第一章 覚醒 8
此度の反乱で首謀者とされたロメロ将軍は、翌日に処刑されてしまった。反乱に加担したものの裏手で待機していたオーウェンは身分の剥奪と南ライラック地方への左遷で済んだ。
次は自分たちの番に違いないと思ったエマとチョコは、おびえながらも脱獄の方法をひそかに考えていた。
というのも、エマがメアリー王女の実の姉だからだ。地下牢と言っても食事も与えられ、拷問なども一切されていない。メアリー王女こそ面会には来ないが、それほど劣悪な環境でもない。
「エマ、何かいい作戦はあるかニャ?」
「うーん、死んだフリ作戦」
「それは、危険ニャ」
「チョコの爪で壁を削って逃げるのは?」
「悪くないけど、ちょっと時間がかかるニャ」
決定的な作戦が思いつかないまま、10日が過ぎた。
毎日の食事には一切れのパン、そしてレンズ豆のスープが出された。質素だが10才になったばかりのエマの体力を回復するには十分の量だ。ふいに、エマはトレイの下に”紙切れ”があるのに気づいた。
そこには、こう書かれていた。
”今夜、救出する”
エマは慌てて紙切れを懐に隠して、チョコに耳打ちした。
「それは本当かニャ?」
エマが親指を立てて、ニッと策略家の顔を浮かべた。
間もなく、エマは見張りに悟られないように狸寝入りをした。
ドカーン!!
エマのおならと同時に急に地面が陥没して、エマたちは真下に落ちた。人間より嗅覚のするどいチョコは前足で鼻を押さえている。どうやら、エマのおならが相当臭かったらしい。
「大丈夫か?」
気づくと白ひげの老人がエマとチョコをのぞきこんでいた。
「わしはムハンマド。助けに来たぞい」
エマは慌ててチョコを抱きかかえた。初対面だが、この人が救世主だと、エマは一瞬で感じ取った。
「ほら、いくぞ」
すると、絨毯の上にムハンマドはあぐらをかき、ふわりと浮いた。エマは思わず歓声を上げた。
「すぅぅぅぅぱぁぁぁぁ、かっこいい!!」
少女とは言え、ほめられたムハンマドはまんざらでもない様子だった。
しばらく絨毯に乗ったまま進むと兵士の亡霊が現れた。ムハンマドは、力づくで戦っても勝ち目はないと思い、敵の攻撃をふわりふわりとかわした。しかし、亡霊の数が増えてくるとムハンマドもエマとチョコをかばいながら進むのは大変そうだった。
ふと、エマが壁にあったでっぱり押した。奥の方で歯車の回転する音が鳴り、左右の壁が一気に崩れ始めた。
「何事じゃ?」
驚いたムハンマドが声を上げる。崩壊する壁の下敷きになって、亡霊の数も減っていく。
しかし、このままでは自分たちも危ない。
その刹那、本能的に危険を察知したチョコは、みんなを守ってほしいと心の中で強く、強く念じた。
すると、チョコを中心に六芒星の魔法陣が音もなく回転を始め、そのスピードが徐々に増していく。やがて、青白いドーム型の光がチョコたちを大きく包んだ。
それは、チョコが防御魔法”サンクトゥス”を覚えた瞬間であった。
次々と崩壊していく壁のドミノから、光の球体がチョコの仲間を守ってくれたのだ。エマとムハンマドは初めて伝説のフェニックスに遭遇した少年のように、光の防御壁を眺めた。
そして、数十秒で塔の全ては崩れ去り、残骸の山となった。チョコとエマ、ムハンマドを除いて、動いているものはない。ただ、草だけが風にそよいでいる。
「今じゃ!!」
ムハンマドはエマをひざにかかえ、エマはチョコの首根っこをつかんだ。こうして、間一髪のところでムハンマドたちは牢獄塔からの脱出に成功した。
クランベリー城の”牢獄塔崩壊事件”は、ひと月もしないうちにライラック地方全土へと知れ渡った。
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