【番外編】海を泳ぐ小鳥─0─
半分で良い。
人並みで良い。
普通で良い。
平凡で良い。
程々で良い。
『幸せのはひふへほ』──これは、何かにかけて良くも悪くも平均的な女子高生・
今から十八年前の夏。“Ω”として生を受けた彼女だったが、さりとて時代は都にとても優しかった。“α”と“Ω”の影響が顕著に表れていた一昔前と比べ現在は、“Ω”と言えど体質的な不調のサイクルに陥ることもなければ、それを理由に仲間外れにされることもない。
恵まれた環境と、大好きな家族や友達。ただ普通に楽しく過ごしていられる今の有り難さ。ちょっと前じゃあ絶対こうはいかない、と何かのタイミングで思い出す度に感謝を忘れない都は、まさしく良い子のお手本のような少女に清く美しく成長した。
今でも充分幸せなのだから、これ以上を求める必要はない。このまま何事もないのが一番だ──と、都は今でも心からそう思っている。ほら、あの全国的に有名なグループだって、ナンバーワンにならなくてもいい、人は皆元々特別なオンリーワンだと笑顔で歌っていたではないか。
(私は勉強もスポーツも、何をやっても普通止まりだけど、それでいいんだ。普通が一番! だって、それが──)
橘都という、良くも悪くも真ん中な女の子なのだから…………
……だった、はずが───!?
しかし!
とある日!
そんな都に、まさかの望まぬ転機が訪れてしまう。
それは……今からおよそ二年前、まだ彼女が神楽坂女学園の一年生であった頃───……
「◯◯◯ ◯◯ ◯◯◯ ◯◯……」
突然目の前で、何の脈絡もなく聞かされたそれは、あまりにネイティブすぎてあっという間に都の耳を右から左へ通り抜けていった。
時は放課後。場は図書室。今都は、図書委員会の仕事である本棚の整理の真っ最中だった。どうにもバラバラに戻されがちな書物の並び替えを、小脇に数冊抱えつつマイペースにやっていたところ、どこか近くからドサッなんていう物音が聞こえ、不思議に思い振り返る。
見ると、図書室の入り口に突っ立っている今し方やって来たらしい誰かと、その足下に落ちているスクールバッグが目に入った。とは言え──「肩からずり落ちちゃったのかな」と、都の関心はその程度。わざわざこの距離を駆け寄って拾ってやる程の縁も、もちろん馬鹿にして笑うだとかのゲスな発想もなく、彼女は何の気なしに作業を再開させた。
そうしたら、これだ。
突然始められた、このナチュラルな英会話。
「◯◯◯ ◯◯ ◯◯◯ ◯◯……?」
「……ふぇ?」
たった今、鞄を落とした知らない誰かが、恐るべき速さで都のすぐ隣まで来て、いきなり何かを言ってきた。いやむしろ、隣というか、何故か空いていた方の手をぎゅっと取られている。つまりは接触されている。どうして? ていうか誰? それと今何て言った……? 一言目すらちっとも聞き取れなかったのに、続け様にまた新しく何かを話されてしまった。
動揺の末、あんぐりと口を開けてしまう都。無理もない……突然やってきたその謎の美少女は、これまで都が見てきた中で最も日本人離れした美貌&プロポーションの持ち主だったからである。
(が、外国の方だ……!)
自分と異なる色の髪と肌、スッと高い鼻筋、透き通るような碧眼に、一〇センチ以上離れていそうなこの身長差。何より極め付けは、今し方問い掛けられた美しい発音だ。驚きざまだった事もあり、その時都は、彼女を日本語が通じない相手だとうっかり思い込んでしまったのだ。そうなると焦りまくってしまうのが、母国語しか自信のないジャパニーズのサガ。
緊張で固まりつつあった都の脳裏に、わりと最近まで必死になってやっていた、ある入試対策問題集が闇雲に浮かび上がる。
設問:日本語訳を参考にし、適切な英単語を次から選び、括弧内を埋めなさい。
①ジャック「すみません、スカイツリーにはどうやって行けばいいでしょうか?」
JUCK“Excuse me,( I )( II )( III )( Ⅳ )( Ⅴ )?”
【tell me】【Tokyo Skytree】【can you】【get you】【how to】
②ハナコ「この道を真っ直ぐ進んでください。突き当たりまで行ったら、右に曲がってください」
HANAKO“( I ) on ( II ). When you ( III )( Ⅳ ) of the road, ( Ⅴ ).”
【get to】【this road】 【the end】 【turn right】【Go straight】
穴埋め問題のコツは、ズバリ、英単語の意味と文法のルールの丸暗記である。記憶力に自信がある都にとってこの手のテストはモーマンタイ。だがしかしそれは、教室の席に着き、適度なヒントが書かれたテキストと向かい合い、集中できる環境だからこそ言える話であって──例題のような環境や、まさしく今のように急に何かを尋ねられてしまえば絶対に答えられない逆の自信があった。
(こ、こんなことならWritingよりReadingをもっと頑張っておけば良かった………)
なんて今更恨み辛みを重ねても、今は今。
残念ながら、ズレ落ちそうな眼鏡の先にキラキラ映る、モデルみたいな誰かさんからの質問はなかった事にならない。
都は困った。ほとほと困り果てた。背中にドッと嫌な汗まで流れ始めて、このまま握られていたんじゃ手汗までバレると焦りが加速して、その内利用生徒達の視線も集中してきて……!
(ああダメダメ、とりあえず何か答えてあげなきゃ!)
あわあわしながらも都は、頭を必死に回転させた。
──何を聞かれたのかわかんなかったけど、待たせちゃってるんだから、きっと困ってるはずなんだから、早く、何か……こういう時は、とりあえず、何でもいいから……こういう時の、一言っ!
「えっと…………い、いえす?」
「──────ッ!!」
その途端、パァァッ! と花が咲くエフェクトが彼女の背後に視えたかと思ったら、瞬く間に力強く抱き寄せられ──そのままアグレッシブでパッショネイトなハグをむぎゅうううううううっとかまされた。
ふわりと香る程の頬の触れ合いの後、とにかく柔らかくて温かなおまんじゅうに都の顔のほとんどが埋もれてしまい……
「わぷ! ……!?」
「Ah,Thank you so much……本当にありがとうございます! 一緒に幸せになりましょうね!」
「……ニホンゴハナセルノ!?」
都による謎の片言ツッコミと、もろもろの衝撃による本の落下音と、周囲のどよめきによるセッションで、静粛を重んじるべきはずの図書室が一時大騒然となる───。
これが、平凡少女・橘都に起きた珍事件。
しかし、残念ながらこれはまだ序章に過ぎず……
──“I fell in love with you the moment I saw you……”
──“Would you go steady with me with marriage in mind……?”
あの時聞き逃した英文が……
──『私はたった今貴女に会い、一目で恋に落ちました……』
──『結婚を前提にお付き合いしていただけませんか……?』
……だと、後日知った時。
実はあの時、名も知らぬ美人から初手プロポーズを受けていたのだと発覚した時──さて、頭を抱えた都が叫んだ言葉は何か。次の内から全て選びなさい。
①「う、嘘だよね? 私『YES』って答えちゃったんだけど!」
②「っていうか普通それ初対面で言う!?」
③「ごめんなさい、あの時のはなかったことにしてください……本当にごめんなさーい!」
──解:① ② ③ の全部。
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