28話

 ディックは拳を固く握りしめ、村人たちの止める声も無視して役人たちに向かってビュンと疾風のごとく駆け出した。そうして一瞬のうちに彼らの懐に己の身体をするりと潜り込ませる。

 その俊敏さに躊躇しているのを見計らってその拳をディックは拘束している役人の顔―――ではなく後ろの木に向かって思いきり振るった。拳が木の幹にめり込むくらい強く、それでもって男の横顔すれすれに。


 メリメリメリッ!


 木の皮がひび割れ、なかの白い部分が顔を出す。粉がパラパラと舞うように落ちていき、小さな木屑のトゲが幼馴染みの指にプツプツと突き刺さっていく。それでも拳はなおも幹に嵌まり、抜きとる頃には拳の跡が残った。

 そのあまりの迫力に、役人の男ずるずると背中から座り込んだ。拘束が緩んだのに気づいてちらりとレイラがその方向を見てみれば、ぐりんと瞳が大きく上を向いていて。どうやらディックの気迫に一瞬で気絶したらしかった。


 たまたまできたその隙を彼女が見逃すはずもなく―――左の腕の拘束を解いて、もう一方の腕の拘束を解きにかかった。とはいえ右側にいる役人の男もディックの殺気に圧倒されていたので、抜け出すのはとても簡単だったが。どうやらこちらも怖くて腰が抜けたらしい。


 次にディックは顔面蒼白になっている二人の役人、その上司らしきあの狐顔の男に狙いを定めた。そしてもう一度拳をつくるとその男に襲いかかったのだ。


 男は下品な悲鳴を上げながら逃げ始めた。

 逃げ足だけは一丁前に速かったらしく、周りが唖然としている間に一定以上の距離を作って逃げていく。しかしそれすらも織り込み済みかのように、幼馴染みの方も男を容赦なく追いかけていった。

 結局、その場にはなんとも言えない気まずい空気が漂った。






 突然のことに村の人たちは恐怖を感じた。子供たちは怖がって逆に泣き止んだし、他の人々も眼の前の光景に身体を強張らせていて。


 ―――そんな空気を破ったのは腰を抜かして座っていた右側の役人だ。


「……っ下民の分際で我らに逆うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ガクガクと震えながらも男はポケットからあるものを出して、宙に放りあげる。

 それはキラキラと輝きながら放物線を描いて宙に舞いあがっていき、よほど高く上に投げたのかすぐに見えなくなった。




 ほとんど一瞬だったが、が一体なんなのか始めに気づいたのは村の男たちで。

「っ子供たちとおじい・おばあを優先順位で村の外に出せっ! このままではもろとも巻き込まれておっ死ぬぞっ! 早く移動しろ!!」

 村長の指示により、村人たちは慌てて子供たちを避難させ始めた。なかなか立つことのできなかったレイラも、幼馴染みの母に支えれながら他の皆と共に村をあとにしようとする。



 けれどもその前に。

 ようやく放りあげたものがくるくると綺麗な回転をしながら地面に落ちて小さな衝撃音を放った。


 次の瞬間。





 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンッッッッッッ!!!





 太陽にも劣らないくらいに煌めく閃光と竜巻にも似た暴れる風にあたりは包まれ、大きな爆発が起きたのだ。

 ―――逃げていた村人たちやこの村に来た役人たち、さらに村全体をも全て巻き込みながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る