二、配属
「さて、リヴァイアス」
「お、おう」
ついたばかりの名前は、まだ慣れなくてむずがゆい感じがする。
「とりあえずは、傷を治すことに専念してほしい。配属先についてはその間にしっかり固めておこう」
「配属先」
「おそらく巡回部か総務部になると思うが、まだ少しもめていてな」
「何故!?」
巡回部と総務部、ということはつまりアシュレイとセレスティアさんだ。
何を理由にもめることがあるのか、なんて思っていたら、レスティオールが苦笑した。
「二人とも、お前らを買っているってことだよ」
「……そうだろうか……」
どちらも俺を問題視していて、駄目だこいつ早く何とかしないと、とか思っているのかもしれないじゃないか。
「よし、話も終わったことだし、医務室まで送ろうか」
「そう言ってまた徘徊するつもりだろう」
「失礼なことを言うなよ、ただの見回りじゃないか! それに、今はどうせすることもないんだし!」
「今、俺がやっている仕事はすべて本来お前がやるべきことなんだが?」
「お前がやった方が速くて正確じゃないか!」
ああ言えばこう言う。そうして屁理屈をこねまわすレスティオールに、ディルアートさんが最終的に折れた。
なるほど、この二人の関係性がなんとなく見えてきた気がする。
***
「リヴァイアス、っすか」
レスティオールに連れられて、医務室に到着したのがつい先ほど。
そこにタイミングよく現れたのが、仕事帰りだというアスティリア。
「ずいぶんと大仰な名前になったんすねぇ」
「だよなぁ」
ベッド脇の椅子に座ったアスティリアが、俺の腹の辺りを見る。ベッドの上で胡坐をかいた俺の膝の上には、ここが定位置ですが何か、というような態度で寝そべっているフェンリルがいる。
「ちなみに配属はどうなったんすか?」
「なんか巡回部と総務部でもめてるらしくてさ」
「へえ。確かにお二人とも心配してたっすからね」
「何を」
「リショウさん……じゃない、リヴァイアスさんのことっすよ」
「マジか」
「もしかしたら二人そろって『うちで面倒見る』とか言ってるのかもしれないっすね」
「俺は拾われた子猫か」
苦笑を漏らしたら、アスティリアもへらへらと笑う。
「まあでも、俺は嬉しいっすよ」
「ん?」
「帰っちゃうと思ってたんで、ここに残ってくれるのは嬉しいっす」
「アスティリア……」
照れくさそうなアスティリアの言葉に、胸の奥がじーんとなる。
「おかげで機械技術に関しての情報がもっと得られるっす」
「俺の感動を返せ」
「楽しみっすねぇ」
「お前だけだろ、それが楽しみなの」
そんなことを言って騒いでいたら、ぴくりとフェンリルの耳が動く。そちらに気を取られた瞬間、どこからともなく飛んできた何かが、俺の頭にぶつかった。
「いってえ!」
「うわっ、ナイスキックっす、レイシャルさん」
「そこ褒める前に俺の心配して!」
何かと思えば、レイシャルだったらしい。フェンリルの背中に着地したレイシャルは、俺の顔を見て親指……親指? 親指を立てた。
「お前ここに残るんだって!? 何だよ、もっと早く言えよ、またお前の服とかクリーニングしてたよ!」
「なんかごめん」
「かーっ! ちょっと情が移り過ぎたなぁなんて後悔してた俺の時間を返せ、バーカ!」
「ごめん」
ものすごく怒っているような口ぶりだが、ものすごく嬉しそうな顔をしている。しかもオーラがメチャクチャ明るい。
ちらっとアスティリアの方を見たら、いつも通りへらへら笑っていた。
「しかしまあ、あれだな! 正式に所属することが決まったってことは、もう『迷子』じゃねえんだもんな。つうわけで今日を持って、俺もお前の担当を外れるわけだが」
確かに、そう言えばレイシャルは『迷子』の世話係ということで俺と一緒にいたんだった。俺が『迷子』でなくなった今、レイシャルが俺と一緒にいる理由はない。
「大変お世話になりまして」
「本当だよ! まあ、……楽しかったけどな!」
「レイシャル」
「今度からは同僚だ。休みが合えばまた遊べよ」
「ああ、もちろん」
右前足を差し出すレイシャルに、俺も右手を差し出す。人差し指をぎゅうぎゅうと握られた。
「それで、新しい名前は?」
「リヴァイアス」
「リヴァイアス! リヴァイアス、リヴァイアスな!」
忘れないようにか、レイシャルが俺の名前を連呼する。
誰かに呼ばれるたびに少しずつ、それが自分の名前なのだと実感していく。
「配属は?」
「総務と巡回でもめてるらしい」
「へえ! 何でもいいけど、俺の部下にはなるなよ! お前の指導すんの面倒そうだ!」
「爽やかに暴言」
今までと変わらないやり取りに、安堵した。
立場が変わっても、こいつらとは変わらない関係でいられそうな気がした。
***
そして翌日。
目を覚まして欠伸をしていた俺のところに現れたのは、アシュレイだった。
