巫女姫マララ・6


 マララは倒れたまま、泣き続けていた。

 サリサが側にいるというのに気がつかないようだ。

 そういえば……エリザにもよく「気配を感じないので、おどろきました」と言われていた。

 泣き続けるマララの横にしゃがみ込んでも、彼女は全く気がつかない。

「あの……」

 声をかけてみた。

 それでもマララはぴくりともしなかった。相当、自分の世界にはまっているようだ。

 しばらく様子を見ていたが、よく泣き続けられるなぁとあきれるくらいに泣き止まない。

「あの……」

 仕方がないので、そっと腕に触れてみた。

 そのとたん。

「ぎゃあああああ!」

 甲高い悲鳴とともに、マララは飛び起きた。

 サリサは呆然とした。

 へんな人だな……と一瞬思ったが、すぐに考えを改めた。

 思いつくことがあったのだ。

「見せてごらんなさい」

「い、嫌!」

 マララはうつむいた。

 仕方がない。サリサは、マララの腕を無理やり取ると、袖口をまくり上げた。

 思った通り。

「ひどい怪我だ。もう四日も前ですよ? なぜ、医師に言わないのですか?」


 マララは、宝玉を素手で砕いたのだ。

 怪我をしないほうがおかしい。


「化膿しかけているし……。宝玉の欠片が残っているではないですか? これは切り出さなくちゃ大変なことになります」

 痛々しすぎて、顔が歪んでしまう。なのに、マララは強情だった。

「大丈夫です。私の力で癒せますから」

「無理ですよ」

「無理ではないです! わ、私は、村で一番ですし、勉強も出来ますし、何でも完璧にこなせるんです。私は巫女姫ですのよ! 自分一人で何とか出来ますから、放っておいてください!」

 サリサは、思わずきょとんとしてしまった。

 この霊山で最高神官にこのような口をきく者はいない。なれた巫女姫ならばありえるが、マララとは三度しか会っていないし、まともな会話は初めてだというのに。

「だ、だいたい失礼ですわ。急に腕をさわるなんて。そ、それに私、泣いてなんかいません。今のは発声練習です。そ、そうです! 宝玉が無くなった分、埋め合わせが必要かと思いまして」

「は、発声練習?」

「そうです。宝玉のひとつやふたつ、どうってことありませんわ! 私には不要だった……そ、そう。いらないものを処分した。ただ、それだけです」

 マララは、急に開き直った。

 鷲鼻の鼻の穴をひくひく動かしながらも、顎をつんとサリサのほうへと向けている。いかにも傲慢そうだった。

「あ、あなたたちは、私が巫女姫にふさわしくないと思い込んでいるようですが、それは誤解です。私は、いつでも完璧だったのですもの。ここでも完璧にこなしてみせますわ」


 どうやら。

 このふてぶてしい態度の巫女姫は、仕え人たちのお気に召さなかったらしい。

 保守的な彼らのこと。ここしばらくシェールやミキアに感化され、地味な巫女姫は久しぶりだった。慣れないのかも知れない。

 それに、マララは美女ではない。品もない。能力は高いかもしれないが、霊山の巫女姫という気品にあまりにも欠けている。仕え人たちにしてみれば、充分に許せない巫女姫なのだろう。

 思えば仕え人たちの巫女姫いじめは、今に始まったことではない。

 彼らは仕事熱心であるが、その分お眼鏡にかなわない者に対しては、かなり冷たい態度をとる。


 サリサが黙り込むと、マララはますます顔を染めて、自分がどれだけ立派なのかを力説し出した。よほど泣いているところを見られたのが恥ずかしいのだろう。

「怪我なんか! 癒し言葉くらい耳で聞いておぼえましたから、治療なんて不要です。霊山に馴染めないとか、仕事がうまくこなせないとか、誰にも相手にされないとか、怪我が痛いとか……そんなことで悩んで泣いているような、出来損ないではありませんのよ!」

 つまり。

 マララは、霊山の厳しい掟に悩み、馴染めず、仕事もこなせず、無表情の仕え人たちに疲れ、最高神官の無関心に心を傷め、しかも、うまく癒せない傷に苦しんでいるということだ。

 反応は違うけれど、至らぬ巫女と思われたくないのは、エリザと同じなのだ。

 宝玉を壊して大騒ぎになってしまったので、自分の怪我のことは誰にも言えなくなってしまったのだろう。

 自分の言葉がどんどん墓穴を掘っていることに気がついたのか、マララは怒鳴った。

「……どこのどなたが存じませんが、私が泣いていたなどと余計なことを触れ回ったら、許しませんからね!」

 その言葉を聞いて、サリサは思わず吹き出してしまった。

 たった三度しか会っていない最高神官だ。マララがサリサを仕え人の一人と勘違いしてもおかしくはないのだが。

 心は通じなくても体を結んだ相手までわからないとは、よほど彼女も心を閉じていたに違いない。

 しかも、今のサリサは昼の行の衣装を身に着けている。こんな仕え人はいない。

 今度は、マララが唖然として笑い続けるサリサを見つめる番だった。

「ええ、ええ、誰にも触れ回りませんよ。約束します。でも、医師に見せたほうが早く直ります。私は、裏口を知っていますから。あなたの仕え人に気がつかれないように、医師のもとへ案内しましょう」

 そう言うと、サリサはマララの手を取った。


 医師の元に着いたとたん、サリサの正体はばれた。

 マララが真っ青になったのは、医師に突き刺さった宝玉を取り出すためにナイフで切られたからではない。

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