二、探検

「じゃあそろそろ別のところ行くっすよー」

「あ、うん、はい」



 思わず敬語になったら、吹き出された。



「なんすか、急に警戒して!」

「いやいやあんな話聞いたら怖いって」

「大丈夫っすよ、今もうそんな物騒なことしてないっすもん! 魔法より機械っすよ、やっぱり」



 へらへらと笑いながら歩き出すアスティリアの背中を追いかける。



「この辺りは巡回部が使ってる部屋が集まってるんす。武器庫も然り」

「へ、へえ」

「って言っても、巡回部は森に出てることが多いんで、いつも人は少ないんすけどね」



 アスティリアの話を聞きながら、部屋の中を覗いてみる。何人かが集まって地図のようなものを見ていた。



「ああやって、出来るだけ頻繁に森のデータを取ってるんすよ」

「データ」

「樹の本数とか、傷つき具合とか。いつの間にか樹が枯れてたり、逆に増えてたりすることもあって大変らしいっすよ。巡回部の友達が言ってたっす」

「えっ、そんなに急に増えたり減ったりするの!?」

「すごい時は、昨日までなかった樹が今日新しく生えてる、なんて時もあるらしいっす。そのたびに巡回部で番号を付けて、研究部に報告してくれるんす」



 歩きながら説明するアスティリアの言葉を懸命に聞く。



「で、研究部から何人かが行って、その樹について細かく調べるんすよ。この辺は俺も関わってないんであれっすけど、まあ巡回部と研究部の協力が不可欠ってことっす」

「なるほど」

「あと、逆に昨日までぴんぴんしてた樹が唐突に朽ち果てる時もあるらしいっす。そういう時は、枯れた樹を運び込んで研究材料にするっす」

「すげえな」



 いろんなことしてんだなぁ……なんて思いながら、なんだか気が遠くなるような感覚。

 ふと気付いたら、アスティリアが俺の方を向いて、困ったように笑った。



「しゃべり過ぎっすかね、説明ってやっぱ難しいっす」

「え、いやいやいや、大丈夫! 聞いてる!」

「完全に眠そうっすけど?」

「それは否定しない」

「しないんすね!」



 腹を抱えてゲラゲラと笑い出すアスティリアにつられて、俺も笑った。



 ***



「部署として一番人数が多いのは総務部っす」



 前を歩いていくアスティリアの背中を追いながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 改めて、床も天井も壁も白い……なんて思いながら歩いていたら、アスティリアがこちらを振り向いた。



「ここが食堂っす。厨房でご飯作ってんのも総務部の人っす」

「そうなのか」

「食料課って感じで、畑の世話からもろもろ、食料に関してやってる部課なんす」

「へえ」



 食堂の様子を覗き込んでみると、結構な人数が飯を食っている。この時間なら朝食だろうか、しかしそれにしては少し遅いような。



「この人たちは、今が朝飯なのか?」

「いや、あれは晩飯っすよ」

「この時間に晩飯?」



 首を傾げると、アスティリアは少し言葉を探すように頭を掻いてから、口を開いた。



「えーっと、この森って一日を通してずっと明るいんで、昼とか夜とかってないようなもんなんすよね」

「ああ、確かに」

「そういう感じなんで、十二時間交代みたいな感じで、今が『朝』の人と『夜』の人が混在してるんすよ」

「えーっと……つまり二交代制みたいなものか。昼勤と夜勤」

「そうそう、そういうことっす」



 もう一度、食堂の方を見る。



「だからあの人たちは今からが夜なんす。俺たちとは逆の時間で生きてるって感じっす」

「逆の時間」

「俺たちのサイクルとズレた状態で、あの人らにはあの人らのサイクルがあるんすよ」



 くるくると指で円を描きながら、アスティリアは言う。



「でも、部長とかはみんな今が朝だろ? 逆の人たちの方の責任者はどうなるんだ?」

「お、リショウさんは結構目敏いんすねぇ」



 アスティリアは感心したような顔で俺を見ると、いつものへらっとした笑顔で説明を始めた。



「逆の時間には部長代理がいるんで大丈夫なんす」

「部長代理」

「課長とかが代わりに部長職やってるんすよ。うちだと医療課、機械技術課、魔法科学課っていろいろ部課があるっすけど、それぞれ課長が交代で部長職やってるっす」

「へえ」

「他の部署もそんな感じで、課長レベルの人が部長代理してるみたいっすよ。厳密なとこ全部知ってるわけじゃないんであれっすけど」



 最終的に照れくさそうに頭を掻いて、アスティリアは俺から視線を逸らし、前方を指さした。



「なんかやっぱりしゃべり過ぎっすね。次、上に行くっすよ!」



 そのまま歩き出すアスティリア。

 俺は食堂の中をもう一度覗いてから、アスティリアの背中を追って歩き出した。



 ***



「ここはまだ総務部のフロアっすね」



 エレベーターで、すぐ上の階層。

 廊下が真っ直ぐに伸びていて、左右に三つずつドアがあるのが見えた。ドア同士の間隔が長い辺り、一部屋一部屋が広いようだ。



「総務部は本当に名前の通りで、事務所に関するいろんなことを請け負ってるんす。消耗品とか作ったり、レイシャルさんみたいに『迷子』の世話とかしたり、それこそ小さなことから大きなことまで」

