70話

 その言葉を聞いたディックは―――

 考えるよりも先に言付けてきたその男性を押し退け、静止の声も無視して走り出していた。






          *  *  *






 同日、おおよそ一時間前。

 久々にできた休暇にグレイはというと、市場の方に来ていた。理由はしごく簡単、次の依頼クエストに行くための買い出しである。

 なぜ休暇なのにもかかわらず市場に来ているのか。というのも、さっきまでバタバタと依頼の後始末の方が忙しかったからだ。

 といってもドミニクに紙の報告書を提出し、次の依頼クエストをどれにするかを確認するだけの単純かつ楽なものだが・・・ここで問題が1つ。


 それは受けた依頼の報酬をどうするか、ということ。

 今回は町周辺の調査と警備・とある薬草採取の依頼というのがチームで行った全ての依頼内容ものである。しかしその報酬の量は全部合わせたとしても二百枚ものの硬貨が一袋―――とかなり貧相な額だったのだ。

 これを四人平等に分けるとなると、大体一人五十枚ほどの計算になるわけで。


 最初は平等に金額を分けるはずの予定だったが―――そこに異議を唱えたのがリーダーであるスティーブ。

 彼曰く『今回は報酬の分け前はなし! そんな額なら食料の買い出しに使った方が得する!』、とのこと。

 なので―――休暇だというのにグレイは買い出しに出ているのである。ちなみに買い出し係はじゃんけんによって決定したことはここだけの話だ。




 ―――とまぁそんな経緯を経て、今に至る訳だが。

(……面倒くさいのにゃ)

 さっきのことを思い出したのか、深ーいため息を着くグレイ。しかし渋々といった表情で、市場がある大通りに足を踏み入れた。




 相も変わらず賑やかな大通り。時間帯はもう昼なのか余計に人が多いように感じる。どこかから焼けた肉の匂いや甘い菓子の匂いがふわりと中心にある三角の鼻腔を霞めた。

 それが余計にグレイのストレスへ拍車をかけていたりするのだが・・・とはいえ食べ物に罪はない。そもそも一番の原因になっているのが、この大通りを利用する大きな人混みだからだ。

 昔も今も人混みが苦手なグレイは、このランデルの町ではいつも大通りの途中にある細い道を利用している。その方が効率がいいし人も少ない上に時間もあまりかからないし、何よりも自分の苦にならないですむのだ。

 そんな訳でグレイは今日も裏道へと続く細い道へ入って行こうと思っていた。買い出しのためだけにわざわざストレスを溜めてまで市場のある大通りに行くことは、これ以上それを溜め込みたくないグレイには到底無理なもの。スッキリサッパリ苦もなく終わらせるに限る。


 ということですぐさま近くにある細い道に入った。そして大通りに沿った裏道を、足早に歩いていく。

 ただただはやく買い出しを終わらせるために。それからついでに爽やかに送り出してくれた仲間たちへ早く文句を言うためにも、サクサクと終わらせたかった。







 細い道に入ってから数十分くらい経った頃のこと。

 不意に彼の三角耳に猫の鳴き声らしきものが微かに聞こえてきた。誰かを探しているのかそれとも道に迷ってしまったのか。とても不安そうな鳴き声が風にのって聞こえてくる。

 どうしてか気になったグレイは、その声を頼りに聞こえる方へと警戒しながら歩いていった。


 するととある十字路にキョロキョロと辺りを見渡している一匹の小さな猫がその中央にいた。

 毛並みは白く瞳はキラキラと太陽に照らされて輝く金色こんじき。その肢体は細すぎず、また決して太くはない。よほど不安なのか先ほどから白い尻尾がユラユラと揺れている。

 一見普通の猫のように見えるが・・・その背中に生える白い翼が普通ではないことを物語っていた。




 ・・・そう、そこにいたのは―――レイラの肩から振り落とされた、あの白翼猫ブランリュンクスのスカイだったのだ。

 同時にグレイは思った。これはまたとんでもなく面倒臭いことに巻き込まれそうな予感がする、と。

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