三、待機

「お疲れ」



 能力値の測定を終え、案内された場所はどうやら研究部の皆様の休憩室らしい。

 意外なことに、差し出されたのはカップラーメンだった。



「ま、まさかの……」

「君、これの文化圏でしょ? 便利だよね。よく食べるんだ」



 しかもすでにお湯を入れて三分経ったもののようだ。

 一緒に差し出された箸を受け取って、手を合わせた。



「いただきます」

「どうぞ」



 俺の隣の席に着いたザルディオグさんは、同じようにカップラーメンを食べ始める。その様子を見つつ、カップラーメンを一口。なんだか懐かしい味がした。



「美味いっす」

「美味いよね」

「こういうの、よく食うんですか?」

「時間がないときによく食べるよ。セレスティアには栄養が偏るんじゃないのかってちくちく言われるけどね」



 セレスティアさんの母さんぶりを再認識した。



「母さんって感じですよね、あの人」

「あいつは人に干渉し過ぎなんだよ。同じくらい自分のことに気を遣えばいいのにね」



 カップラーメンを食べながら、ザルディオグさんはそんな愚痴を吐く。

 その言い方は、母親の愚痴を吐く反抗期の息子と言うよりは、嫁の愚痴を吐く旦那のように……聞こえるような、そうでもないような。



「ザルディオグさんってセレスティアさんと仲いいんですか?」

「は? ふざけないでよ、誰があんな女と仲いいって言うの。バカも休み休み言いなよ」

「否定しすぎです」



 逆に何かあるのかと勘繰ってしまうじゃないか。いや、もしかしたら本当に何かあるのかもしれないけれど。

 そんなことを思いながら、カップラーメンをすすった。



「あいつと仲がいいとしたら、副支部長だよ」

「副支部長」

「実質、あの人のほうが支部長っぽいけどね」



 そう言えば、レスティオールが言っていたような気がする。支部長っぽい業務は全部、副支部長に任せきりだとかなんとか。



「面白いよ、あの二人。見れば見るほど夫婦に見えてくるから。本人たちは嫌がるけど」



 そんな話をして、ザルディオグさんは小さくくつくつと笑う。

 さっきからほとんど無表情だったザルディオグさんとは思えない、微笑ましそうな顔。



「何ですか、それ。見てみたいかも」

「機会があったら見るといいよ」



 この人の表情の変化だけで、この組織の仲の良さが垣間見えた気がする。



 ***



「これで検査は終わりだよ。お疲れ様」

「あ、ありがとうございました……!」



 検査に結局どれくらいの時間がかかったのか、厳密にはわからない。

 終わった頃にはまた腹が減っていた。いや、俺の食欲が旺盛すぎるわけじゃない。それだけ時間がかかっただけだ。



「結果って言うか、出身世界を割り出すのには時間がかかるんだ」

「そうなんですか」



 ザルディオグさんはバインダー等をまとめると、つかつかと歩き出す。また音を立てる腹をさすりながら、その背中を追う。



「世界も多いからね。しかも似たような世界がたくさんあったりすると、絞り込むのに苦労するんだよ」

「……なるほど」



 出身世界を割り出すというのは、思った以上に大変な作業らしい。



「まあ、他にすることもないからできるだけ急ぐけど、それまで待機ね」

「わかりました」

「セレスティアには連絡しておくから、しばらく休憩室で待ってて。迎えが来たら部屋に帰るといいよ」



 指差されたドアは、昼食にカップラーメンをいただいた休憩室のもの。

 ザルディオグさんは白衣のポケットから取り出した懐中時計を一瞥すると、それを再びポケットにしまいながら踵を返した。



「じゃあね」

「あ、ありがとうございます」



 ザルディオグさんの姿が別のドアの向こうに消えるのを見届けて、小さく息を吐いたところで、後ろから肩を叩かれた。

 とっさに腕を引っ掴んで、ひねり上げた。



「ちょちょちょっ、痛い痛い痛い痛い!」

「ああっ、ごめん!」



 ついつい出てしまった、ケンカ腰の条件反射。

 ぱっと手を放して振り向くと、黒いつなぎの作業着……つまり今朝お世話になった研究部の人がそこにいた。プラプラと左腕を揺らしながら、その人は大きく息を吐く。



「すみません! お世話になっておきながら!」

「や、大丈夫っす、利き腕じゃなかったんで問題ないっす」



 へらへらと笑いながら、その人はゆらゆらと左手を振る。



「暇になったっぽく見えたんで、いざって思っちゃって。すみませんっす」

「いやいや、驚いたとはいえひねり上げてすみませんっす!」



 お互いにひとしきり謝り合ってから、どちらからともなく笑い合った。



「俺、アスティリアっす」

「えっと、吏生です」

「リショウさんっすね。よろしくっす。早速なんすけど、あの機械に関してお話聞かせていただいてもいいっすかね?」



