美味が為に、爆発す─1─
犬──。それは、太古より受け継がれし永遠の絆。人類の友。我々の最高のパートナー!
小型から大型、短毛種や長毛種、牧草犬、軍用犬、愛玩犬など種類は実に様々で、その数なんと三百種類以上。公認されていないものまで含めればざっと千を越えるらしい。老若男女問わず昔から、世界中で愛され続けている生命体だ。
無論、瀧本咲夜もその一人だった。いつか責任ある生活を保てたら、是非とも犬と暮らしてみたい。それは彼女の夢の一つでもあった。
一日! とりあえずたった一日だけでもいいから、おはようからおやすみまで、そしてまたおはようと言える生活を最愛のぺットと過ごす事が出来たなら……!
とまあ、そんな咲夜のふわふわとした願いが今、思わぬ所で聞き届けられようとしていた。
「ああ……ああっ、夢みたい。瀧本さんが、私の家に……」
もう何度目かもわからない咽び。聞き流そうと咲夜が向けた視線の先には、祈るように合わせた手を口元に添える、
「……ふ」
それを見て、彼女に聞こえない程静かに、咲夜は笑みをこぼす。……今だけ。今だけは。咲夜は天華の言動を受け容れる気持ちの準備が出来ていた。多少の事なら何をされても許せる自信があった。
何しろ、今回のイベントの主催者は──
「今日、本当にありがとう……」
ずっと感激しっぱなしの、この先輩様なのだから。
「こちらこそ。……って、このやり取りも何回目すか……」
からりと晴れた良い天気。竜峰と書かれた表札の前に降り立ち、咲夜は改めてそこを見上げる。夏も近い日頃。動きやすさ重視の私服姿──七分丈のオーバーオール──となった彼女の目線の先には……デン! と想像以上の豪邸が。
「それにしても、ほんとにデカイ……」
「そんな事……瀧本さんこそ、それもう三回目だけど」
*
今になってみれば、どうしてあんな事をしてしまったのか理解出来ない。なんて経験、貴方にはあるだろうか。ちなみに瀧本咲夜には、ある。
ただ、一口に失態と言っても大なり小なり色々だ。自分の話ではないが、嫌な例を挙げると、「金に目が眩んで……」という理由でそれに及んだとか何とか、一昔前、ニュースでよく耳にした犯行動機。それで言うなら咲夜は………
「もふもふに目が眩んだとしか……」
「何か言った?」
「いえ何でも」
正門を潜り抜けながら、咲夜は記憶を振り返る。──と言っても、正直なところ後悔と呆れしかないのだが。あれは……そう、確か何の脈絡もなく、天華から天使(仔犬2匹)の写真が送られてきたある日の事だ。
いっそ誰かに笑い飛ばして欲しいレベルで勝手に傷心していたというのもあり、数枚連続で送られてきたそれらに、ついつい我を忘れて飛び付いてしまった。
これでも一度は冷静になり、考えを改めようとはしたのだが、一家の大黒柱•富田虎由からまさかのOKが出て……
『竜峰センパイ……えーと、まあその、昨日の話なんですけど、遊びに行かせて下さい……』
『………!!!』
『あっいやっ! でも泊まりはナシです! ただお邪魔しに行くだけで!』
『──ドッグラン』
『へ?』
『泊まってくれるなら、連れていってあげるわ。アスレチック完備の大きなドッグランに』
『……っ』
『三連休なら間違いなく、たくさんの仲間達に会えるでしょうね……それでも駄目?』
『う……』
『……ジェーンとニコルの仔犬時代の動画』
『よろしくお願いします』
お願いしますじゃねえ。何即決してんだアタシ。……はあ。とまぁ、何度思い出しても情けない思い出である。恐らくだが、熱くなると損得勘定を放り出す悪い癖はきっともう一生治らないだろう。
(でもあのタイミングであんなお宝ムービー差し出すのは反則でしょ……くそぅ)
……ともあれ。
感謝と警戒と期待と絶望が適当な感じに割り振られた心を引き締めて、ボストンバッグを肩に引っさげる咲夜。もう片方には手土産が三袋程。ザッザッと歩みを進めると、前方に……迎えのどなたかだろうか。重厚な門の側に立つ、オーソドックスなメイド服の女性と、ビジネスカジュアルなパンツスーツをすらっと着こなす殊更な美人がいた。前者は優しそうなヒトで、後者は仏頂面で取っ付きにくそうなヒト。なれど、その雰囲気や顔立ちがどことなく天華に似ている気がする。咲夜はまず母親かと思ったが、それにしては見た目年齢が二十代半ば過ぎくらいだったので、姉か誰かだろうと判断した。
(っていうか、いるんだ、身近にガチのメイドさん雇ってる人って……)
改めて、左隣の自称•運命の人を畏れに近い感情で盗み見る。
「ただいま」
「おかえり、天華。それといらっしゃい。貴女が瀧本さん?」
「あ、はいっ! 初めまして、瀧本咲夜です。竜峰先輩にはいつも大変良くしていただいてます。本日はお世話になります、よろしくお願いします!」
驚きはさておき、ここ最近で一番の営業スマイルで頭を下げる咲夜。
「あの、これ、ウチのお店のスイーツです。ぜひ皆さんで召し上がってください」
「まあ、どうもありがとう」
「あ、甘いものが得意でない方の為にお煎餅も持ってきたんですけど、お姉さんは大丈夫でしたか?」
「え?」
「え?」
その途端、目の前の美人と真隣の美人が、仲良く声を揃えて咲夜を凝視した。ぽかんとしてしまった咲夜も流れで「え?」と言ってしまったが、唯一メイド服のお姉さんだけはあらあらといった様子で微笑んだままでいる。
「………瀧本さん、こちら、私の母」
「え! 嘘? 失礼しましたすみません、お、お母様でしたか」
「……」
初っ端からつまらない失敗をしてしまったことにサッと身を縮こませる咲夜であったが、実は心の中では「いやわかるかい、いくつだよ歳!?」と謎の逆ギレをかましていたりする。
「あんまり歳が離れてないように見えて……いや、えっと、何でもないです! ごめんなさい」
「……気にしないで。さて、立ち話もなんだし……佐久間さん、まずはお茶にしましょう。手伝ってくださる?」
「まあ! はい、奥様」
スタスタと先を行ってしまった天華母と、佐久間というらしいメイドさん。を、ぽかんと見送りつつ、うっすら流れてゆく冷や汗。
「せ、センパイ」
「ん?」
「アタシ……お母様の機嫌損ねちゃいましたかね」
「まさか。むしろあれは逆」
「え? でも、何かちょっと空気変わっちゃったっていうか……足早に行っちゃいましたし……?」
「ああ……お母さん──母はね、気に入った相手には自分で紅茶を煎れる癖? があるから、すぐにでも貴女にその腕を披露したくなったんでしょう。普段はさっきのお手伝いさん、佐久間さんっていうんだけど、あの人にいつも任せてるから」
「そ、そうなんすか? じゃあ、何だかあんまり笑ってないように見えたのは……?」
「……それは、まあ……私の母だし」
「…………なるほど」
そう言われるとストンと胸に落ちるものがある。
あの母にしてこの娘あり、ということか……
「さあ、私達も行きましょう。ところで瀧本さん、まだ何か持ってるようだけど、その袋は?」
「あ、渡し損ねた。……どうぞ、ワンちゃん達にです」
「犬にまで手土産……!?」
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