巫女姫マララ・4


 祈りの宝玉が割れた後、サリサは忙しくなった。

 まず、祈りが大変になった。だが、昼寝している暇はない。一攫千金を夢見た採石師たちが、採取してきた石を見てくれ……と、ひっきりなしに訪ねてくるようになったからだ。

 ある程度の大きさがないものは仕え人に判断を任せているのだが、まずまずの石はサリサが使い物になるかどうか、判断することになる。

 だが、まともなものはない。

 大きさはあってもヒビがあったり、傷があったり、歪みや濁りがあったりする。

 ダメだしをすると、採石師たちはがっくり肩を落とす。これらの石だって、相当の危険を冒して集めたに違いないのだ。

「祈りの宝玉に値する石は、そう簡単に見つからなくて当然なのです。無理をせずに……。祈りに使えないとしても、これだってかなりの価値があるものです」

 一人一人をねぎらう。


 次は、予算係の仕え人と打ち合わせだ。

 サリサが望む宝玉には、それなりの代価を払わねばならない。しかし、ムテの人々の施しで成り立っている霊山に無駄金はない。

「サリサ様、霊山印の薬草を値上げしてはいかがでしょう? そうすればなんとかやりくりが付きます」

「今だって充分に高いですよ。これ以上値上げしては、庶民に買えるものではなくなります」

「では……。村からの施しを増やしてもらいましょう。今年一年だけでも値上げすれば……」

「今でも充分に高いですよ。飢えて死ぬ者が出れば、祈りどころではありません」

「では、どうすれば……」

「節約です」

「サリサ様。どこをこれ以上節約するのですか?」

 確かにそうだ。

 食事も質素。普段着も質素。部屋も質素。霊山は、ムテでも極めつけに質素な場所である。節約するところが見つからない。

 サリサは頭が痛かった。

「ひとつだけ……いい方法があります」

 あまり望ましいとは言いがたいが、サリサは奥の手を使うことにした。


 夜になると、サリサは部屋で宝玉の接着剤をはがした。

 欠片のいくつかは失われているし、完全に元に戻るはずもない。ならば、バラバラの小さな宝玉として加工されたほうがずっとましだ。

 サリサは、宝玉の欠片をひとつひとつ蝋燭の火にかざしてみた。そして、きれいな欠片を二つ選び、残りを絹の布に包んだ。

 手元に残した欠片に、エリザの姿が浮かび上がるようだ。

 この石は、エリザの涙を吸っている。

 エリザはこの石を支えながら、必死にサリサの祈りを助けようとしてくれたのだ。


 ――忘れられない。忘れたくない。


 ひとつは、自分で持っていよう。もうひとつは……いつか、エリザに渡したい。

 霊山の思い出は彼女を傷つけるかも知れない。でも、エリザはサリサのことを思って祈ると約束してくれた。

 きっと受け取り、朝の祈りの時には握りしめてくれるだろう。

 かつてはひとつだった石を、遠くはなれて二人で持つ。


 ――それで、少しだけ幸せになれる。

 サリサは宝玉に口づけすると、机の引き出しにしまい込んだ。



 宝玉が砕けて四日目のことである。

 まだしばらくはかかるだろう……と思われた宝玉探しに吉報が舞い込んだ。

 一人の若い採石師が、素晴しい石を持ってきたのだ。

 昼の祈りのための着替えが終わったばかりのところで、サリサは慌てて石を見に行った。

 応接の小屋は、岩屋から渡り廊下で繋がっていて、サリサは階段を上る必要がない。だが、採石師のほうは石を袋に入れて担ぎ、長い階段を上る。

 しかし、その男は息を切らす事もなくサリサの前に現れて、膝をつき、胸に手を当てて敬意を示した。

 その男が顔をあげた時、サリサは一瞬だけ顔を曇らせた。

「一の村の採石師、ラウルと申します。尊きお方」

 あの予知夢の男だ。

 そして……雨宿りでエリザといっしょにいた……。

 サリサは、必死に冷静さを装った。それが成功したのか、それともサリサの焦りに元々気がつかないのか、ラウルは背中から袋を下ろし、中から宝玉を出した。

 充分すぎるほどの大きさに、サリサは目を見張った。

 力ある採石師であるうえに、勇気もあるのだろう。この石を採るには、相当の危険を犯したはずだ。

 ラウルは、それなりの重さがあるはずの石を軽々と持ち上げ、机の上にある台座に乗せた。

 宝玉越しに、たくましい腕が際立って見えた。宝玉自体にも歪みがない証拠でもある。

 手をかざすと、気が満ちてくるようだ。

「これは……素晴しい」

 サリサは認めるしかなかった。

「ありがとうございます」

 ラウルという男は余計なことを言わない。今までの採石師が、自分たちの石を必死に売り込もうとしてきたのとは対象的だ。石の価値を見極める能力にも長けているのだろう。

「ラウル。感謝します。この石をいただきましょう。報酬としまして……」

 サリサは目で合図した。

 側で控えていた仕え人が、絹の包みを運んできた。机の上でその包みを広げると、中からきれいな石が出てきた。

 その美しさに、ラウルの目が輝いた。石の力を見抜いたのだろう。

 だが、サリサは余計とも言える説明をくわえた。いわば、売り込みである。

「採石師に石で報酬というのも奇妙ですが、この石は特別な石です。先代最高神官であるマサ・メルの時代から、巫女姫の祈り言葉を吸収し、吐き出し続けた石なのですから」

 ラウルの顔が驚きの表情に変わった。

 当然だろう。いくら役目を終えたからといって、霊山の秘宝が山を下ることは今までなかった。一般人の手に入ることはないのだ。

「この石は、霊山での役目を終えて砕けました。私は、それを民に『分け与えよ』という霊山の意思と判断しました。石自体はもちろん、霊山での祈りで長きに渡って使われていたことを考えると、その価値は計り知れないでしょう」

 苦々しさをこらえて、サリサは石の価値を強調した。

 ラウルのほうは、まるで石に惹き付けられるようにして立ち上がり、そっと手を掲げてみたりしている。

「この石をあなたに報酬として与えましょう。霊山の恩恵を受けた石として売ればいい値段になる。そこから得られた利益は、当然あなたのものです」

「これは……巫女姫様がお使いになったもの……ですか」

 ため息まじりの声。サリサの説明を聞いていないようだ。

 仕方がないとはいえ、この男にエリザも使った石を渡したくはなかった。

「もちろんです。必要とあれば、証明書をおつけします」

 声に憤りが交じったのか。ラウルは慌てて跪いた。

「申し訳ありません。お言葉を疑ったわけではありません。このような貴重なものを……信じられなかっただけなのです。ありがとうございます」

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