傷もすっかり治ったらしく、もう包帯は一つも見当たらない。初めて会った時と同じ服装……相変わらず目深にかぶられたキャスケットで目元はよく見えないが、弧を描く口元で笑ったことがわかる。
「元気そうだな、リヴァイアス」
「ああ、おはよう、アシュレイ」
アシュレイはカーテンを開くと、椅子に座るでもなく口を開いた。
「お前の配属先が決まったぞ」
「昨日の今日で!?」
「セレスティアと夜通し話し合った」
「セレスティアさん頑張ったな!」
元々睡眠が必要ないらしいアシュレイは分かるとして、それにしっかり付き合ったセレスティアさんがすごい。
「最終的に決めたのはライディアスだがな」
「そう言えばあの人って人事の人だった」
そう言えば、フェンリルが蔦に巻かれて捕まった件以来、ライディアスとは顔を合わせていない。今度顔を合わせる機会があったら、フェンリルの件で誤解していたことを謝らなければ。
「あ、それで配属先は?」
「うちだ」
さらり、アシュレイが言う。
「えっと、つまり」
「二人そろって巡回部の配属になったぞ」
「マジか! お、お世話になります!」
アシュレイが上司になる、という事実に思い至り、慌てて頭を下げる。しかしアシュレイは小さく噴き出して、ゆるゆると手を振った。
「今更かしこまらなくていい。お前に敬語を使われると変な気分だ」
「お、おおう……それはそれでショックだ」
「それより、お前に渡したいものがあるんだ」
そう言って、アシュレイは後ろを向く。ややあってから、男がカーテンをくぐって入ってきた。
「こいつはアルヴァイン。武器管理課の課長をやってもらっている」
「どうも。巡回部・武器管理課長のアルヴァインだよ」
にっこり、爽やかな笑顔を浮かべたその男は、よく思い出してみればここへ来た初日にアシュレイと話していた男だった。
腰の辺りで袖を結んだカーキ色のつなぎ、油で黒く汚れた白いTシャツと軍手、そして優しげに細められた空色の目に見覚えがある。
「リヴァイアスです」
「うん、よろしく。それで、君に渡すものなんだけど」
アルヴァインさんが、一度カーテンの向こう側に消える。すると、今まで寝ていたフェンリルが急に飛び起きた。
「これだよ」
そう言ってアルヴァインさんが出してきたのは、どこか見覚えのある大剣。刃の部分にはさらしが巻かれているが、柄の部分は確かに見たことがある。
フェンリルが近付いて、すんすんとにおいを嗅ぐ。その様子に、ピンときた。
「もしかして、これって」
「ああ。フェンリルが持ち帰ってきた、お前の母親の剣だ」
においを嗅いでいるフェンリルの横から手を伸ばして、大剣を受け取った。ずっしりとした重みに、座っているのによろけそうになる。
「お前が持っているべきだと判断した」
アシュレイが笑う。その隣で、アルヴァインさんが頷く。
視線を落とせば、フェンリルが大剣のにおいを嗅ぎ、安心したように耳を寝かせる。
「でも俺、こんなもの使ったことないし……使いこなせる気もしないし」
「何を言っている? 使えるようになれ、という意味だ」
「へ」
顔を上げると、アシュレイは実に愉しそうに笑って見せた。
「傷が完治したら、楽しい修行の時間が待っているぞ?」
その笑顔に血の気が引いたのは、仕方がないと思う。
にやにやと笑うアシュレイの隣では、アルヴァインさんがくすくすと笑っていた。この二人はかなり仲がいいと見た。
「だが、今はとにかく療養しろ。ザルディオグの許可が出ないことには、無理はさせられないからな」
「お、おう……なるほど」
受け取った大剣を見て、心がざわざわと騒ぐ。
「俺も」
「ん?」
呟いた言葉に、アシュレイが首を傾げた。
「母さんくらい、強くなれると思うか?」
しばらくの沈黙の後で、アシュレイが笑った。
「あの人より、強くしてやるさ」
顔を上げたら、ひらひらと手を振って去っていくアシュレイの後ろ姿が見えた。そのあとを追って、アルヴァインさんも医務室を出て行く。
ドアが閉まるのを確認してから、視線を戻し、大剣の柄を握り締めてみる。
「……なあ、くだらないことなんだけどさ」
「あ?」
「今日、俺の誕生日なんだ」
森で保護された一日目、七月十二日。
検査を受けた二日目、七月十三日。
施設見学をした三日目、七月十四日。
帰ろうとした四日目、七月十五日。
二日間眠って六日目、七月十七日。
一番いろんなことがあった七日目、七月十八日。
新しい名前がついた八日目、七月十九日。
そして、今日が森へ来て九日目、七月二十日。
俺の、十七歳の誕生日。
「時間も次元も越えて、プレゼントもらった気分だ」
緩む顔を抑えられずにそう言ったら、フェンリルがフンと鼻を鳴らした。
「そりゃ、めでたいこった」
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