肆、一時的な親友
一、見学
目を開けたら、白い天井が目に入った。
体を起こしてから欠伸を一つ。その流れで大きく伸びをした。
「あー……ねむい」
揉むように目をこすってから、何度か瞬きを繰り返す。そうするうちに視界がしっかりしてきて、今日も朝がやってきたのだと実感した。
着替えを済ませてから、カーテンを開ける。森の中でも開けた場所に建っているらしいこの施設には、外からの光がしっかり入ってくる。
「やっぱり、明るいな」
昨日の夜に気付いたのだが、ここは一日を通してずっと空が明るい。検査中に時間の感覚がよくわからなくなったのは、どうやらそのせいもあったようだ。
どうしてずっと明るいのかとレイシャルに聞いてみたところ、それも髪の色の件と同じで、まだよくわかっていないらしい。
「ふあ」
もう一つ欠伸をしたところで、部屋のドアが開いた。
「よう、『迷子』! 今日の朝飯は卵かけごはんだぜ!」
「いよいよ手抜きし始めたな、レイシャル」
レイシャルが頭上に掲げているお盆の上に、卵かけごはん。近寄って行ってお盆を受け取ると、レイシャルは鼻で笑った。
「けっ、作ってやってるだけありがたいと思え!」
「でもこれだってお前の仕事なんだろ」
「俺は程よく手を抜く主義なんだ」
「程よくはないよな」
そんな会話をしながら、テーブルにお盆を乗せてソファに座る。
「んじゃ、いただきます」
「おう、食え食え!」
卵かけごはんを食べ始める俺の向かいで、レイシャルがどんぐりを食べ始める。
思わず写真を撮りたくなるほど可愛い。ああ、どうして俺の手元には今、携帯がない。
「そういやレイシャル」
「ん、どうした『迷子』」
しかし呼び名が頑なに変わらないところは可愛くない。
「こういう食料とかって、どうやって仕入れてんの?」
「ん? そりゃあ自給自足だよ」
「自給自足」
「野菜も、卵を産むようなやつらも、食用肉になるようなやつらも、全部この事務所の中で育ててんだ」
「へえ」
この広い塔は、やはり広いなりにいろいろしているようだ。
「見に行くか? たぶんお前の知らない野菜とか動物とか卵とか、大量に見られるぜ!」
「うーむ」
見てみたくはあるが、もし万が一……いわゆる、狩猟系ゲームで狩るのにものすごく時間がかかるような強いモンスター的な動物、がそこにいた場合、俺は平静を保てる自信がない。
「遠目からちらっと……くらいなら……見たいかも」
「何だよ、別に怖いモンスターじゃねーよ!」
「何だよ、モンスターではあるんじゃねーかよ、予想通りかよ畜生!」
そこは逆に外れてほしかったわ! 何で当たった!
思わず膝を叩こうとして、箸を持っていることを思い出して思いとどまった。
「いいわ、やめとくわ……軽くトラウマになりそうだわ……」
「何だ、そうか」
つまらなそうに言いながら、レイシャルはまたどんぐりを食べる。
その向かいで卵かけごはんを食べながら、この卵はいったい何の卵なんだろう……などと一瞬考えてしまいそうになり、慌てて思考を止めた。
「なあ、レイシャル」
「次は何だよ」
「出身世界がわかるまで、俺はいったい何をしていればいいんだろうか」
「暇してればいいんじゃねえの?」
「誰がうまいこと言えと」
最後に卵かけごはんをかき込んで、茶碗を置く。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さん!」
両手を合わせてから、大きく伸びをする。
「何しようかなぁ……この施設の中うろうろしてきてもいい?」
「お前、ただでさえ『迷子』なのに事務所内でも迷子になる気かよ。やめとけ」
「言い方がひどい」
レイシャルの毒舌に溜息を吐いたところで、こんこん、ドアをノックする音が聞こえてきた。
開けてみると、目の前にはへらりと笑うアスティリアの顔。昨日と同じ黒いつなぎの作業着姿で、そいつは軽く片手を挙げて見せた。
「来ちゃったっす」
「彼女か」
「来ちゃった! お昼ご飯作ってあげるね!」
「今、朝飯食ったばっかだよ! 思いのほかノリノリかよ!」
テンション高くツッコんでたら、アスティリアにけらけらと笑われる。
「リショウさん面白いっす」
「俺じゃないよな、お前だよな」
「あはは、あざっす」
満更でもなさそうに笑うアスティリアに、思わず溜息が出た。そんな俺の様子を気にすることもなく、アスティリアは言う。
「今日、非番なんすよ。だから遊びに来たんす。とりあえずお邪魔するっす」
「無遠慮か」
ずいずいと俺をどかしながら部屋へ入ってくるアスティリア。そしてテーブルの上にいるレイシャルを見つけて、頭を下げた。