「何でも屋状態だな」

「何かあったらとりあえず総務部っす。誰かに声かければ、どこに行けばいいか教えてくれるっす。でもたまにたらい回しにされるっす」

「それはつらい」

「あはは。でも急を要するような用事なんてめったにないっすからね。そんなに問題でもないっす」



 からからと笑い飛ばしながら、アスティリアが廊下を歩く。



「で、このフロアはもろもろの消耗品を作ってるんす」

「どうやって作ってるんだ?」

「そりゃまあ、持てる技術を駆使してって感じっすよ。例えばこっち」



 何故か自慢げにそう言うと、アスティリアはある部屋の前で俺に手招きをした。呼ばれるままアスティリアの傍まで行って、部屋の中を覗き込む。



「ここは鉛筆を作るところっす」



 機械と人間が程よく混在している現場。

 奥の方に炉のようなものがあって、一定のペースでバチバチと電気が走っているのが見える。そこから黒い塊が出てきて、いろんな機械を通るごとに芯の形に成型されていく。



「黒鉛を作るのに、いろんな魔法を組み合わせてるんす。それをオートでできるようにしたのがあの機械っす。俺が作ったんす」

「自慢したかったんだな」

「褒めてくれていいんすよ!」

「すげえな」



 素直に褒めたら、アスティリアがへらりと笑う。



「炭素を固めるだけの単純な工程なんすけど、ちゃんと計算しないと失敗してめっちゃ固い石みたいなやつができるんで、そこは要注意って感じっすね」

「……それダイヤモンドじゃねーか!」

「ダイヤモンド? ……ああ! 装備すると防御力が上がる……」

「そういう認識なんだ!?」



 やっぱりRPGの中の人はすごい。俺たちとは考え方が根本的に違うのだ。



「違うんすか?」

「いやいや、宝石だよ! 磨けばめっちゃきれいだし! あと、俺のいたところでは世界で一番固い天然物質だって言われてるぞ」

「いや、ダイヤモンドより硬い物質なんてちょいちょいあるっすよ。ミスリルとかオリハルコンとか」

「それ、俺のいたところでは架空のものなんですが……!」

「あ、ないんすか!?」



 お互いにいろいろ驚きながら、もう一度部屋の中を覗く。

 この部屋の中では、俺の知らないことが当たり前に行われているんだなぁ……なんて、そんなことを思ったら、故郷をひどく遠くに感じた。



「世界って、本当にいろいろあるんすねぇ」

「そうだなぁ」



 世界は広いと言うけれど、外側はもっと広いのだとわかった。



 ***



 さて、そうして施設内を見学して、いつの間にやら。



「どうしたものっすかね、リショウさん」

「どうかしたのか」

「気付けばもう夕方の時間っす。昼、食いそびれたっす」

「マジか!」



 アスティリアは懐中時計を取り出し、俺に見せてくれた。いつも見ているアナログ時計と変わらないつもりで針を読むと、八時二十分を指している状態。



「え、八時くらい? 夕方って言うか夜じゃね?」

「ああ、これは十六時っすよ。文字盤の一周で二十四時間なんす」



 説明によると。

 文字盤の右半分がいわゆる『午前』、左半分が『午後』。短針は一日かけて文字盤を一周する。長針の方は一時間で一周するとのことなので、こっちは普段から見ている時計と同じ動きをするようだ。



「へー……アナログなのに二十四時間表示……面白いな」

「全員に支給されてるんすよ、これ」

「そういやセレスティアさんもザルディオグさんも持ってたっけ」



 なるほど、なんて納得していたら、懐中時計をしまったアスティリアが俺の方を向いて笑った。



「んじゃ、そろそろ戻るっすか」

「ええっ、もう?」

「そりゃそうっすよ、レイシャルさんも何だかんだで心配してると思うっすよ」

「いや、それはない」

「やっぱないっすかぁ」



 けらけら、楽しそうに笑うアスティリアにつられて、俺もげらげらと笑う。


 ああ、今日は楽しかった。


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