帰郷・5


 最高神官と別れた後、エオルは不安になった。

 エリザに起きていることを、何かもっとよく聞けばよかったが、父の死に動揺していて頭が回らなかった。

 そもそも、家で人目につかないようにしているはずのエリザが、なぜ、こんなところで危険な目に遭うことになるのか? エオルにはさっぱりわからない。

 徐々に空が紺から鮮やかな青に色を変えてゆく。木々のシルエットが黒々と浮かび上がるようになった。

 それでも陽が出るにはあと一時間はあるだろう。あまりにも長過ぎる一日である。


「馬車だ! あったぜ」

 突然、カシュの声がした。

 御者台越しに見ると、小さな馬車が道端に止めてある。エオルは、その馬車に見覚えがあった。

 たしか、エリザが帰ってきた日、商談に来たリューマ族の馬車である。

 だが、人の気配はしない。

「なーんだ、つまらねえ!」

 カシュが横でぼきりと腕をならした。……が。

「しずかに! カシュさん」

 林の中からだみ声の歌が聞こえてきたのだ。


  いいな、いいな、金づるっていいな。

  たんまり蜂蜜よりもきんきらお金。

  ガキが来るのを待っているだべな。

  ガキを換えよう。お金に換えよう。

  でんでんでんぐり返って、ガッポガポ。


 やがて声の主が林の中の獣道を通って現れた。

 リューマの小柄な男であり、蜂蜜商人の一人だった。

 しかも、腕にはあの呪われた子供を抱いていた。

 思わず声が出そうになるところ、エオルは必死に我慢した。

 もしも、ここに現れた男が切れ者の大柄のほうであったら、物事は簡単にすまなかっただろう。

 下手な歌など歌わないだろうし、馬車がもう一台あることに危険を察して逃げ出したかも知れない。

 だが、少し間の抜けた男は、何も考えることなく、馬車に乗り込みあくびした。

 そのとたん、荷台に隠れていたカシュに殴られ、羽交い締めにされた……というわけである。

「ぎゃあああ! 痛いよ、痛いよ! 何するのよ!」

 男は情けなくもすぐに降参した。

「子供を人買いに売りつけるつもりだったのだな? 蜂蜜商人が聞いてあきれる!」

 エオルもつい、男を殴りつけたくなった。

 だが、すぐにサリサの言葉を思い出した。

 男は二人組である。そして、ここにジュエルはいるがエリザはいない。

 ……ということは。


 ――エリザはもう一人の男に追われている。


 サリサは、それを予知したにちがいない。

 ファヴィルも彼らに襲われたとしたら、ファヴィルと出会った場所からこの馬車までの間に男はいるはずだ。

 サリサは現場から、そして、エオルは目的地から、エリザと男を捜し出す。

 やっとサリサの考えに気がついて、エオルは慌てた。

 ちょうどその時、甲高い女性の悲鳴がかすかに風に乗って届いた。

 エオルは、男がやってきた獣道を、急いで北に向かって進んだ。

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