巫女姫マララ・7
新しい宝玉。新しい巫女。
霊山は、新しい季節を向かえる。
苔の洞窟で昼寝していると、ちらちらと結界に触れる影がある。
声をかけようか、かけまいか、悩んでいる動きだ。
「エリ……」ザと名を呼ぼうとして、やめた。
目覚めの瞬間は、夢と現実がごっちゃになってしまう。
「起こしてしまいまして……申し訳ありません」
マララの尊大な態度は影を潜めていた。
そばかすのある顔を赤く染めて、ややもじもじとしている。
サリサは、身体を起こした。
「あの……。私、知らなかったとはいえ、大変失礼なことを……」
おどおどしたマララは、どこかひょうきんな顔に見える。エリザの時は痛々しく見えて、かわいそうに思ったものだが。
「怪我はよくなりましたか?」
「え? あの? あ、はい!」
思いもよらなかったのか、マララは飛び上がらんばかりの声をあげた。
「怪我よりもその……。お許しを……あの、どうぞ巫女姫を解任しないでください。今後、態度を改めまして努力いたしますので」
鷲鼻のマララは、緊張すると目がよるらしい。広いがっちりとした肩をすぼめてぺこぺこ頭を下げている。
「怪我がよくなってよかったですね」
「え? あの、はい……。あの……首ですか?」
「え? 首になりたいのですか?」
「い、いいえ! 巫女姫を首になったら、私、村に帰れなない!」
マララは泣きそうになった。
サリサはふと思い出した。
サラのこと。彼女も五の村出身だった。
困ったことに、ムテでは巫女や神官など期待をかけて送り出された者が落ちこぼれて帰ってくると、村八分にしてしまう村が多いのだ。
五の村もそうだ。特に、聖女として崇められているサラの後だから、マララは必死に完璧な巫女姫になろうとしたのだろう。
ムテらしい美しさに欠ける分、彼女は誰にも何も言わせない強い女性になろうとした。だが、霊山の空気は彼女には厳しすぎたのだ。
おそらく、めげそうになった分、さらに強がってみせて、完璧さを強調した。
それが、ふてぶてしい態度になって出てしまったのだ。
「私……美人じゃないですし、女らしくもないですし、仕草もガサツですし……。巫女姫向きではないかも知れません。でも、その分、一生懸命努力してきたつもりです。これからもがんばりますから……」
ついにマララは泣き出した。
だが、彼女ほど涙が武器にならない女性もいないだろう。泣き方がどこか滑稽なのだ。
たぶん、涙なんか武器にしたことがない女性なのだ。エリザとは対象的だ。
だが、その言葉はなぜかいっしょだった。
「がんばりますから……見捨てないでください」
――エリザが言っていた。
私のような情けない巫女姫でも支えてくれて、優しくしてくれて、導いてくれて……マリの命を助けてくれるような……そんなサリサ様が好き。
私にそうだったように、落ちこぼれの巫女でも見捨てないであげて。
みんな不安だと思うから、励ましてあげて。
どうやら、サリサはそういう人らしい。
好き・嫌いにかかわらず、困った人を放っておけない。
「誰が見捨てるんですか? あなたは私が選んだ人ですよ」
「え? でも……」
「宝玉が壊れたのは寿命です。長い間、強い気を受けていましたから。それに、あなた自身の力が強いという証拠ですよ。ただ、力の調整がつかないだけで」
手櫛で髪を整えながら、サリサは言った。
「それに、最高神官はふつうこんな所で昼寝はしないはずですから……。私を仕え人と間違えたって仕方がないことです」
思わず思い出しておかしくなってしまう。
マララは、実にそそっかしくて、不器用な少女らしい。これからも、楽しい事件を霊山に巻き起こしてくれそうだ。
そして……やはり、サリサはそれを無視できない。
人を人として見ないようなつきあいは、サリサにはできないのだ。
「サリサ様は……お優しいんですね」
「え?」
ぎくりとした。
かつて、フィニエルに言われていた。
――誰にでも愛想良く微笑むのは罪作りです――
愛想良く笑ったのではなく、おかしくて笑ったのだが……。
効果は同じだったようだ。
霊山の仕え人たちは、自己を捨て去っていて、感情を表すことを嫌う。歴代の巫女姫に対しても、淡々と接するだけだ。
霊山で優しい人といえばサリサだけだろう。
だから、まだうら若き少女たちが、サリサに惚れても仕方がない。恋の対象にはならない……と知っていても。
なにやら、マララのまなざしに熱いものを感じる。
きらきらと星が潤んで瞬いている。それは、すっかり恋する女性の目だ。
嫌な予感がする。
……失敗したかも知れない。
とても……マサ・メルのような最高神官になるのは、サリサには無理のようだ。
「誰にでも優しいのが……私の欠点のようです」
サリサは、頬を染めるのが全く似合わないマララの視線を避けながら、苦笑した。
=巫女姫マララ/終わり=
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