74話

 

            * * * * *






 大通りに一歩踏み出す。たったそれだけで一人と一匹はたくさんの人込みの中に飛び込んだ。



 どこを見ても人の波は途切れることを知らない。それどころかまだまだ人が増えていきそうな勢いだ。

 お昼時だからいつにもましてここは賑やかで。やはり昼の市場は『すごい』―――その一言につきる。


 そしてこの二人、すでにもうここに飛び込んでしまったことを深く後悔し始めていた。どちらも人ごみが苦手だからである。

 しかしあの客人を探さねばこの白翼猫ブランリュンクスが可哀想だ。一匹でいるのは寂しいに違いないし―――なによりも面倒事を増やすのは避けたいのがグレイの一番の本音である。関わってしまったことをすでに後悔しつつも波に巻き込まれないよう、ゆっくりと歩き始めた。

 彼女スカイが肩から転げ落ちないように腕でしっかりと支えながら。




「…………はぁ」

 ため息が小さく空に消えていく。それは人が多いせいでなかなか前に進むことができないストレスからか、それとも別の理由が原因か。

 どちらにせよ、そのせいでこの面倒事が終わらないのは紛れもない事実である。


 今、一人と一匹は大きな人の流れの中央部にいた。


(……裏道の方が、もしかすると楽だったのかも知れないにゃあ………)

 面倒臭さが息と共に空へと消えていった。

 そんなことを考えている間も行き交う人は徐々に増えていっているようで。少しずつ足止めを食らうことになっていった。

 盛大に舌打ちしたいのを必至に堪える。そろそろこのストレスも限界すれすれに近く、舌打ちすることでそれを発散させたいのだが・・・場所が場所。そういう訳にもいくまい。

 それでも全然進まない流れに、じわじわと苛立ちは募るばかり。あまりの進まなさにグレイは真剣に〝裏の道で探したほうが早いかもしれん〟と考えたほどである。








 ―――けれど。その思考を止めたのはとある会話が聞こえたから。

 近くにいるのは二人組の男性。少しばかり依れたような服装や持っている大きな荷物からしてここで休息を取りに来た旅人のようだ。長いマントを羽織り腰には護身用の剣をつけ、背中にはたくさん入ると言う大きなバッグを背負っている。

 そしてその手には串刺しの焼き肉やここいらで作られる固いパンがあった。近くに串焼き屋があるため、仄かに焼けた羊肉の独特な匂いが漂う。

 その匂いを嗅いだ白翼猫がその男性らに近づこうとしたので慌てて彼女の身体を押さえつけた。厄介ごとになるのは嫌、それに限るからだ。


「………しっかし今日は本当に変な日だ。なんだってここに隣国の兵士が来てる? しかも規模は数十人ときた」

「だな。グラスウォールの兵士だろさっき見かけたのって。あのドラゴンの爪の紋章―――そういうことだよな」



 ピクリ・・・グレイの三角の耳が会話を聞こうと動いた。同時に暴れていた白翼猫も暴れるのを止める。

「あぁ。しかもあれは、罪人を捕らえるための特殊部隊と見た。この前行っただろう? グラスウォールの城下街に」

「そういえば………隣国に行ったあの時も見かけたっけか。まっ、あそこは今荒れてるし見かけるのは当たり前か」

「そうそう。今の国王だったか? そいつが酷いのなんのってみぃんな噂してんだ。だから今、行くのは止めておくべきだよなあそこは。そこらじゅうに犯罪者がうようよしてんだからさ」

「そうだな………しかし惜しいことをした。あそこは旨い飯や町並みが綺麗だっていうから行ってみたんだが。あれじゃあ人にすすめることが難しいってもんだ」




 ―――会話を聞きながら、グレイは情報の整理を始めた。

 まずはひとつ。この街に隣国の罪人を捕らえるための部隊が来たこと。

 それから隣国は思った以上に荒れており、そこかしこに犯罪者がうようよと歩き回っていること。今の会話にあったのはその二つだ。

 二つ目は関係ないので置いておいて、ひとつ目は大事な情報である。もしかすればここであの客人を見つける手がかりになりうるだからだ。

 聞けばあの、隣国から狙われているというではないか。どんな内容で追われているのかは分からないが、その部隊は恐らくあの客人を探しているのだろう。ここにいるかも知れないという確かな情報を持って。






 なにはともあれまずはどこで見かけたのかを聞かねばならない。グレイは一度深呼吸をすると、

「すまないが、その兵士がいる場所を教えて欲しいのにゃ。交渉は可能かにゃ?」

二人組に話しかけたのだった。

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