第二章 真実 1


10年後…

 ライラック地方の北に位置するクランベリー城では、年頃になったメアリー王女が誰を皇子に迎えるかで持ち切りだった。エマと違って大人しいメアリーは体の線も細く、絵に描いたような美人であった。髪はロングの銀色で、鳶色の瞳をしている。ドレスをまとうと城内の誰よりも美しかった。

 メアリー王女の一人目の婿候補は、ホロウィッツ卿の息子だった。名前はパトリック。クランベリー城の正門を警護している。

 もう一人の婿候補はペペ隊長である。10年前の事件で処刑されたロメロ将軍の一人息子だ。

ホロウィッツ卿の陰謀によりペペ隊長は、将軍の後継でありながら、隊長より上の地位に昇進したことはない。

 そんな矢先、城内でペペ隊長が暗殺されるという事件が起きた。メアリー王女の婿候補となっていた人物だけに、城内だけでなく市民の間でも関心を集めた。街の酒場に至ってはきっとホロウィッツ卿の仕業だとか、いやきっと自殺だろうなどと噂が行き交った。

ペペ隊長の国葬が厳かに執り行われると、数ヶ月後にパトリック将軍がメアリー王女の婿、つまり皇子となった。この政略結婚によって、ホロウィッツ卿の権力は揺るぎないものとなった。


 エマとチョコは、メアリーが城に嫁いでからずっと反撃のチャンスを狙っていた。理由は、ライラック地方の実権はメアリー王女ではなく、ホロウィッツ卿が握っていたからだ。スケリッグ王は王様ではあるが、高齢のため国の政治はメアリー王女とホロウィッツ卿に委ねている。

 しかし、長年ライラック地方の政治に携わってきたホロウィッツ卿に控えめなメアリーが抵抗できるわけもなく、実質的にライラック地方の支配はホロウィッツ卿が牛耳っていた。もちろん大臣の中にもホロウィッツ卿の支持者がいた。


 そうした情勢下で、エマとチョコは密かにドッペルゲンガー伯爵から特訓を受けていた。ピンチに見舞われたことで偶然にも魔法に覚醒したチョコは、特訓によって、いつでも防御魔法サンクチュアリを詠唱できるようになった。

 また、いろいろなところが大きく成長したエマは、胸をぷるんと揺らしながら、使用人のリーから武術を習っていた。エマは、汗だくになると服が肌にはりついて、性格とは裏腹にセクシーになる。

「エマ」

「何ですか、師匠?」

「その……、疲れただろう? 休憩したらどうだ?」

「すぅぅぅぱぁぁぁ、元気ですっ!」

「そうじゃなくて、そのチュニックを取り替えたらどうだ?」

変な事を言う師匠にエマが何気なく自分の谷間を見た。アゴから流れた汗が胸へと滴り、服にへばりついている。

「まだ、大丈夫です。師匠!」

「休憩も必要だ。少し休むんだ」

「師匠がそういうなら…」

エマはいそいそと中へ入り、仕方なく服を新しいものに取り替えた。


 リーの教える武術は、ドラゴン拳といって、上体を大きく前へかがめ、両手をドラゴンの翼のように広げる。このポーズは動物でいう”敵への威嚇”を模している。同時に防御も兼ねている。例えば、正面からの突きは両手を振り下ろしてガードする。

攻撃もドラゴンの如く、後ろ足をドラゴンのしっぽに見立て、足払いをお見舞いする。

 そして、ドラゴン拳最大の特長は、膝ぐらいまで上体をかがめた極端な前傾姿勢である。そのため、エマが構えるたびに、たわわに実った胸の谷間がリーの視線に否応なしに入ってくる。リーは、なんとかして気を逸らそうと努力するが、ピクリと反応してしまう。試しにリーは一人での修行を豊乳のエマに勧めてみた。

「エマ、もう私と手合わせしなくても修行できるだろう?」

「いえ、まだです!」

違う興奮を抑えつつも、リーはエマにドラゴン拳を教え続けた。


 ライラック地方の武術には”北ライラック流”と”南ライラック流”が双璧を成している。

全身をバネのようにして柔軟な攻撃を繰り出す流派が北ライラック流、「キエェェェェェイ!」とか「ハアッ!」といった叫び声ともとれるような”オーラ”とともに突きや蹴りをお見舞いする流派が南ライラック流である。

 体の柔らかいエマは、その北ライラック流の系統に属する”ドラゴン拳”をリーから学んでいる。全身をフル活用して、前後左右に技を繰り出すドラゴン拳には、体の柔軟性が必要とされる。いろいろなところが柔らかいエマにはぴったりだ。

無論、南ライラック流のように攻撃と同時に掛け声を出すこともない。

 しかし、元来よりお転婆なエマは「すぅぅぅぱぁぁぁ」などというけったいな掛け声とともに、ドラゴン拳の技を繰り出してしまう。

「エマ、別にドラゴン拳に掛け声はいらないぞ。いるのは南ライラック流だけだ」

「でも、攻撃するときに叫ばないと調子が出なくて…」

エマが恥ずかしそうに俯いた。

「まあ、それもよかろう」

リーはドラゴン拳の構えのまま、ポリポリと顔をかいた。

「師匠、がんばりますっ!」

(構えは同じだが、私のドラゴン拳のイメージとだいぶ変わってしまった…。)

こうして、リーは斬新なドラゴン拳をエマに伝授することになった。


 一年間の特訓を終えたエマとチョコは、故郷の北ライラックに帰っていた。ときおり、バニラを通じて、王室での暮らしも耳にしていた。エマは滅多に口に出さないが、王室で暮らす妹のメアリーのことをいつも気にかけていた。

 一方、クランベリー城では、パトリック将軍が親衛隊隊長に格上げされていた。親衛隊ということは常に王様のそばで警護するわけだ。戦場に行くこともないので、命の危険にさらされる確率も低い。これもホロウィッツ卿の差し金だろう。

 また、亡きペペ隊長の後継には、ホロウィッツ卿の息がかかったハーレックが着任していた。こうして、メアリー王女を除き、城内の重要なポジションには、ホロウィッツ卿一味が着任した。

せめてもの救いは、メアリー王女の侍女としてシャノワール夫人が潜入できたことであろうか。

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