あかねいろの音楽隊
篠田恵
序章 壊されたコンサート
その日、世界から音楽が消えた。
ひとつ、それは人間たちの住む街で行われた、有名な歌手のコンサート会場で。
ふたつ、それは妖精たちの住む街で開催された、ジャズバンドの演奏会で。
みっつ、それは魔法使いたちが住む街にある、小さなライブハウスで。
よっつ、それは獣人(じゅうじん)たちが住む街で開かれた、子供たちのピアノの発表会で。
いつつ、それは中央都市<セントラル>で行われた、豪華なオーケストラの演奏会で。
事件はなんの前ぶれもなく起こった。
オーケストラの演奏がクライマックスまで盛り上がったとき、突然すべての音が『消えた』。
「えっ?」
「なんだ?」
「演奏中止か……?」
「何が起きたんだ?」
そこにいる誰もが動揺した。舞台の上のバイオリンも、チェロも、クラリネットもトロンボーンも、演奏を続けているはずなのに、なぜかどの楽器からも音が出ない。指揮者も演奏者も慌ててきょろきょろしたり、必死に音を出そうとするのに、コンサートホールは静かなまま。
会場のお客たちの不安そうなざわめき声も、だんだんどこかに『吸い込まれていく』。
そして、静寂が訪れた。
そこに、一人の男の声が響く。
「音楽に、死を」
どこから現れたのか、舞台の上に黒いマントを着た男が立っている。頭まですっぽりと黒いフードで覆っていて、顔が見えない。
その人数がひとり、ふたり、と分身するみたいにどんどん増える。
「音楽に、死を!!」
突然男たちの両手から、どす黒い色をしたもやが飛び出した。
「楽しい演奏会、美しいメロディ、観客の大きな拍手。私はそれらを嫌ってやまない。よって、排除する」
黒いもやは舞台上を覆い、あっという間に壇上の演奏者たちを飲み込んだ。
「ひいっ!! やめろ、こっちに来るな……!!」
「何なのよこれ、助けて、誰か、誰かー!!」
フルートを持って震えていた女性も、バイオリンを握りしめたまま逃げようとした若者も、抵抗しようとしたティンパニの大柄な男も、誰もがもやに絡めとられ、そこから姿を消した。
『緊急事態が発生しました、お客様は全員すぐにここから退避してください!』
その瞬間、コンサートホールに全ての音が戻ってきた。
パニックになる会場。恐怖に叫びながらみんなが逃げようと出口へ走る。
舞台の上では、黒いマントの男たちが次々に演奏者をもやで飲み込み、消し去っている。
「ハハハハハハハ!! 消えるがいい!! 指揮者も演者も楽器も全部、飲み込まれてしまえ!! 音楽に関わるもの全て、消えろ、消えろ、消えろ!!」
もはやオーケストラの演奏者たちは数えるほどしか残っておらず、謎の男たちにじりじりと追い詰められている。
「早く逃げろ! あのもやに飲み込まれるぞ!!」
「怖いよ、ママ、あの人たちはなんなの!?」
「いいから早く逃げるのよ!!」
大勢のお客が出口へと押し寄せる中、ひとりだけ、そこに立ち止まっている者がいた。
そのエルフの少女は、オーケストラのいた舞台をじっと見つめたまま、その場を動かなかった。
「なにしてるんだカナタ、お前も早く逃げろ!!」
一緒に来ていたエルフの男が、ぎょっとしたような顔で少女に叫ぶ。
「だってお兄様、オーケストラの人たちが……!」
「あんな化け物俺も見たことがない、危険だからこの場を離れるんだ!」
エルフの男は少女の手をとったが、少女はそれをぱしりと跳ね返した。
「私、飲み込まれた方たちを助けにいきます。だって、みんな同じ『音楽を愛する仲間』でしょう!?」
そう言うと、少女は舞台めがけて一目散に走り出した。
「やめろ! 行くな! かなうわけない!」
少女の兄は必死に手をのばすが、逃げる観客たちに押し戻されて近づくことができない。
「カナタ!! 戻ってこい、カナタ!!」
舞台に駆け寄る少女に気付いた黒いマントの男が、ゆっくりとこちらを振り返る。
「ああ、だめだ、おねがいだ、つれていかないで、あの子は、俺の大事な……っ」
男が、少女のほうに右手をぐわりとかざす。そして少女は兄の目の前で、どす黒いもやに絡めとられて――――。
「カナターーー!!!」
兄の悲痛な叫びもむなしく、彼女はあとかたもなくそこから消えた。
その日、世界中から音楽が消えた。
歌手のコンサート会場で、ジャズバンドの演奏会で、ライブハウスで、ピアノの発表会で、演奏者たちがさらわれる事件が起きた。
犯人はどれも、黒いマントを着た男たち.
犯行手口もみな同じで、黒いもやで楽器や演奏者たちを包み込んで消してしまう。
さらわれた者たちは、未だに誰も見つからず行方不明のままだ。どこかで生きているのか、死んでしまったのかさえもわからない。
犯人の黒いマントの男は言った。
「さあ、ショーの幕開けだ。私たちはいずれ、この世界から音楽を完全に消し去るだろう」
「音楽を愛した者は、それ相応の罰を受ける。彼らが音楽を愛する以上、この世から消えてもらうしかない」
「祝福しよう。歌のない世界、楽器のない世界、演奏会のない世界を!」
「そして音楽の消えた素晴らしい世界に、私たちの名前をとどろかせようではないか!」
男の声は、演奏者たちの消えた舞台に、高らかに響いたという。
「よく覚えておけ。音を持たぬ我らの名は――――サイレント!!」
それが、全ての始まりだった。
あかねいろの音楽隊 篠田恵 @MegumiShinoda
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