「うす、レイシャルさん。お疲れ様っす」
「おう、お疲れ!」
「リショウさんの担当、レイシャルさんだったんすね。俺もお世話になったんすよ」
レイシャルの方がアスティリアより先輩であるということが分かった。いや、なんとなくそんな気はしていなくもなかったのだが、いやはや、驚いた。
「あ、レイシャルさん。今日リショウさん、どうせ暇っすよね」
「どうせって言うな」
「そうだな、暇する以外に何もないレベルで暇だな」
「俺の暇さを勝手に決めるな」
そんなやり取りの後、アスティリアが相変わらずのへらへらした笑顔で俺を見た。
「事務所内の見学とかどうっすか? 何なら案内するっすよ」
「マジか!」
「俺も暇なんすよ」
その言葉にレイシャルの方を見たら、どうやら笑ったらしい表情で、虫を追いやるような仕草をされた。
「ついでに食料のモンスターも見てこい」
「いや、それはちょっと遠慮したい」
「さーて、俺は『迷子』がいない間に部屋の掃除でもしておくか!」
「すでに見送った体!?」
いそいそと掃除をし始めるレイシャルを見てから、アスティリアの方を見る。相変わらずへらりと笑ったまま、アスティリアはドアの方を指差した。
「行くっすか?」
「……行くっす」
もう行く以外の選択肢がないじゃないか。
***
「んじゃ、初心に帰ってここから行くっす」
辿り着いたのは、この施設の正面入り口。右、左、正面に通路が三本伸びている。
そうそう、ちなみにここへ来た最初の日、ここから正面の通路を歩いて、いろんな人とすれ違って、エレベーターに乗ったんだ。
「ここから右に進んで階段を下りたら、畑とか肉育ててるとこっす」
「そこは行きたくない」
「じゃあ左に。ちなみにこの道を奥へ進むと、武器庫があるっす」
「武器庫!」
ロマンあふれる名称に、思わず背筋が伸びる。その様子を見たアスティリアが、またへらへらと笑う。
「いろんな武器があるんすよ。でも、基本的に関係者以外立ち入り禁止なんすけど」
「えぇー」
「だからこっそり覗くっすよ」
「賛成!」
入口から左へ曲がっていくアスティリアの後ろにひょこひょこと着いていく。いくつかのドアの前を通り、突き当たりには頑丈そうな扉。
「すげえ……ちょっとやそっとじゃ壊れなさそうな感じだな」
「そうっすねぇ。こっちからちょっとだけ見えるんすよ」
手招きをしながら、アスティリアが窓を指差す。見ると、窓の向こう側にかかっているブラインドに隙間があった。
そこから覗き込むと、棚に小銃が並んでいるのが見えた。視線をずらせば、剣や短剣もある。更には魔法の杖と思われるものまで。
「うおお……ここはRPGか」
「様相が完全に武器屋っすもんね。あ、あのチャクラム使いやすいんすよ」
「使用経験者からのご意見!?」
「ジョブ的には魔導士だったんすけどね。やっぱり物理攻撃もできないと、魔力切れの時に困るんすよ」
「完全にRPGの中の人だ、これ」
そう言えばアスティリアは魔法技術が発達している世界から来たんだったか。最初に会った時にそんなことを言っていた気がする。
相変わらずへらへらと笑うアスティリアの顔を見ていたらだんだん不思議になって、聞いてみた。
「アスティリアは、どうしてここで働いてんだ?」
「お、それ聞いちゃうんすか」
窓から顔を離して、アスティリアは困ったように頭を掻く。
「いやぁ、俺の場合は帰れなかったんすよね」
「えっ、帰れないなんて事態が起こるのか!?」
「どうやら世界に嫌われて追い出されたみたいで。やっぱり世界の均衡を脅かすような兵器開発はよろしくなかったんすかねぇ」
考え込むような仕草をしながら、アスティリアはさらっと恐ろしいことを言う。一瞬聞き流しかけたが、気付いて思い切り振り向いた。
「何したのお前!?」
「いや、俺みたいな底辺魔導士でも強力な魔法が使えるように、魔力を蓄積できるシステムを構築して、限界値まで溜めると星に大穴が開くレベルの魔法が使える兵器を五、六個作ってみただけなんすけど」
「充分すぎる脅威じゃね!?」
もしかしたらこいつはラスボスだったのかもしれない。あるいはラスボスの組織にいるマッドサイエンティスト的な立ち位置だったのかもしれない。
そう考えたら、少しだけ鳥肌が立った。
「まあ、平平凡凡に暮らしてた生き物なら、世界に戻れないなんてことはないっすよ。たぶんリショウさんは大丈夫っす」
「う、うん、だといいなぁ……」
人は見た目で判断するもんじゃない、という言葉の重みをものすごく感じた。
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