巫女姫マララ・5
ラウルが帰った後、サリサは昼の行に向かった。
が……実際は、マール・ヴェールの祠でふてくされていた。
あの男は、宝玉の欠片を売らずに手元に残しておくだろう。エリザのかわりに。
サリサには、それが耐えられなかった。
――ひとつだった石を三人で分けることは……出来ない。
唯一のエリザの思い出に邪魔が入ったような気がして、サリサは苛々した。
それだけではなかった。疲れが急に襲ってきた。
やはり無理をしすぎたのだ。
「昼寝しなきゃ……」
これはふて寝になりそうだが。
サリサは石段を下りて、洞窟へと向かった。
エリザとの思い出がたくさんある洞窟。
ここで初めて会った時、エリザは薬草を選り分けられなくて泣きそうだった。
フィニエルに教えてもらって、エリザがいる事はわかっていた。けれど、臆病者のサリサは、なかなか声をかけられなかった。
エリザが薬草を上手に選り分けられたなら、ぼうっと眺めたままで終わったかも知れない。
ここに来るのは久しぶりだ。
エリザが去ってしまってから、辛すぎて来れなかった。
来れるようになったのは、いない事に納得ができたのか? それとも……エリザのぬくもりを思い出したいから?
何度も忘れようと思ったが、忘れられない。
天井の窓から光が差し込む。
エリザがいなくなったというのに、この洞窟は何一つ変わらない。
サリサは、今にもエリザが現れそうな予感がして、寂しく笑った。
バカバカしいことだが、暗示をかけて眠ることにする。
昔、そうしたように。
エリザが来たら……どのように深い眠りからでも目が覚めるよう……。
どれくらい時間が経っただろう。
サリサは目を覚ました。
エリザではないが、暗示に触れたものがある。
人の気配がする。いや――すすり泣く声だ。
身を起こし、あたりを見渡した。だが、声の主は見つからなかった。
もっと入り口付近。声は岩に反射して奥まで響くのだ。
サリサは、そっと歩き出した。
やがて、声の主を見つけた。
香り苔の群生の中に倒れ込んで泣いている。
――巫女姫マララだった。
どうして泣いている? などと、聞かなくても想像がついた。
すっかり忙しさで忘れていたが、宝玉を壊したのは彼女である。責任を感じていたとしてもおかしくはない。
詫びの言葉一言もないなんてひどい女だ……と思う暇もなく、働き詰めだった。
サリサは、そっと立ち去ろうとした。
泣くほど気にしていたのなら、仕え人を通して詫び状でも届くだろう。
彼女はしっかりしている。村の評判もそうだったし、霊山側で調べた資料でも、物事を完璧にこなす女性と聞いている。
慰めたり、優しい言葉をかけたりして、期待させるべきではない。
なのに、なぜか後ろ髪がひかれた。
お互いに、仕事と割り切って接することが大切なのだ。でないと、サラと同じことになりかねないし……。
霊山の制度は守らなければならない。きちんとした最高神官であるべきだ。そして巫女姫も……泣いていてはいけない。
感情は厄介だ。面倒なことになる。
心なんてないほうがいい。気にするのは、罪だ。
ここで声を掛けてしまったら、物のように抱けるのか?
同情などしてはいけない。情をかけたら、情で戻ってくる。
彼女を認めてしまったら、きっとこれからも笑いかけてしまうだろう。
無視することは出来なくなるだろう。
――そんなサリサ様を見ていたくない。
見なかったことにしよう。
サリサは、思いを振り切った。
ずんずん洞窟の奥へと歩いていく。
だいたい、エリザのことだけを愛しているのに、ミキアにもサラにもマヤにもいい顔をして。自分に苛々してくる。
そういう態度がエリザを傷つけるのだ。だから、彼女を失ったではないか?
困った人を見たら助けたくなる。だから、困りそうにないマララを選んだのだ。
感情を捨て、自己を捨て、敬愛される最高神官になるために。
ここで声を掛けたら……。
優しくなんかしてしまったら……。
サリサの足は止まった。
「ああもう! どうして僕はこうなんだろう!」
こめかみを拳骨でぐりぐり押すと、サリサは振り返った。
そして、洞窟の入り口のほうへと足早に歩いた。
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