 その人……アスティリアはメモ帳を取り出すと、赤い目をキラキラと輝かせて俺を見る。

 口調は相変わらずけだるそうというか、のんびりしているという感じなのだが、ものすごく楽しそうなのが見て取れる。



「大して詳しくないけど、それでもいいかな」

「ぜひぜひ! あざっす!」



 嬉しそうに破顔するアスティリアの顔。

 こんな笑い方するやつ、クラスメートにいたような気がする。



 ***



「あら、盛り上がっているのね?」

「セレスティアさん」

「あ、お疲れ様っす!」



 現在地、休憩室。

 アスティリアといろいろ盛り上がっていたところに、セレスティアさんが登場。



「興味深い話を聞かせてもらってたっす、これからの研究に役立てるっす」

「役に立てたならよかったよ」



 嬉しそうにへらへらと笑いながら、アスティリアが俺の手を握ってゆらゆらと振る。

 つられて笑ったら、俺たちの様子を見ていたセレスティアさんも微笑ましそうに笑った。



「もういいかしら? そろそろ戻らないといけないのだけど」

「ああっ、すんませんっす、引き留めて」



 セレスティアさんの言葉を聞いたアスティリアは、少し焦った様子で頭を下げる。



「いやいや、楽しかったよ!」

「よかったっす。また機会あったら話聞かせてほしいっす」

「ああ、もちろん!」

「あざっす!」



 では、また! なんて言って、へらへらとした顔のまま手を振るアスティリア。

 俺はそれに手を振り返してから、セレスティアさんに続いて研究部を後にした。



「居心地はよかったようね」



 前を歩くセレスティアさんが、緑色の目を細めて笑う。



「少し遅くなってしまったから、リショウが肩身の狭い思いをしているんじゃないかと少し心配していたのよ」

「大丈夫でした!」

「ザルディオグにいじめられなかった?」

「あー……」



 検査中、無理やり口を開けさせられたことや、無理やり椅子に固定されたことを思い出す。あの人は完全にSだった。



「それはちょっと大丈夫でしたとは断言しがたい」

「そんなことだろうと思った!」



 くすくす、楽しそうに笑いながらセレスティアさんは言う。

 やっぱりこの組織は仲がいいらしい。



「彼は人間の扱いが雑なのよねぇ。細かい作業は得意なはずなんだけど」



 口の割に、顔はなんだか楽しそうだ。

 こっちもこっちで、旦那の愚痴を吐く嫁のような空気を醸し出しているようにも思う。

 この組織の人間関係が気になってきた。



「なんかここ、みんな楽しそうですよねー……」



 何気なく、呟いた。

 セレスティアさんは俺の方を振り返ると、にっこりと微笑んで、言った。



「ええ、楽しいわよ。勤めてみる?」

「へ」



 思わぬ言葉にきょとんとしていたら、セレスティアさんは小さく噴き出す。それからひらひらと手を振って、へらりと笑って見せた。



「なーんて、冗談よ。あなたは世界に戻りたいんだものね」



 確かに、俺は一刻も早く元の場所に戻りたいはずで、そのためにここへ来たわけで、さっきもそのために検査を受けてきたはずなのに。

 ……ここにいることが楽しくなってきたのは、何故だろう。



 ***



「じゃあ、ここで。私はまだ仕事が残っているから戻るわ」



 滞在させてもらっている部屋の前に着いたところで、セレスティアさんが言った。



「ありがとうございました」

「疲れたでしょうから、ゆっくり休みなさいね」

「はい」



 一礼すると、セレスティアさんは小さく笑ってから踵を返す。

 その後ろ姿を見送りながら、部屋のドアを開けた。



「おかえり、『迷子』! そろそろ帰ってくる頃かと思って晩飯を持ってきてやったぜ、ありがたく食えよ!」

「レイシャル!」



 ドアを開けるや否や、テーブルの上で肩手を挙げているレイシャルが見えた。そのすぐそばに、今日の夕食と思しきもの。



「マジかレイシャル! ありがとうレイシャル!」

「口に合わなかったらすまん! 先に謝っとく!」

「謝らなきゃいけないという自覚があると!?」

「バッカ、ちげーよ! 俺とお前じゃ味覚がちげーだろ!」

「ああっ、そういうことか!」



 いくら人間の言葉をしゃべる上に人間味あふれる性格だと言っても、レイシャルはリスなのだ。失念していた。



「お前、今完全に俺がリスだってことが頭から抜けてただろ!」

「バレた!」



 ぷんすかと怒りながらテーブルの上で跳ねるレイシャルの様子に、思わず笑った。

 ちなみに、夕食はミートソースパスタでした。


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