三、現在
『調査課各位に伝達する。第三ブロック、五三一三番付近に『遺失物』の反応あり。確認を頼む。繰り返す。調査課各位に伝達する。――』
カーゴパンツのポケットにしまった通信機から、雑音交じりの声が聞こえる。
前を歩いていたフェンリルが、くるりとこちらを振り向いた。
「何だって?」
「この近くで『遺失物』の反応だってさ。見に行くか」
「面倒だな」
「これが俺たちのお仕事だ」
通信機とは逆のポケットから、地図を取り出す。それを広げながらしゃがむと、フェンリルが俺の傍まで来て地図を覗き込んだ。
「結構近いな。行こうぜ、フェンリル」
「仕方ねえな」
立ち上がり、背中に担いだ剣の位置を直す。それから地図をポケットに戻し、別のポケットから通信機を取り出した。
「了解、こちらリヴァイアス。近くにいるのでこれから確認に向かいます。どうぞ」
『了解、こちら司令室。気を付けて向かってくれ。どうぞ』
「了解、こちらリヴァイアス。確認が取れたらすぐ連絡します。どうぞ」
『了解』
通信機をポケットに突っ込んで、後ろを振り返る。俺のすぐ後ろで、フェンリルが鼻を鳴らした。
+++
さて、あれからおよそ五年が経った現在。
結局あれから数週間ほどで完治の宣言が出た。
しかしながら、左目には見事に爪痕が残ってしまっているし、肘や肩にも咬まれた跡が若干残っている現状。それでも左目はしっかり開くようになったので、何も不自由はない。
髪は、それから数か月ほどで真っ白になった。
やはりそのスピードも異常だったらしく、ザルディオグさんがものすごく検査したがった。何度か協力はしたが、いい成果は得られたんだろうか。
委員会にもすっかり馴染んで、友人と呼べる同僚が増えてきた。
アスティリアやレイシャルとは相変わらずな感じで、特にアスティリアとはよく一緒に飯を食う。
で、そんな俺が配属された部署は、巡回部『調査課』。
過去に母さんも所属していたというその部署は、以前アスティリアが説明してくれたような、森を見回ってデータを取るというのが主な仕事だ。
+++
「にゃあ」
「ん、シュバルツ? 珍しいな、一人か」
しばらく歩いていくと、シュバルツと鉢合わせた。
「にゃあ」
「アシュレイとはぐれたのか?」
「にゃーにゃ」
シュバルツがゆるゆると首を振る。
首を傾げたら、足元からフェンリルが言った。
「俺たちだけじゃ心配だからついていくってよ」
「何だよ、そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「にゃあ」
「問題児の癖に、ってよ」
「それ本当にシュバルツが言ってるの!?」
フェンリルの通訳を少し疑って、シュバルツの顔をじっと見てみた。
馬鹿にしたような目で溜息を吐かれた。
本当だと確信した。
「フェンリル、疑って悪かった」
「わかればよし」
溜息を吐いて、シュバルツの横を通り過ぎる。
そのまま目的の場所へ向かうと、シュバルツとフェンリルが俺の後ろをついてきた。
+++
ちなみに、四年間くらいはほとんどずっと修行していたと思う。
相手はアシュレイだったり、フェンリルだったり、時々はシュバルツだったり。あと、休みの日にライディアスにも付き合ってもらった。
ああ、もちろんフェンリルに関する誤解についてはきっちり謝った。そんなもん気にすんな、と笑い飛ばされたけれど。
アシュレイも相変わらずだ。五年経っても外見が全く変わっていない。しかし老化が止まっているわけではなく、元々が不老に近いドラゴンだからとのこと。
シュバルツはと言うと、実は少しずつ白くなってきている。黒い虎であるシュバルツが白い虎になるのも、時間の問題である。
+++
「この辺りか?」
「ん、ああ。この近くのはずだ」
すんすん、フェンリルが地面のにおいを嗅ぐ。シュバルツは髭をぴくぴくと動かし、ゆっくりと周囲の様子を窺っている。
首から提げた懐中時計を開いて、時間を確認。現在時は十四時二十分。蓋を閉じて顔を上げると、どこからか小さな音が聞こえた。
「あ」
即座に駆け出したのは、シュバルツ。
相変わらず反応が速いと言うか、何と言うか。
「フェンリル、シュバルツが動いた!」
「あぁ!?」
シュバルツを追って駆け出せば、フェンリルがすぐに俺の後をついてきた。
「あの虎、心配だからついていくだのと言っておいて自分が一番勝手じゃねえか」
「まあまあ、結局こういうのはあいつが一番得意なんだよ」
そんな話をしながら、樹を避けて草を避ける。
