巫女姫マララ・3


 マララが霊山に来て四日目の朝だった。

 朝の祈りのため石段を登っている最中に、サリサはマララの視線を感じた。

 夜以来、お互いに顔を合わせていない。こうして遠目で見ることはあっても、次に会うのは次回の夜だ。

 何か、すがるようなものを感じたが、サリサは無視した。

 彼女は、巫女姫として充分な才能がある。しかも、本人も自信がある。

 最高神官に何か言いたい事があったとしても、それは仕え人を通じて言うことであり、重要な事と彼らが判断すれば、サリサの耳にも入るのだ。

 あえて気にして頼られても困る。

 サリサは、完全に心を遮断したまま、祈りに入った。


 祠の隙間から差し込む陽光。

 それを合図に、朝の祈りは本番に突入する。光を集めて拡散する。

 霊山の気は、光に乗って力を増す。うまく調整し、吐き出し、ムテ全域へと飛ばすのだ。

 唱和の声、村人たちの祈り、そして巫女の祈りが、サリサの祈りを助ける。

 ……のだが。

 初日から見事な祈りをしていたはずの巫女姫の気が、突然感じなくなった。

 一瞬、力が弱まる。巫女姫と同調していた者たちの祈りも、一気に拡散されてしまった。

 巫女姫がいなくてもなんとかなるサリサである。

 焦ったのは、別の理由からだった。


 ――エリザ?


 この祈りの失敗の仕方。とちり方。

 霊山に来たばかりのエリザそっくりだったのだ。

 もともと巫女姫に選ばれるはずのないエリザは、特に祈りの力が人並み以下にひどかった。最初の二、三度は祈りをしくじる巫女姫はいるだろうが、エリザの場合は失敗が無くなるまで、かなりの時間を要したものだ。

 まだ来たばかりのマララがしくじることもありえる。だが、昨日までは完璧だっただけに、同じ人物とは思えない。

 潰えかけた力を、サリサは慌ててまとめ上げた。より大きく。失敗を埋め合わせするように。

 祈りの言葉は完結して力となり、輝きを増して、ムテのはるか彼方、隅々まで飛んでいった。

 いつものように、祈りは終わった。

 だが、サリサは奇妙な気持ちになっていた。

 何があったのだろう? 何かあったに違いないのだ。



 部屋に戻り、朝食をとりながら。

 マララが来て初めて、サリサは仕え人に命令した。

「巫女姫の様子を見てきてください。責めているわけではありませんが……祈りの途中で何があったのか、知りたいのです」

 仕え人は、胸に手を当てるとすぐに部屋を出て行った。

 薬湯を飲みながらも、サリサは気がせいた。仕え人が戻ってこないのでは? と思うほどに。

 

 エリザが戻ってくるはずはないのだけれど……。


 仕え人は、珍しく小走りで帰ってきて、扉を開けるなり、口を開いた。

「サリサ様、大変なことが……」

「何事です?」

 冷静な仕え人に似合わない態度。よほど、奇妙なことがあったのだろう。

 それは、奇跡にも近い夢のような出来事ではないのだろうか?

 エリザにかかわることではないのだろうか?

 サリサは期待と不安で、報告を待った。

「実は、マララ様が……祈りの宝玉を壊してしまったそうです」

「はぁ?」

 サリサは、すっとんきょうな声をあげた。


 祈りの宝玉――それは、巫女姫が祈りに使うものだった。

 薔薇色がかった透明な宝玉で、霊山から切り出した石で出来ている。気を増幅し、反射させ、吐き出す媒体の役割をし、巫女姫の力を補助するものだ。

 硬い石なので、割れるはずはないのだが……。


「どうも祈りの力が強く作用してしまい、石に負荷がかかった状態で掲げ続けてしまったようで」

 石はそれなりの重さもある。

「支えきれずに落としたのですか?」

「いいえ、強く支えすぎて……砕いてしまったようです」

「……え?」

 冗談でしょう? と、思わず言いたくなったのだが、仕え人が冗談など言うはずがない。

 真実だろう。真実としたら……マララはすごい力持ちに違いない。男性だって、そのようなことはできない。

「サリサ様。これは一大事です。新しい石を入手しないことには、明日から巫女の祈りはありません」



 翌日から、採石師たちの通り道に【宝玉求む】の看板が立てられた。

 祈りの宝玉は貴重な石であり、しかも山の頂上付近の絶壁にしかないのだ。

 霊山の採石担当者も出かけたが、彼らは主に薬石しか集めてこない。とても荷が重いだろう。

 さらに困ったことに、霊山の石には支払の必要がないが、手数料は相当額を払う事になる。予算係は頭を痛めることだろう。

 それよりも、すぐにこれだけの石は見つからないだろう。唱和の者たちの頭も痛いだろう。

 巫女用の祈りの祠で、サリサは石を見てため息をついた。

 砕け散ったという祈りの石は、接着剤で止められていて、いびつな球体となっている。この状態では、巫女の祈りは村人の祈りと同じ力しか発しない。

「この石では祈りがかえって分散してしまいます。おろすしかありませんね」

 サリサの言葉に、唱和の者が石を運び出す。


 ――エリザもこの石を支えて祈っただろうに……。

 またひとつ、エリザの思い出の品が消えてしまった。

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