椎の村にて・6


 お客ではない、特別扱いはしないで欲しい。

 そう言われて食堂まで案内したものの、案の定、エリザは緊張しているようだった。

 当然だ、とリリィは思った。

 わいわいがやがやのリューマ族たちの夕食は、リリィも慣れるまでは食事が喉を通らなかったほどだ。

 いくつかのテーブルに分かれて食事をしているものの、一部は盛りあがり、酒を酌み交わしている。椅子の背もたれに足を乗せたり、テーブルに肘をついたりしている者もいる。

 彼らにとって食事の時間は、いわば仕事で溜まった憂さをはらす場でもある。

 陽気に騒ぐ者やら、泣き上戸やら、怒り出すものさえいる。時にだみ声の奇妙な歌声も聞こえてきて、しかも、テーブルの上で踊っている輩もいる。

 どの姿も、ムテでは見かけない品のなさだ。

 最高神官サリサがこの席で平気だったのは、やはりかつての旅の経験からなのだろう。だが、エリザには初めてのことだ。


「やはり……慣れていないのでしたら、お部屋で食事をしますか? そのほうがジュエル様にもいいかと……」

 と、言って、リリィは驚いた。

 これだけやかましい空間なのに、ジュエルはエリザの腕の中ですやすや眠っていた。

 エリザもさすがに我が子のたくましさに驚いているようである。

「だ、大丈夫です。私の家は昔から蜂蜜の仲買いをしているんです。だから、時々はリューマの商人が……」

 来たりするだろうが、ここまで大勢のリューマ族を見た事はないだろう。

「ごめんなさい。私の夫がリューマ族とは思わなかったでしょう?」

 リリィは少し苦笑した。

 その時だった。

「そんな固くならずにくつろいでくれよ!」

 どすん! と料理を置く人物。

 リューマ族のカシュ。リリィの夫である。

 そのダイナミックさに、エリザは思わず跳ね上がったほどだ。

 カシュは、ガハハ……と笑った。

 その横で、マリもガハハ……と笑っている。

 エリザはすっかり戸惑っていた。

 リリィは心配しながらも、マリとカシュにつられて笑った。


 ――巫女姫だった方に、このノリは大丈夫なのかしら?


「そこさ、サリサが座った席なんだよ。へへへ……」

 食事の最中、いきなりマリが言い出した。

「え?」

 エリザは小さな声を上げた。驚いているというよりは、聞き逃したという風。

「マリ!」

 話を続けようとしたマリを、リリィが制した。

「なんで? だって本当のことだもん! サリサのこと話すのって、そんな悪い事?」

 エリザにサリサの話をしたくてたまらないマリは、すっかり不機嫌になっていた。

 いきなりカシュがマリの頭をくしゃっと撫でた。

「バーカ! 大人の話にガキが顔突っ込むんじゃねえ!」

「だって、あたし、大人だもん!」

 カシュとマリが言い争い始めた。

 その横で、少しだけ言いにくそうに、リリィは言い出した。

「あ、あの……いえ……ね。来たんです。あの方」

「……え?」

 エリザはますます不思議そうな顔をした。


 ――最高神官のお話は禁句だわ。


 リリィはそう思っていた。

 だが、そこまで知ってしまえば、真実を言ったほうがいいだろう。

「サリサ様は、蜜の村へ行くと言っていました。エリザ様の故郷を見ておきたかったのだと思います」

「ああ……」

 エリザは小さな声を上げて、両手で額を押さえ込んだ。

 まるで、頭痛に襲われたかのように。

「エ、エリザ様?」

「あ、大丈夫です」

 しかし、上げられた顔は少し青ざめていた。

「郷から嘆願書が出ていたのです。それで、おそらく……」

 エリザの呼吸がやや早くなった。

 食べかけのパンは、机の隅に置かれたまま減っていない。

 リリィは、少し心配になった。

「あ、あの方は……とても優しいので……」

 エリザの声は、だんだん先細りになり、最後は聞こえなくなった。

「エリザ様? エリザ様!」

 リリィが呼んでも返事がない。

 じゃれあっていたマリとカシュが異常に気がついて、ぴたりと止まる。

 カシュはあっというまにエリザを抱き上げていた。

「こんな細っこいからだ! すぐに貧血をおこすのは!」

 怒鳴りながらも、カシュはエリザを隣の部屋まで運んだ。

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