言葉が為に、口閉ざす―1―
時刻はゴールデンタイム。富田家のリビングにて宿題消化中だった咲夜のスマホが、いつの間にかぴこぴこと通知ランプを点滅させていた。
どうやら知らぬ間にメッセージを受信していたようだ。勉強中とは言え、一度気付いたからには確認してみたくなるというもの。ということで咲夜は、軽い息抜きのつもりでトンとタップしてみた。
すると、そんな気軽さとは対称的に画面の半分が一気に申し訳なさげなイラストアイコンとメッセージで埋まったので、思わず「えっ」と声が出てしまう。何だ何だと見てみると、それは同じ委員会のクラスメートからのヘルプコール。
「何々……あらら」
絵文字塗れの話の要点を把握した咲夜は、そのクラスメートへの返信は一旦保留にし、何だかんだで結局交換していたとあるID主へメッセージを送った。
<こんばんは、竜峰先輩。お疲れ様です>
<相談なんですけど、同じ委員会で明日当番だった子から「風邪引いたから明日学校無理そう」って今メッセが来まして。だから私に代わりに出てもらえないかってお願いされたんですが、明日部活お休みしても大丈夫でしょうか?>
これでよし。スマホをペンに持ち替えて、プリントとの睨めっこを再開。こういう事があるからやっぱり連絡先を交換したのは別に悪くなかったと考えていると、すぐにまたスマホが反応した。ぴこん。早速返事を見て……おや?と、少しだけ驚く咲夜。何故なら、それは想像していたのとは違うID主からのメッセージだったからだ。
<こんばんは>
<すみません、突然天華が放心状態になったので何事かと思い、失礼ながら横からメッセを見させてもらいました。
委員会の件ですが、大丈夫ですよ。今、そんなに立て込んでませんからね。こちらのことはお気になさらず!>
「……小鳥遊会長も大変だな」
わざわざ代わりに返事をくれるなんて……と、向こうの状況を想像して少しクスリとしてしまった。
<ありがとうございます!竜峰先輩によろしくお伝えください……>
<しゃんとしろって背中叩いておきます>
今頃本気で叩いてそうだと想像しながらも、次に宛先をその困った先輩に切り替え、<明後日は大丈夫ですから>と追記して。そして最後にクラスメートへ、了承と心配の意を送った。
「ねー!サクちゃん、まだー?」
「あー、まだ。ごめんねハル、もうちょっと待ってて」
「えぇ〜〜」
と、不満げにテーブルを覗き込んで来たのは、富田家の次女•
では、仲睦まじい二人の片方がこんなにもむくれているのは何故なのか?その原因は、どうやら彼女の手に握られているゲームのコントローラにありそうだ。
「もうコンピュータ相手じゃ楽勝すぎてつまんないよー!」
「わかったわかった、あとここだけやったら終わりにするから」
「じゃあスマホ触ってないで早く終わらせて!」
「はいはい」
……と、どうやらそういう事らしい。
が、そんな妹分の可愛くいじけた催促を軽く受け流した咲夜は、依然としてスマートフォンを持ったまま。
「そうだ、ハルあのさー。まだあのマドレーヌって残ってたよね?」
「賞味期限近いから食べていいよってパパが持ってきてくれたやつ?」
「そうそう」
「うんあるよ!一緒に食べる!?」
「あごめん、明後日持ってこうかなって」
「………」
結局の所、ゲームをしたいというより咲夜と仲良くしていたいだけの遥は、コントローラをぽいっと投げ捨──あー、ぽんと置いて咲夜の隣に座った。
ちなみにパパというのは、富田家の主で
「今度は誰?」
「部活の先輩」
「ふーん」
遥はテーブルに頬杖をつき、無意味に足をぷらぷらと揺らす。普段咲夜は、ただ自分のおやつや知人に喜んでもらう為にお店の残り物を持っていかない事を遥はよく知っていた。表向きはそういう
だが……それを理解していても尚、何故だかいつもとは雰囲気が違う気がして面白くなかった遥は、何となくつまらなそうに相槌を打った。
「明日、ほんとは部活……まぁ生徒会だったんだけど、急に委員会の方やんなきゃいけなくなっちゃってね。ちょっと悪かったかなーって。だからこれあげるから機嫌直してって作戦!よし、今写真でも送っとくか」
「ええ?でもそれって、サクちゃん別に悪くなくない?だってしょうがない事なんでしょ?」
「まあね」
「じゃあいいじゃん、サクちゃんがそこまでしてあげなくったって!」
「けど、何か落ち込んでるみたいで可哀想だし」
「……その先輩が?」
「そー」
「……サクちゃんに会えなくて……?」
「………」
途端、咲夜が「やべえ」みたいな顔をして席を立つのを、見逃す遥ではなかった。
───突然だが、ここで問題である。
【サクコン】。これは何を意味する言葉だろうか?
