバキと、治療部屋の木製扉がひび割れる音。

 そしてそれを包み込むかのようにビュービューと唸る風の音だった。どうやらなかで暴走状態にあるのは風を司る精霊らしい。

 圧倒的な存在が一つとはいえ、暴走に入った精霊というのはこうも怖いのかと女性医師は恐ろしくなった。


 同時に彼女の精神状態は大丈夫なのかという不安がどんどんと大きくなる。『焦りは禁物』・『急がば回れ』とはよくいうが、それでもこの騒動になにをしなければならないかを考えられなかった。







 ―――そんな時だった。バタバタと駆け足で階段を上がってくる音が聞こえたのは。

 聞こえるのは一つ。その音の様子から急いで駆け上がっているのがわかる。


 やがてだんだんと近くなり、廊下の奥の方でその姿を現した。その人はすぐに大きくなってこちらに近づいてくる。同時に彼女にとってはいつも見かける者になった。

 その見知った姿に気付いた女性医師は、呆然とその名前を呟く。



「………ドミニク、代表?」

 と。

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