第4話
「なるほどな。 では……私はどうすればいい?」
「占いましょう。 天に問うのです」
そう告げると、祐玄は仕事道具である筮竹を取り出した。
目を閉じ、手にとった筮竹をジャラジャラと混ぜ合わせ、それを半分に分ける。
「ご存知かもしれませんが、易占いとは中国最古の書物のひとつ……易経に記されている占術で、天に問いかけて道を示してもらう方法です。
儒教の教えとも深く結びついており、私の流派は朱子学の祖、朱子の残したものを元にしております」
そしてそんな説明をしつつ、祐玄は右手にとった筮竹の束から一本を抜き出し、左手の小指と薬指の間に挟んだ。
「こうして手に残った筮竹の数を調べ、奇数なら陽、偶数なら陰。
その組み合わせを元に図形を作り出します」
祐玄はその言葉通り手にとった筮竹を数え、何かのデジタル信号を思わせるような記号を書き記してゆく。
ただそれだけの事なのに、祐玄がやれば舞のように美しく、天の意志を問うにふさわしい所作に思えた。
その優美な仕草に目を奪われ、二宮教授は言葉も出ない。
いったい……この妖しくも清らかな所作から、どのような天啓が得られるというのだろうか?
「ただ、陽の気が強すぎるとそれは陰に、陰の気が強すぎるとそれは陽へと変じるため、それが変爻と言う運命の変わり目として現れるのですよ……あなたの場合は、上九。 図形の一番上にあたる部分が変爻になっておりますね」
やがて得られた記号を読み取ると、祐玄は筆を手にとって『
「この図形は上下二つの象徴から成り立っているのですが、上の象徴が"離"と言って炎をしめし"中女"と言って女性の人格をもちます。
そして下の象徴は"沢"と言って水の象徴であり"少女"といってこれも女性の人格。
すなわち、これは性格の違う二人の女が同じ家で生活をしている有様を形どっているのです。
そして二つの存在の生き様が互いに背を向けているようであることから、
すなわち、
そう前置きをすると、祐玄はさらに深く解説を始めた。
「この二つのうちの片方が二宮教授で、もう片方は今回の怪異を示していると見て良いでしょう。
本来は、一見して互いに違う価値観をもっていても、その違いを乗り越える一つの価値観があるという吉相ですが……」
吉相という言葉に、二宮教授は怪訝な表情を浮かべ、祐玄もまた言葉を濁す。
「先ほども申し上げたように上九と呼ばれる部分が陽から陰に変わる兆しを見せていることで、あなたの運命に大きな災いをもたらしています。
易経にはこの卦についてこう記されている」
そう前置きを告げると、祐玄の唇から歌うように古い詩が流れた。
「
象に曰く、雨に遇うの吉なるは、
それは、易経に記された
易をたしなむ者は、この古書の言葉を元に運命の解釈を行うのだ。
「これは妄想から敵意を抱き、自ら敵を作り出すという意味です。
ただし、弓に矢をつがえ、やがて外す……つまり、和解の道があるということ。
雨にあうとは、陰と陽が交わって一つとなることを意味しております」
だが、二宮教授はその言葉にも首を捻る。
「もう少しわかりやすくお願いしてもよいだろうか」
祐玄は一つ頷くと、ようやく教授にも理解できる言葉をつむぎ出した。
「一度、その怪異と顔を突き合わせて話をしてみるといいでしょう。
貴方が望むならば、アレはすぐにあなたの目の前にやってくる」
「あ、あれと顔を突き合わせろというのか!?」
思いもよらなかった提案に、二宮教授は思わず椅子から腰を浮かす。
だが、祐玄はなんでもなかったように、謎めいた言葉をかえした。
「そうです。 そして選択なさるといい。
あなたは死ぬ事もできる。 死なない事もできる。
いずれにせよ、呪いはとけてあなたの心は安らかになるでしょう」
それはなんとも奇妙な言い回しであり、解決の糸口としてはあまりにも不吉。
二宮教授はおそらくキツネに化かされたような気分になったであろう。
しかし、祐玄はそれでかまわないとばかりに大きく頷いて、もう少し具体的な言葉を口にした。
「心配しなくとも、あれはそもそも敵ではないのです。
あなたの前に現れても、ただ語るだけでしょう。
ただ、その話す内容は、おそらくあなたにとって受け入れがたいことになるはず。
だからこその
実際に会って、話して、相手の言葉を全て否定する事ができたならば、その怪異は二度とあなたの前に現れなくなるでしょう」
「……本当か? それだけでいいのか?」
震えながら言葉を搾り出した二宮教授に、祐玄は大きく頷いて、さらにこう付け加えた。
「ただし、一人っきりで。 会えばその理由もわかると思います」
「どうしても……か?」
「別にどうしてもと言うことありませんが、おそらく貴方がそれを望むはずだ」
そう言って、祐玄は振り向きもせずに後ろにある窓の外を指し示す。
「こ、これは!?」
二宮教授はその指し示された方向を見て、そして震え上がった。
弾かれたように立ち上がり、ガクガクと震えながら窓の外を凝視する。
だが、そんな二宮教授の様子にも、祐玄はかけらも興味をしめさなかった。
まるで、最初からそこに何が映るかを知っていたかのように。
「たしかに……これは一人で会わなければならないようだ。
一つたずねるが、お前はどこまで知っている!?」
殺意すら漂う声と視線で、二宮教授は祐玄を問いただす。
だが、祐玄は静かに首を横にふった。
「何も。 私にわかったのは、貴方が何をするべきかであって、貴方が何をしたかではない。
もっというならば……私はあなたに興味が無い。 その過去についても、未来についても」
祐玄がはっきりした言葉度そう告げると、二宮教授はようやく大きな息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「わかった。 それならば私はそろそろお暇しよう。
やるべき事は理解したからな。
礼金は、後ほど口座に振り込んでおく」
二宮教授はそのまま椅子に腰をおろそうともせず、時間が惜しいとばかりに急ぎ足で帰っていった。
そして教授の乗った車が窓からも見えなくなると、祐玄は携帯電話を取り出し、知り合いのところへと電話をかける。
やがて相手が電話の向こう出ると、祐玄はひどく不機嫌そうな声で相手に告げた。
「あぁ、あんたが紹介した客……あれはほっとくと死ぬぞ。
顔に死相が出ている。 あと、運命が変わっても流れる先は"帰妹"の卦だ。
……そうだ。 本来ならば吉相の範囲でとどまるはずだが、今回に関しては凶相に引きずられている気配がする。
つまり、どう考えてもロクな結果は生まない」
帰妹とは、するべきではない相手との婚姻を象徴した卦である。
つまり、予測された失敗や苦痛しか見えない状況を意味しているのだ。
そして、祐玄は電話の向こうに問いかける。
「で、あんたはどうしたい? あれは死んだほうがいいのか? それとも生きていたほうがいいのか?」
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