第一章 覚醒 4

 ホロウィッツ卿は馬のあぶみに足をかけると颯爽と走り去った。

「まさか、こんなヤボ用につきあわされるとはな………」

馬に揺られながら、卿は愚痴を言った。

 コウモリがいそうな洞窟のそばまで行くとホロウィッツ卿は、ゆっくりと馬から降りて辺りを見回した。

ひとまず、手近にある木の棒を拾って、薄暗い洞窟へと入っていった。ごつごつした天井に止まっている無数のコウモリを見ると、一匹に狙いを定めてすばやく叩き落とした。無駄な殺生は動物でもしないのが、ホロウィッツ卿のポリシーである。

 叩き落とされたコウモリはキューキューと細く鳴いた。逃げようと羽根をばたつかせるとホロウィッツ卿が棒で押さえ、手でそっとつかむ。生きたまま布製の袋に入れると、ゆったりと葉巻に火をつけて、小さな狩りの余韻を楽しんだ。

「さて、行くか」


***


 貴族を彷彿とさせる猫のバニラと少女エマという奇天烈なコンビは、温泉地へと向かうことにした。屋敷の大きな扉をエマが両腕で力いっぱい押すと、アプローチに出た。

「エマ、どこかで硫黄の臭いをかいだか?」

「うーん。硫黄って?」

「エマのおならみたいな臭いだ」

それを聞いたエマは首を横に振った。

「では、ビュート男爵とテレパシーしてみるか」

するとバニラは立ち止まり、ビュート男爵と交信を始めた。

 どうやら、バニラはビュート男爵と離れた状態でもテレパシーで会話ができるらしい。エマはその様子を不思議そうに眺めていたが、すぐに飽きてしまった。さっきから、草むらに逃げ込んだウサギを追っている。

「エマ、わかったぞ」

少し離れたところからエマがくるりと振り返る。

「イスカという街で温泉が出るらしい」

「すぅぅぅぅぱぁぁぁぁ、うれしい! これで、チョコも助かるんだね」

くりくりとしたエマの目が輝いた。

「うむ」

バニラが慣れた手付きでユニコーンを呼ぶ。

「エマ、行くぞ!」

まず、小さいエマがユニコーンにまたがり、次にエマの肩にひょいとバニラが飛び乗った。

駆けだすと、エマは振り落とされてはなるまいと両手でユニコーンのたてがみを掴んだ。そして、手綱を引くのはバニラという実に滑稽なライディングである。


***


「モモ、ウミガメって、何だ?」

マイケルが白猫のモモに聞いた。

「海に住む亀だよ」

モモはそのままを答えた。どうやら、マイケルは海の生物には、詳しくないらしい。

「そうか。じゃあ、海まで行ってみるか」

マイケルの馬車がゆっくりと伯爵の屋敷の門を離れていった………。


***


 温泉地・イスカへと向かうバニラとエマは、半日ほどで目的地に到着した。ユニコーンには翼が生えているので、馬より速い。

 エマの肩から降りたバニラが温泉をすくいに行くと、エマは硫黄の臭いでユニコーンから落ちそうになった。エマのおならも臭いが、硫黄はそれに負けじと臭い。

 バニラが戻ってくるとエマは必死で鼻をつまんでいた。

「どうした? エマ」

バニラが冷やかした。

「すぅぅぅぱぁぁぁ、臭い!!」


 村人の話では、長老に聞けば温泉の成分もわかるそうだ。バニラがユニコーンというかエマの肩に乗ると長老の家を探した。その間、エマはずっと鼻をつまんでいた。自分のおならより他人のおならの方が臭く感じるのと同じ原理であろう。

 イスカは小さな街なので、長老の家らしき建物は、すぐに分かった。なにせ周囲の家よりずっと大きい。いかにも長老という感じの佇まいだった。

 どうやら、家の前の手頃な岩に座っているのが長老らしい。長くて白い髭を垂らし、長老然とした風貌である。

「この温泉の成分は何でしょうか?」

バニラは丁寧に尋ねた。

「この温泉は、そこからとってきたのか?」

長老らしき人物は葉巻の煙をフゥーと吐いてから言った。

「そうです」

バニラが正直に伝えると、達観した口調で老人は口を開いた。

「それはアルカリ性じゃ」

「実は、治療のために弱アルカリ性の温泉が必要なんです。どこか弱アルカリ性の温泉が出るところをご存知ですか?」

「それなら、そこの池から湧き出ている温泉を持っていけばよい。ただでやるぞ」

自然に湧き出る温泉から、お金をとるつもりだったのかと内心、呆れたバニラだったが、だまってすくうことにした。




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