第一章 覚醒 1
シャノワール夫人の手引きで、一命をとりとめたビュート男爵は、ある大胆な作戦を計画した。それは、メアリー王女の戴冠式に私設のマヨール楽団を潜入させるというものだ。
「作戦の概要を説明する」
ビュート男爵は続けた。
「まず、式典が行われる聖堂の屋根の上にエマとモモ、そしてチョコを待機させる。これが救出部隊。内部のマヨール楽団の一人にバニラを紛れ込ませる。もちろん魔法で人間の姿になる」
男爵はひと息いれた。
「次に、聖堂の入口でマイケルを待機させておく。マヨール楽団の演奏がフィナーレにさしかかったところで、エマが聖堂の天井の窓から急降下し、メアリーを一気に救い出す。そして、バニラが召喚したユニコーンで逃げるという寸法だ」
バニラがビュート男爵に確認する。
「エマはどうやって支えるんだ?」
「モモとチョコがロープを吊って、上から支える。エマは子供だから、猫二匹でなんとか支えられるはずだ」
「エマがメアリーを救出した後は?」
バニラが続けて聞いた。
「エマはメアリーとユニコーンに乗ったまま、聖堂の真ん中を突っ切る。門を出ると、そこで待機していたマイケルが後方を固め、追撃を阻止する作戦だ。どうだろうか?」
バニラだけでなく、エマもうなずいた。まるで子供が親のまね事をするように。
「ところで、シャノワール夫人。式典はいつ行われるか調べてくれたか?」
シャノワール夫人は優美な扇子を口に当てたまま答える。
「10日後と聞いておりますわ。オホホホホッ」
王女の戴冠式とあって、聖堂には市民も多く詰めかけていた。式典には出席できないものの、聖堂の近くまでは行ける。
中では、参列者に迎えられたスケリッグ王とメアリーがゆっくりと中央を歩いていく。聖堂の奥では、バニラがシンバル奏者に扮し、演奏に入った。聖堂の外に目を向けるとエマがロープをがっちりと腰に巻き、両脇で渦巻き状になったロープの束を見つめた。
「チョコ、モモ、期待してるよ!」
「まかせてニャ」
二人は前足を挙げて合図した。子供だがエマはピンチに強い。
聖堂では、演奏がフィナーレにさしかかった。次に指揮者が指揮棒を下した時がシンバルの叩く拍である。バニラが指揮者と目を合わせ、シンバルを構える。
シャアアアアァァァン!!
エマがシンバルの大音量に合わせて、急降下を始めた。
「すぅぅぅぱぁぁぁ!!」
モモとチョコがロープをギュッと前足で支える。
「モモ、ふんばるニャ!!」
「うん!」
ふいに降下中のエマの足が玉座の背もたれに当たった。
しかし、演奏は止まらない。
「あっ!!」
エマは思わず声を上げた。
目の前ではスケリッグ王が大きく口を開けている。どうにかエマは、腰に巻いたロープをほどき、正装のメアリーを小脇に抱えた。
バニラが、その様子を確認すると、革靴のかかとで地面をトンッと叩き、ユニコーンを魔法で呼び寄せた。
いきなり聖堂に姿を現した珍獣に参列客は、あっけに取られている。
城外。
緊急の知らせを受けた門兵は、大急ぎで城門の跳ね橋を上げ始めた。
聖堂の入口で、その様子を見て取ったエマは、ユニコーンの腹をさらに強く蹴った。まもなく後方に待機していたマイケルの馬車が護衛に回る。
一方、聖堂の屋根の上にいたモモとチョコの二匹は、マイケルの馬車にタイミングよくジャンプして、聖堂から飛び移った。
「後は、跳ね橋さえ通過すれば救出成功だ 」
マイケルは、猫たちが馬車に飛び移ったのを振り返って確認すると、手綱を強く握りなおした。
(もう少しで跳ね橋を抜ける!)
間一髪でマイケルの馬車は城外へと着地した。車輪が壊れそうなほど大きな衝撃音を立てる。
ところが、跳ね橋を勢いよく走り抜けた反動で、モモとチョコは放物線を描きながら、城の方へ投げ出されてしまった。
その光景はあたかも砲筒に猫を押し込んで、発射したかのように勢いがあった。追いかける兵士はしばし立ち止まり、そのキレイな曲線を眺めていた。彼らの頭の中ではベートーヴェンの「月光」が流れている。
城壁の上に投げ出されたモモは、一緒に飛ばされたチョコを探した。すぐそばにいたが、まだ意識がはっきりとしていないようだった。
焦って、城壁の下をのぞき込むと奥の方から兵士が追いかけてきた。
絶体絶命とは、こういう状況を言うのだろうとモモは思った。
すると向こうから熱気球が悠然とやってきた。ホレーショだ。渡りに船とはこのことである。モモは肉球でチョコを叩いて、起こした。
「チョコ! 早く起きて!!」
必死で起こす。
ようやく気付いたチョコとともにモモが気球のロープにしがみつくと、無数のボーガンの矢が下から飛んできた。
なんとか気球には乗り込めたものの、チョコが矢傷を負ってしまった。
「モモ、助けて………」
チョコは力なく言うと、そのまま気を失ってしまった。
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