第一章 覚醒 2


 翌朝、屋敷でマイケルに診てもらったが、チョコの右の前足がびくともしない。きっとボーガンの矢のせいだろう。

 苦痛にもだえるチョコを皆が心配そうに見つめる。物心がついたときから一緒だったエマの目は、涙で溢れている。

 重苦しい雰囲気の中、沈黙を破ったのはビュート男爵の一言だった。

「ドッペルゲンガー伯爵なら、治してくれるかもしれない…」

エマがぐしゃぐしゃの顔で尋ねる。

「その、ドペなんとか伯爵はどこにいるのぉ?」

「ちょっと変わり者でパプリカ高原に住んでいる」

「パプリカこうげん?」

エマの頭の中は、はてなマークで溢れた。

「そう。ここから東に行ったところだ。途中は山道が続くから、馬で行くのが一番早いだろう」

「わかった。行ってみる」

エマは涙をふきながら、ようやく答えた。


荷馬車には、エマとケガをしたチョコ、バニラ、モモが乗り込んだ。手綱を握るのはマイケルだ。少し行くと、マイケルはずっと同じ馬が後をつけているのに気づいた。

まもなく、エマたちの前に馬が立ちふさがった。いつの間に先回りしたのだろうか。なかなかの馬の名手である。

 するといかにも貴族然とした格好の一人が言った。

「私は反メアリー派のホロウィッツである。お主らと交渉をしたい。我々にエマを渡してもらえないだろうか?」

マイケルは自分たちに戦う力がないことを考慮して慎重に答えた。

「残念ながら、交渉には応じられない。今はチョコの治療が先決だ!」

「では、大事に扱うゆえ、そのチョコとか言う黒猫を治療に行くまでの間、預からせてもらおうか?」

猫とは言え、ケガをしている。戦闘となったら、勝ち目はない。マイケルは怒りを抑え、ホロウィッツに従うことにした。

「構わない。ただし、あんたはオレたちの馬車に乗ってもらおう。これが条件だ!」

「ふむ。よかろう」

ホロウィッツ卿は、あごをなでながら言った。


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