だがしかし、シュバルツの足が速すぎてどうにも追いつけそうにない。諦めて、少しスピードを緩めた。
「あいつ速っ」
「あんなもんにも追いつけねえのか、のろま!」
「何ィ!?」
「ああもう、先に行く! ちゃんと追いついて来い!」
「ちょ」
俺を置いて、フェンリルが駆けていく。その後ろ姿を見送って、溜息を吐いた。
+++
保護されていた期間から大きく変わったことと言えば、部屋だろうか。
本来ならば、委員会に所属すると社員寮に入ることになり、六人部屋の一角を与えられる。だがしかし、俺の場合はフェンリルがいるため、特例扱いで一人部屋を割り当てられてしまった。
そう言うわけで、今はフェンリルと寝床を共にしている状態。ちゃんとフェンリル用の布団も用意してやっているのだが、何故か俺のベッドにもぐりこんでくることが多い。可愛いから許すけど。
そんな状況を利用してか、俺の部屋にはよく同僚たちが遊びに来る。
特によく来るのはレイシャルだ。気付いたら俺の枕元で寝ていることが多々ある。
まあ、この五年間を振り返って言えるのは、委員会みんな仲良くやっているぞということ。
+++
「遅い」
「いや、お前らが速いんだって……」
しばらく走ったところで、ようやくフェンリルに追いついた。
呼吸を整えて前を向く。フェンリルはいるが、シュバルツがいない。
「シュバルツは」
「あっちだ」
「あっち」
フェンリルが顎で指した方を見る。
樹に寄り掛かっている人影に覆いかぶさるような形で、シュバルツがすんすんと鼻を動かしていた。
そう言えば俺も最初の時にあんな目に遭ったなぁ……などと感慨に浸りそうになってから、はっとして声を上げた。
「ストップ、シュバルツ! ストップ!」
俺の声に反応して、シュバルツと人影がこちらを向く。
のそのそとこちらへ歩いてくるシュバルツの頭を撫でながら、俺はその人影を観察した。
高校生くらいの女の子だ。
ところどころ汚れたセーラー服に、栗色っぽい髪の毛。よく見ると靴を履いていない。落ちてくるときに脱げたんだろうか。
「ああ、えっと、驚かせたよな、悪かった。人に危害を加えるような奴じゃないんだ」
シュバルツを撫でながら笑いかけてみたけれど、まだ警戒しているらしい。その少女は怯えたような目で俺を見ている。
どうしたものかと困り果てて、シュバルツの顔を見た。『見つけてやったぞ、ドヤァ!』とでも言いたそうな顔をしている。
「シュバルツ、いったんちょっとフェンリルのとこに行っててくれ」
「にゃあ」
「いや、わかってる! よくやった! 見つけてくれてありがとう! だから行って!」
何とか説得して、シュバルツをその場から離れさせる。
それから少女の方へ向き直る。一歩近付くと、その少女は更に背中を樹に張り付けた。相当警戒されているらしい。
じっとその少女の目を見る。明らかな怯えと一緒に、何やら深い絶望のようなものが垣間見えた。
「大丈夫。君を傷つけるような奴は、ここにはいない」
そう言って笑いかけると、少女は力が抜けたようにへなへなと座り込んだ。
警戒も緊張もやや解けたようで、少女は深い呼吸を繰り返す。近付いて目の前に腰を下ろせば、おずおずと顔を上げる。
「怪我はしてないか?」
「は、はい」
こくこくと何度も頷いてから、少女はまた俯く。目の前の真ん丸な頭をポンポンと撫でてやると、少女は驚いたように顔を上げた。
「大丈夫だって、元の場所に帰る方法だって――」
「帰りたくない!」
俺の言葉を遮るように、少女が叫ぶ。その声に反応してか、シュバルツとフェンリルが顔を出した。しっしっ、とジェスチャーで追い払っておいた。
「帰りたくない……もう、いきたくない……!」
ゆるゆると首を振り、ぼろぼろと涙を流す少女。やがて両手で顔を覆い、しゃくりあげて泣き出した。
正直、これまでの人生において目の当たりにしたことのない場面だ。どうしたものかと悩んでから、頭を撫でていた手を離す。
「じゃあ、一緒に行こう」
「!」
少女が涙目のまま俺を見る。
「無理に帰れなんて誰も言わないさ。君が望むようにしてもらえるはずだ」
「……?」
その場で立ち上がると、少女は戸惑いを含んだ目で俺の動きを追う。
俺は少女の顔を見て、笑顔を浮かべて、手を差し伸べた。
「一緒に生きよう」
息をのんで、少女がおずおずと手を伸ばす。その手をつかんで、引っ張り上げた。
さて、この『迷子』が帰り着く場所はどこだろう。
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