サークルコンテスト?はたまた、サックスコンクールの略語?……惜しい。略語なのは正しいが、組み合わさっている二つのワードが違うのだ。それではヒントを与えよう。サクコン──それは、彼女……富田遥の事を指す言葉である、と。
「……さーて、マドレーヌマドレーヌ、写真写真っと……」
「ねえ、何なのその人。先輩、なんだよね?普通、一回会えなくなるだけでそんなに落ち込む?その人もαでしょ?サクちゃんの事好きなんじゃないの?……ねえ?」
「え……いや、さあ……どうだろ……わかんないけど……いや、違うんじゃない……」
嫌と言う程わかりきった内容だが、あえてうやむやに答えながらお目当てのスイーツ求めに冷蔵庫を開ける。ふわっと漂う白い冷気がひんやりと頬を撫でた。……おや?おかしいな、何故か背中にも突き刺さるような冷気を感じるけれども……まあそれは極力気にしないようにして………パシャっとな。
「それでその人、サクちゃんの何?」
「何って……だから、部活の、生徒会の先輩だけど……?」
「で?」
「……で?」
「だってわざわざそれあげるくらい仲良しなんだよね?」
「いや全然、いつもみたくマドレーヌの宣伝も兼ねて」
「ウソだあ!」
「嘘じゃないから!ちょっとハル落ち着いて。ほんとにそんなんじゃなくて、ただその先輩ちょっとめんどくさい人で……」
「だったらそんな人に構わないでよーーー!!」
「ぉわっ!?」
冷蔵庫から離れがてらめんどくさい人(笑)に写真を送ったそのタイミングで、全力タックルと見紛うレベルの勢いで、がばっ!と───否、どすっ!と抱きつかれた。
言い忘れていたが、遥は陸上部のエースでもある。そんな彼女の並外れた瞬発力から生まれたウルトラダッシュアタックは、それこそ生半可なものではない。そしてこれがまた無遠慮というかなりふり構わずというか、とにかくもう猪突猛進といったものだったので、さすがに耐え切れなかった咲夜はきゅううと目を回し掛け、ついにその手からスマホがゴトリと転がり落ちた。
「ぐぇ……は、ハル……」
「やだやだやだぁ!もうこれ以上あたしの知らないとこで知らない人と変に仲良くならないでよお!」
「なってない……なってない、から……」
「サクちゃんっ!あたし!サクちゃんのお嫁さんになるって夢、今でも変わってないんだからね!?」
「お、うん……」
「聞いてるの!?」
「聞いてまふ……」
ぐりぐり頭を擦り付けられながら、心の中で白旗を振る咲夜。……振らざるを得ずして。
シスコンならぬ、サクコン──それはつまり、Sakuya Complexの略語。要は、造語。主に富田遥に当てはまるこの症状(?)は、親戚のお姉さんである咲夜からすればもちろん可愛らしい……はず、なのだが。それと同時に、誰かさんと同等の面倒くささも感じずにはいられない……と、内心、深く肩を落としている苦労人でもあったのだった。
愛のままにわがままに……ただただ振り回されるばかり……。
──
─────
… … …
<すぐに答えてあげられなくてごめんなさい>
<來夢に返事くらいちゃんとしろって言われたけど、自分だって彼女とのデートが中止になった時の落ち込みようって言ったらないのに>
<ところで何委員なの?>
<[Sakuさんが画像を送信しました]>
<え?何?マドレーヌ?>
<これってぶるももんの?>
<瀧本さんのオススメ?>
<瀧本さん?>
<(;ω;)>
<すみません遅れました!写真のは何とか死守できたので明後日待って行きますね!>
<本当?嬉しい!ありがとう!>
<大好き!>
<ハイハイ>
<あ、マドレーヌがか>
<瀧本さんよ>
<マドレーヌもだけど>
<ハイハイ>
<あ、あと図書委員です>
… … …
─────
──
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